第25話 牢獄

 キャサリンとの婚約を破棄したヴィルヘルムは翌日夕方からずっと王城の地下牢に押し込められていた。そこは湿気がものすごく日の光も届かない陰惨な場所だった。唯一のいい点といえばどんなに怒鳴っても誰からも咎められることがないことだ。でも、それは誰にも相手にされないことでもあった。一日、二回看守が食事を運んでくる時が唯一人間と接する事が出来る時であったが、相変わらず態度は尊大だった。そのため看守は相手にすらしなくなっていた。


 「おい! 王太子だぞ俺は! なんでこうなっているんだ!」


 ヴィルヘルムが怒鳴っても大抵の看守は無反応だった。ある時質問して答えてくれた看守によればジェーンは別の地下牢に入れられているとのことであったが、彼女の姿を見ることは出来なかった。ここは最下層なのかもしれなかった。というのも用を足すための穴があったが、その遥か底から水が流れるような音がした。それに雨が降っているときは水量も増えているようだった。


 だから脱出できるかもしれないと思って手を伸ばしてみたが、途中で大きく曲がっており、自分の排泄物で手を汚しただけに終わった。とてもじゃないが人ひとり通れるようには思えなかった。


 「なんだ、まずいぞこの食事!」


 ある時、ヴィルヘルムが文句を言うと看守はこう言い返した。


「まずいですか? 我々庶民が食べるのと同じものですよ。この国の民の暮らしはこんなものですよ。食料に乏しい村ではパンに干し草や泥炭を混ぜるところすらあります。それと比べたらずっとましですよ。そうそう、今日はソラマメもスープに入れていますよ。今の季節しか食べれませんよ。

 それよりも、あなたの将来を考えたらどうですか? 廃嫡されたといっても王族でいられるのも時間の問題・・・おっと、しゃべったのがバレたら上司に怒られるから今のは聞かなかったことで」


 看守の言葉を聞いたヴィルヘルムは食器を床にたたきつけた。


 「廃嫡? 馬鹿いうんじゃねえぞ! 決まっているだろ! 俺は王太子だ! この国の国王になるに決まっているだろ! それよりも早くジェーンに会わせろ!」


 癇癪をおこしたが、看守は何も返事をしなかったので、ますます怒りをぶつけたが、看守はそのまま見えなくなった。そんな事を繰り返したが何日か過ぎたころにはヴィルヘルムは憔悴しきっていた。自分の置かれている状況も分からず、そして真実の愛の相手であるジェーンもどうなっているのか分からなかった。そして自分の婚約者であった、あの女が処刑されたのかも分からなかった。


 そんな、ある日大勢の声がした。その声に聞き覚えがあった。国王専属の侍医と料理長などの声だった。それでヴィルヘルムは大声を出した。


 「おい、誰でもいいから俺を助けろ! 助けてくれたら好きな官職でも褒美でもやるぞ! 」


 そういったが、帰ってきたのは呻き声だった、それも恐ろしいものだった。ここ地下牢は死刑囚を収容するところ、ここから出るときは死出の旅路につく時だ。全てヴィルヘルムの両親を殺害しようとしたとして有罪にされた者たちであった。給仕をしただけのメイドなどは恩赦されたが、裁判で極刑を言い渡された者たちであった。だからヴィルヘルムにはこう聞こえた。


”てめえも同罪だ! はやく一緒に地獄に落ちやがれ!”


 その言葉にヴィルヘルムは震え上がった。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ 


 公開処刑が行われる前日。ヴィルヘルムの両親は帝国へ旅立っていった。名目では帝国政府の申し出により素晴らしい環境と医療設備を有する療養所で治療するということであるが、実際は管理下に置く事であった。このフラマン王国は分割のうえで三カ国に割譲され滅亡する準備作業の一環だった。


 帝国からフラマン宰相ハインリッヒに与えられたのは、新たな国王の選出だった。フラマン王国王位継受法によれば、男系嫡子優先とされているので、ヴィルヘルムの父のマルティンが崩御もしくは退位したら、一人息子のヴィルヘルムがなるはずだった。しかし廃嫡されたので次位に来るのはマルティンの弟たちであるが、兄が即位するときに王位継承を放棄しているので、その子や孫には王位を継げなかった。国王による指名も出来る状態ではないとして、宰相が内閣と連携して決めなければならなかった。


 「いいんですか? 一応国王陛下の意思を確認したのですが・・・こうしなくても・・・変えてもいいんじゃありませんか、あまりにも幼すぎますよ。せめてヴィルヘルムに歳が近いのを選んだ方がよろしんじゃありませんか?」

 

 副宰相のオットーは困った顔をしていた。この王城を出る前にマルティンから、後継者として自分の三番目の弟の次男ハンスが指名されていた。ハンスはヴィルヘルムの従弟であるが、その時7歳の子供だった。しかもフラマン王国ではなく帝国在住だった。一応はこちらに向かっている様であったが。

 

 「仕方ないんだ。陛下も覚悟されている。陛下の弟君は三人とも優秀だといわれていた。もし、この国がこれからも存続するのであれば、弟君の誰かに譲位したいとおっしゃていた。しかし、この国は滅亡が確定しているだろ。そんな地位にいたら帝国から何されるのか分からないし心配だとおっしゃるのだ。だからわざと甥の中で一番の年少者のハンス様にしてほしいそうだ。全て苦渋の選択だとおっしゃていた」


 ハインリッヒは苦悩の表情だった。現在お仕えしている国王陛下が最後の国王にならなくてすんだが、次の国王が即位すれば、この国は解体される。その全ての元凶は保守的な貴族どもに唆されたとはいえ、ヴィルヘルムとジェーンであった。


 また保守的な貴族どもも唆された可能性があった。帝国宰相だ。彼が罠にかけてフラマン王国を滅亡に追い込もうとしているように感じていた。実際、なんらかの事をしっているかもしれないヴァイス伯の一族は12歳以上の男子は全員処刑であるし、ヴァイス伯領にあったヴァイス城は集中的に重火器の攻撃を受け完全に灰燼に帰したという。全て関与した証拠を隠滅しようとしたかのように。


 「しかたありません、異議はないものとして、閣議の全員一致で決定します。現国王陛下は退位されたのちに即位されるのは、マルティン国王陛下の甥でおられるハンス様を推挙します。国王即位式は二か月後の収穫月23日と決定します。関係部署は準備するように。

 それと皆さんがご存じのことですが、その二日後はこのフラマン王国最期の日です。それまで民衆が惑う事のないように政策遂行に気を抜かないこと。以上」


 議長役のオットーはそう宣言した。このフラマン王国は次の国王によって廃止が宣言される事が決まっていた。全ては帝国宰相の策略であった。ハインリッヒは分かっていても抵抗する事が出来ないのがもどかしかった。

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