じゃあ、投稿するぞ
サクラノは、その漫画をかき上げることは出来なかった。
彼女の力は最後まで持たなかった。
白黒でいい。
しつこく止めたけど、サクラノがうなずくことはなかった。
結局、その手が震え、どうしてもペンが握れなくなる最後の瞬間まで、サクラノは絵を描くことを止めなかった。
だから、その漫画の最後は僕が仕上げた。
わずかに残った、二枚分のページ。
サクラノの掠れる声に支持を受け、慣れないタッチペンで、液晶の画面を撫でた。
だから、仕上がりは、ずいぶん不格好になってしまったけれど。
「じゃあ、投稿するぞ」
いつもの病室で、ベットに横たわるサクラノ。
いつものパイプ椅子に腰かけた僕。
僕の声に、弱々しく首を縦に振る。
「楽しみ、だね」
掠れた声だった。
この数日、漫画の完成の目途がたった辺りから、サクラノの具合は急激に悪くなった。
今となっては、身体ひとつ起こすのもしんどいらしい。
「たくさんの人に、見てもらえるかな?」
「フォロワー三十万人分、それは確実だ」
いつもと同じように、僕はそっけなく答えた。
「私みたいな、うつむいた誰かを救える物語に、なっているかな?」
「サクラノは面白い、そう思ってくれたろ?」
「うん……」
「じゃあ、よけいな心配はいらないな」
そして、僕はもう一度タブレットに目を落とした。
ページ順に並んだ画像ファイル。
『#門山大賞』この半年間、うち慣れたハッシュタグ。
どこかにミスは無いか、ひとつひとつ丁寧に確認していく。
「ねえ、ナツ」
「なんだ」
「私さ、お願いしたじゃん。ナツの好きなもの書いてって」
「そうだな」
液晶の画面から目を離さず、僕は優しくうなずく。
「実際、ナツはそれを叶えてくれた。その漫画は『サクラノのための物語だった』」
「ああ、それだけは絶対に間違いない」
「じゃあさ、ナツ。一番取るの、諦めた?」
門山大賞のてっぺん。
冬見あやせという、天才を倒したその先にあるもの。
その問いに、僕は顔を上げた。
「やっぱり、無理だった」
「……なにが?」
「勝ちたいって想いを捨てるの。やっぱり、俺は物語にすべてを賭けてきたから……。ここでだけは、負けたくない」
たとえ、その相手があやせであったとしても。
いや、相手があやせだからこそ、なのかもしれない。
「だから、この漫画には『賭け』を仕込んだ」
「なるほど。たしかに、あれは『賭け』だね」
僕の声に合わせて、サクラノはニヤリと笑う。
僕の仕込んだ仕掛け。
それが引き起こすのは、あやせを打ち倒す大成功か、目も当てられぬ大失敗。
その二択しかない。
「最後の最後に、こんなギャンブルしちゃうなんてね」
「どのみち勝つなら奇跡だのみだったからな……。ちょっとやり方を変えただけだ」
そして、僕はタブレットの液晶を、サクラノにむけた。
確認終了。あとは投稿ボタンを押すだけだ。
「じゃあ、いくぞ」
「うん、お願い」
一度だけ頷く僕。
そして、投稿ボタンに、そっと触れた。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
◇
「これならクリスマスはおうちでゆっくり過ごせそうですね……」
週刊少年ストリート編集部。
新人編集の仁藤新樹はポツリと呟いた。
「毎年、この時期は門山大賞が佳境に入って、あわただしいって聞いてたんすけどね」
広いオフィスからは、ゆったりとまではいかないものの、忙しい雰囲気は流れていない。
「そりゃ、仕方ないだろ。なんたって、俺の担当する冬見あやせの新作漫画が圧倒的に面白いんだから!」
声を張り上げたのは、向かいに座る熱三だ。そんな彼に仁藤は冷たい視線を向ける。
「なに偉そうにいってんすか。これが投稿された時、一番驚いてたの先輩でしょ。『俺に相談もなかった!』なんて言って」
「いいんだよ、そんな些細なことは。ま、これで俺が次の編集長になるのも必然ってわけだ」
「先輩が編集長になるかはともかく、凄いっすよね」
「ふふん、そうだろ」
「凄いのはあやせ先生ですよ。投降当初は、あやせ先生がエントリーするのは違う、とか、『アヴァサマ』の人気でいいねを稼ぐつもりだろ! って意見もあったのに、それを漫画のおもしろさでねじ伏せちゃうんすから」
そうして仁藤はため息をつく。
「ま、そのおかげで投稿数は激減。あんなのに勝てるわけないって声も多いですしね」
「何が不満なんだよ。門山大賞は大成功確実! そのうえゆっくり年末を迎えられるんだぜ」
「まあ、そうなんすけどね。ただ、もう一波乱起これば面白いのに……。そう思っただけです」
そして仁藤は、再度パソコンに向かう。
ぽつぽつと投稿される作品たちは、おもしろいものの、『最後のイチニチ』には及ばない。
「ま、あれを超えろていうのも酷か」
そう呟いた直後、仁藤はマウスを握る手を止めた。
「この人は……」
彼の視界に映るツイート。投降主は『かしおぺあ』。冬見あやせの新作が出る前は優勝が確実とまで言われていたコンビだ。
「もしかしたら……もしか、するかもな」
期待半分でツイートを開く。
そして、仁藤は言葉を失った。
「これが、漫画かよ」
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