第24話 散華

 フラマン王国の王都テルメイヤ。そこは海を持たぬ国土の中央部にあった。そのテルメイヤから「王都」の称号が剥奪される日が近づいていたある日、王城前広場に設置された臨時の処刑場には次々と罪人が集められていた。いづれも一連の国王夫妻弑逆未遂およびキャサリンへの婚約破棄と処刑未遂とフラマン貴族による内乱の首謀者および協力者などであった。裁判はきちんと行われたが、検事も判事も帝国政府から派遣された法務官僚が務めていた。もはやフラマン王国の自主性は奪われていた。


 大勢の観客があつまり熱い空気に覆われていた。まず、国王夫妻弑逆未遂に加担したとして、料理長と侍医などが絞首台につるされた。そのとき群衆から石が投げつけられた。なお、国王夫妻は帝国政府の申し出により「静養先」となる温泉地にある療養所へ移されていた。その後、国王夫妻が帰国する事は終生なかった。


 次に反乱の首謀者となった貴族たちだ。大半の貴族は爵位と領地の返上と帝国領内への追放を受け入れる事で赦免されたが、一連の内乱で帝国兵士や王国領民を殺めたなどの罪状で20人の貴族が斬首された。そのとき、これらの貴族の圧政に虐げられてきた領民から歓喜の声があがった。


 最後に処刑台に上がったのは、ヴァイス伯のホルストとリンツの兄弟と副官だったシュバイク男爵ヘルムートの三人だった。ヘルムートは自分だけ助かりたいとしてリンツを殺害して首を放り投げて投降した男だった。そのような裏切り者を受け入れるような帝国政府ではないため、あえて最高責任者の一人として処刑されることになった。なお、リンツ殺害に協力したヘルムートの部下たちは「軍人」として、戦闘後に銃殺刑に処されていた。


 このとき、奇妙な事があった。ヴァイス伯兄弟は既に死亡していた。兄のホルストはハインリッヒに半殺しされた後、拷問を受けほぼ全て「自白」したとされているが、元々酷い生活習慣により病を患っており、感染症を原因とする敗血病で命を落としていた。また弟のリンツは裏切りにあい殺害されていた。死体になっても罪人として処罰されようとしていた。


 「なんなんだよ、これは! なぜ俺だけが!」


 ヘルムートは不平を大声で訴えていた。彼はヴァイス伯の協力者の一人にすぎなかったが、他の歯向かった貴族の象徴として対象にされていた。ヘルムートはほぼすべての責任を負わされたといえた。


 三人に課せられた処刑方法はキャサリンがされそうになった四肢割きの刑だった。それは当時フラマン王国で規定されていた処刑方法でも最も厳しいものであった。生きたまま両手両足と首を切断し、さらに胴体を切り刻むという残虐でしかないものだった。もちろん、一番最後に斬首されるので、激しい苦痛を受けるわけだ。そして葬儀などされることなく、原型をとどめていない肉片と化した遺体はそのまま廃棄物扱いだ。


 三人の手足には鉄の輪がはめられ、それぞれに死刑執行人が斧を持って待機していた。ヴァイス兄弟の死体は既に腐敗が始まっており、死肉に蛆がわいている状態だった。そのため、死刑執行人たちは早く執行したくてしかたなかった。終わったら、すぐにでも穴に埋めてしまうつもりだった。


 「ホルスト、リンツ、ヘルムート。その三名はフラマン王国を我が物にするため、国王陛下を殺害しようとし、王太子殿下を抱き込みキャサリン殿下を亡き者にしようとした。さらに、蜂起し王国政府を潰そうとし多くの民を殺めたのは明白である! 両陛下とキャサリ殿下に対する弑逆未遂および無益な戦いによって無辜の民を数多く殺害した国家反逆罪により最高刑罰を執行する! 死刑執行人たち! それでは執行せよ! 」


 帝国から派遣された検事の死刑執行命令の言葉が終わると、三人の身体は散華した。すでに死亡していたヴァイス兄弟はともかく、ヘルムートは断末魔の叫びをあげたが、直後に観衆のざまあみろなどの歓声にかき消された。三人の身体は完全に形を失ってしまった。


 この刑場では首謀者が処断されたが、同じ頃ヴァイス領でも処刑が行われていた。ヴァイス一族数十人のうち12歳以上の男子は加担の有無に関係なく全て対象になった。対象とされなかった12歳以下の男子と女性は貴族階級を剥奪のうえで、帝国領最南端にある熱帯雨林地帯の植民地へ追放された。そこは「悪魔に愛された地」とも呼ばれ、環境に適応できない者はすぐ命を落とすといわれている厳しいところであった。そこに送られた者が、そのあとどんな暮らしをしたかは記録に残されていない。噂によれば十年後にヴァイス一族で生き残れたのは五人しかいなかったという。


 ヴィルヘルムによるキャサリンとの婚約破棄に付随する犯罪によって、数万人に及ぶ戦没者と数百人の死刑被執行者が生じたが、まだ生きている者がいた。ヴィルヘルムとジェーンである。そのとき、裁かれなかったのは、さらなる帝国宰相の下心によるものだった。潔い死ではなく過酷な生を与えるために・・・

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