第2話 コロポックルです。

「蓮…どこにあるんだろ…」


北海道の田舎からノリと勢いだけで出てきてしまった僕、佐藤は車がビュンビュン走る大通りから何とか住宅街まで避難していた。


「こんなコンクリートジャンルで、他のコロポックルはどうやって生活してるんだろ?」


僕が住んでいた場所は、綺麗な池があって蓮の葉が生い茂るコロポックルにとってとても住み易い場所だった。

コロポックルと聞くと蕗を連想するのが普通だと思うけど、温暖化で気温が高くなりつつある現代、コロポックルの生活する環境は伝承されるとは大きく変わっているのだ。

池の側に家となる大きな木を探し、蓮の葉を加工した傘を作る。蓮の傘は夏は日傘になり冬には普通に傘として使える、スグレモノなのだ。

池に浮かぶ蓮の花からは芳醇な蜜も取れ、池の側以外の場所に住居を構えるコロポックルとの物々交換にも使えるのだ。


今はコロポックルの里離れが進み、人間の社会で生きるコロポックルが増えている。僕もノリと勢いだけで北海道から出てきてみたものの、蓮どころか人間の住む建物ばかりで自然らしい自然が全くと言っていいほど見当たらない。

誰かに道を尋ねようにも声を掛けようと近付くと、凄い顔して避けられる。さっきなんて、指を指していた小さな子どもにお母さんらしい人が「見ちゃいけません!」とか叱ってたし。


どうでもいいけど、この暑さは身体に堪える。

北海道も夏はそれなりに暑いと思っていたけど、ここは北海道の比じゃない程に暑い。上からは太陽の熱が、下からは照り返しが容赦ない。

着てきた服を脱いで体温調節しながら歩いて来たけど、さすがにズボンを脱ぐ事は出来ないし、上はもうシャツ1枚でこれ以上脱ぐことは出来ない。背負ったリュックサックも、汗で背中に張り付いているような感じがして、放り投げたいくらいだ。


汗だくになりやっと緑を見つけたと思ったら、鍬を持ったおばちゃんがめちゃくちゃ怖い顔して追いかけて来て、恐怖のあまりちょっと漏らしてしまいそうになったのは、ここだけの秘密にしておこう。

何百キロも移動してきてクタクタなのに、ほんの少し休憩出来そうな場所も見つからない上、段々陽が暮れてきた。

歩き続けて足は痛いしお腹は空いたし、太陽と照り返しのダブルで暑さ倍増だし、休めると思って入った場所では鍬を持ったおばちゃんに追いかけ回されるし…


(なんて言うんだっけ?こういうの。踏まれて蹴った??)


何か違う気がするけど、今はそんなことどうでもいい。兎に角すぐにでも座って休みたい。もっというと、水浴びをして汗を流しふかふかの布団にダイヴしたい。


ぐぅ~。


何時間も食べ物を入れていないお腹が、盛大に空っぽであることを主張してくる。考えないようにしているのに、そんな事はお構いなしに何度も大きな音を立てて主張を繰り返されると、何だか涙が溢れてくる。

目が潤んで来るのはドライアイだからだもん!だなんて、誰に対する言い訳か分からない言い訳を心の中でしつつ歩き続ける。足を止めてしまったら、もう歩けなうなりそうな気がした。心も身体も疲れている。

小さい頃、自分の母親がしてくれたようにポンポンと自分で自分の頭を軽く叩く。


自然と足元に落血てしまった視線を無理やり上に持っていく。コンクリートの道がユラユラして、その中に人影が飛び込んで来た。


(人だ!人だ!!人だー!!)


絶対逃さない!と心に強く決めて近づいていく。ここで逃げられてしまったら、本当に心が折れてしまいそうだった。

情けないコロポックルに認定される覚悟しつつ、表向きは平静を装って声を掛ける。


「すみません、この辺りに蓮の葉が生えているところは無いですかね?」


猛ダッシュで逃げられたら絶対追い付けない。心臓がうるさいくらいバクバクしていた。

予想に反して逃げる様子は見られない。なのに、目の前にいるお嬢さんは答える様子も見られない。


(…あれ?人間の言葉とコロポックルの言葉、違ったのかな?)


勇気を出して、もう一度!

「ハスノハガアルトコロ、シリマセンカ?」


コロポックル生一の勇気を振り絞って、僕はもう一度同じ質問を繰り返した。最初の一言に反応が無かったので、若干言い方は変えたけれど。

「…あ、あの」

お嬢さんがやっと口を開いた。


(よし!いいぞ!!やっぱり言葉は全国共通なんだ!)

嬉しくて、伝統のコロ音頭を踊り出したい気分だった。


言葉が通じたお嬢さんとどれくらい話しただろう?

僕はやっと会話をしてくれる目の前のお嬢さんに、勢いで北海道から出て来たこと、海を渡ってから人が多い場所を目指してひたすら歩き続けたこと、やっと緑を見つけたと思ったら鍬を持ったおばちゃんに追いかけ回されたこと…兎に角、今まで身の上に起きたことを全て吐き出した。

最後にお腹が減ったけど食べ物もお金もないことと、今日の宿も無いことも話した。


お嬢さんは長い長い僕の話に、ずっと相槌を打ち続けてくれていた。

そして最後に一言、こう言った。


「あの坂を下る途中にパン屋さんがあります。パンの耳くらいなら、タダで貰えると思いますよ」


なんと親切なお嬢さんだっただろう。

僕は思わずお嬢さんの手を取り、ブンブン音が鳴るほどに振り、お礼を何度も言ってお別れをした。


人間は僕らを見て避けて歩くばかりかと思っていたけど、親切な人間もいるんだ。

今の空腹を満たす術を見つけた僕は、明日からの生活に再び夢と希望を持って、お嬢さんが教えてくれたパン屋さんへ急いだ。

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