ありふれた星の空

 家を出るとき、視界の隅にニュースが映った。

 ふたご座流星群。

 今夜は星の雨がふるらしい。

 赤信号にぶつかり、自転車に急ブレーキをかけた。

 見上げると、雲一つない空が広がっている。天体観測にはもってこいだ。

「さすがに、静かだな」

 まあ、深夜一時ともなれば当然か。

 いつも車で混みあっている大路が、しんと静寂を保っている。なんだか不思議な気持ちになった。ここ数か月でだいぶ見慣れた病院への道。そのはずなのに、ここまで人気が無いと、別の世界に迷い込んでしまったような気分になる。

 律義に信号を待っているのもバカバカしくなってきた。

 エンジン音が近づかないことを確認し、僕は横断歩道に自転車をこぎだした。


「と、言われた通りやってきたわけだけど」

 適当な場所に自転車を止め、薄汚れたコンクリートの建物、千代病院を見上げた。

 時間はすでに一時半。

 当然だけど、見上げた窓は、ほとんどが消灯済み。そんな中、唯一光を漏らす窓がある。たぶん、宿直室だ。

「……ここからどうする?」

 堂々と玄関から入っても、警備員さんは通してくれないだろう。

「だからって、不法侵入するわけにもいかないしな……」

 首をひねりながら、とりあえずウロウロしてみる。

 すると突然、背後から声をかけられた。

「ここでいったいなにを?」

 ほんの少しだけ、呆れたようなため息。振り返ると、そこには上遠野さんだった。

「表を徘徊する不審な人物がいると言われて来てみれば、やはり不審者でしたか」

「そんな真っすぐな目で、知人を不審者って言うの、やめませんか?」

「では、患者でもないクセ、敷地内で徘徊する男を、私はなんと呼べば?」

「……返す言葉がねぇ」

 状況だけ見れば、僕は不審者で間違いなかった。

「でも、今日はサクラノに呼ばれてきたんで――――うわっ! まぶしっ! 懐中電灯を目元に向けないでください!」

「安心してください。このライト特注でして、市販のそれの十倍の明るさがあります」

「なにを安心しろと?」

「失明すればいいのに」

「ついに敬語もすてたな!」

 何が気に入らないのか、舌打ちまでする上遠野さん。

 毒舌ナースのサディスティックぶりは健在らしい。

「まあ、ここまでは冗談です。あなたを連れてくるよう、桜木さんから頼まれています」

「冗談とは思えない強烈な悪意を感じたんですが」

 ライトを当てられた視界がまだチカチカしてる。

「まあ、そういうこともあります。それともうひとつ――――」

 ツカツカと迫る足音。上遠野さんの気配が、目と鼻の先まで近づいてくる。

「な、なんですか、って――――――イだっっっっ!」

 パンプスの固い足先が、僕の脛を勢いよく蹴り飛ばした。

 唐突な痛みに、うずくまる。

「いきなり、何するんですかっ!」

「……どうして、着信を拒否にしたんですか?」

「え?」

 僕を見下ろす上遠野さん。

 いつも気だるげなその瞳に、うっすらと怒りが滲んでいた。

「一週間前、桜木さんは私に泣きついてきました。ナツが凄い表情で病室から飛び出していったと。私が我儘を言ったから彼を追い詰めてしまったんだと」

「それは……」

「それから彼女はあなたに電話をかけ続けました。先ほど、あなたから一週間ぶりの電話を取った時、桜木さんは心の底から嬉しそうな表情をしました。まあ、あれは強がりですから、電話越しでも、そんな態度はおくびにもださなかったかもしれませんが」

「…………申し訳、ないとは思っています」

「今が一番不安な時期なんです。身体が衰えてくる。歩けない、食べれない、表情をつくれない。今まで当たり前にできたことが、上手くできなくなってくる。だから、あなたには傍にいてあげて欲しかった」

「…………」

 なんて言えばいいかわからない。

 うつむく僕を見下ろし、上遠野さんはもう一度深いため息をつく。

「とはいえ、あなたを煽ったのは私です。漫画で一番をとる。ここ一週間の行動は、あなたなりに必死で、あなたなりに彼女を思って、その末の行動だったのは理解しています。だからこの一発は――――ただの、八つ当たりです」

 向けられる怒りの半分は、確かに僕へのものだった。

 でも残りの半分は、彼女が自身にむけたものだった。

「すみません」

「…………ていっ!」

 もう一度、僕の脛をバンプスの足先が襲った。

「~~~~~~っ! 普通、こういうのって一発だけでしょ!」

「さっきのは私の分です。そして今の一発は……やっぱり私の分です」

「あんたが理不尽なだけじゃないですかっ!」

「仕方ないでしょう。妹のように思っていた子を、ぽっとでの男に取られてしまったのです。多少の八つ当たりなら、悪いことなんて無いはずです」

 そういうなり、上遠野さんは僕に背を向けた。

「さあ、早く。その辛気臭い表情を直してください。その辛気臭い表情、桜木さんの前で見せようものなら、今度は脛ですみませんよ」

 ついてこい、そう言わんばかりに、歩き出した上遠野さん。立ち上がった僕は、その背中を追いかけて走り出した。


 上遠野さんの背を追いかける。

 裏口から病院に入り、見慣れぬ関係者用通路を歩くこと数分。ようやく見慣れた光景に出くわした。

「ここって……」

「見慣れてるでしょ? 屋上へ通じる非常階段です」

 いつかの日。

 ギブスの片足のまま上った階段。

 この場所は、昼も夜も関係ない。

 いつもどおり、コンクリートの灰壁で囲まれた空間を、非常灯の緑の光がうっすらと照らしている。

 そして、僕らは階段の一番上。あの鉄製の大きな扉の前にたどり着いた。

「この先に、桜木さんがいます」

 それだけ手短に言い、上遠野さんは踵を返す。

「あの――――」

「なんです」

「ありがとうございました」

 わずかな沈黙。

 彼女が振り返ることはなかった。

「うぬぼれないでください、別にあなたの為じゃありません。全部、桜木さんのためですから」

 いつも通り、厳しい言葉だった。

でも、いつもチクチクと突き刺さってくるトゲは感じなかった。


 上遠野さんの背中が、消えていくのを待ち、深呼吸をした。

「よし!」

 ドアノブに手を掛ける。

 幾度となく開けてきたその向こうに、サクラノが立っている。

 どうしてか緊張が走った。

 サクラノと会う。それだけのことなのに。

 いつも通り扉は軋み、いつもと違う夜の風が頬にぶつかった。

 十二月の空気は、やっぱり透き通るように冷たい。それを肌で感じながら、僕は外の世界へと飛び出した。

「ようこそ、私の世界へ」

 屋上に飛び出した途端、突拍子もない言葉が、背後から掛けられる。

 振り返って見上げる。

 給水塔のタンク。

 いつだかと同じように、そこにもたれかかる少女がいた。

「風邪ひくぞ、ノート泥棒」

「なつかしいね、その呼び名」

「まだ半年前の話だぞ」

「もう半年前の話なんだよ」

 僕と目をあわせたノート泥棒は、フフッっと微笑んだ。

 言うなら、たぶん今がベストタイミングってやつだろう。

「なあ、さっき電話越しでしようとした話なんだけどさ、」

「なに?」

「サクラノのこと、もっと教えてくれよ」

 暗闇の中で輝く青の瞳をじっと見つめて言った。

 一瞬、きょとんとした表情。でもその直後、口角がニッと持ち上がる。

「なんだか告白みたいだね」

「かもしれない」

「お? 今日は照れないんだ」

「色々とふっきれたんだ」

「そっかそっか。うん、今のナツ、前よりいい表情してる気がする」

 それからサクラノは、出会ったあの日と同じように、給水塔の上から飛び降りた。

 でも、今度の着地は上手くいかなかった。

 バランスが取れず、よろめいてしまう。

 あわてて駆け寄った僕は、サクラノを抱き留めた。

「なにやってんだ!」

「あちゃあ。着地も上手くできないくらい、衰えていたとは。計算違いってやつだね」

 僕の腕に背中を預ける少女は、ペロリと舌を出した。

 ほんのりと温かい身体。

 思った以上に小さなそれは、骨と皮ばかりだ。

「落ちてきたヒロインを受け止めるなんて、王子様みたいだね、ナツ」

「しれっと自分をヒロインに据えるな」

「ひどい! 私にヒロインは役不足と?」

「そうじゃねえよ。お前、ヒロインにするにはちょっと強すぎだ」

 人よりも大分短い命。

 それを抱えておきながら、自分は幸せだと笑う。

 彼女がヒロインの物語なら、僕じゃ主人公に役不足だ。

「強くなんてないよ。他の人より寿命がちょっと少ないことに目を瞑れば、私だって普通の女の子なんだから」

 そう言って身体を起こすサクラノ。

 そして、どこから取り出したのか、ノートを一冊僕の前に差し出した。

「はい、かえす」

「ノート? それならあの時に、全部かえしてもらったぞ」

「そう? でもこれは、確かにナツのものだ」

 ずいと詰め寄る彼女に押され、僕は渋々ノートを見下ろした。

 ずいぶん薄汚れたノートだった。

 じゆうちょう。そして装丁をカワセミの自然写真が飾っている。

 そして、

『しょうせつノート いっかん』

 腹がたつほど雑な字が、マーカーペンで殴り書かれていた。

 見覚えがあった。

 懐かしさもあった。

 遠い昔、もうとっくに記憶の塵に埋もれて、影も形も忘れていたもの。

 わからないはずがない。

 だって、そこに記されているのは僕がはじめて書いた物語なのだから。

「どうして……お前がこれを持ってるんだよ」

「えへへ、私の宝物」

 サクラノは嘘がバレた子供みたいに、はにかんだ。

「でも、もう死んじゃうからさ、私が持ってちゃいけないと思んだ」

 僕が所持する『創作ノート』。

 小学生の頃からしたため、百四十一まで積み重ねた。

 でも、その一番目はずっと昔になくしてしまった。

 どこかで落として、泣きながら探した。それだけは、わずかに憶えている。

「昔さ、何回目かの入院をしたときに貰ったの。落とし物の保管場所にポツンと置かれてて、もう捨てちゃうから、欲しいなら上げるって言われたの」

「てっきり、学校で無くしたものと思ってた」

 どうしてか震える手で、僕はノートを受け取った。

 そのまま、パラパラとページをめくる。

 何か書きこまれたのは数ページだけだ。

 そうだ、初めて買ってもらった自由帳は、ひとつしか物語を書けぬまま、無くしてしまったんだった。

「ねえ、そこに書いた話、憶えてる?」

「頭の隅っこに、ぼんやりと、だけどな」

 もう、ずいぶんと昔の話だ。

 頭に浮かんだ記憶。その輪郭はすっかりボヤけてしまっている。

「たしか、猫の出て来る話だった」

「そう。耳の欠けた猫。名前はカシオペア」

「それって……」

「決めてたんだ。もし、何かの奇跡が起こって、君と漫画を作る機会が与えられたら、ペンネームはこれしかないって」

そう言ったサクラノは、なにかを懐かしむような笑をつくり、夜の空を見上げる。

「私さ、自分が嫌いだった」

「…………過去形、なんだな」

「うん。昔、ある物語に出会う前の話。いつ死ぬかもわからない病気を抱えて、パパやママも私なんかいなければ良かったって言うし、他の子が学校に行ってる間、ひとりで病院の天井を見ているしかなかった。」

「なんか、今のサクラノからは想像もできないな」

「そうかもね」

「笑顔は?」

「見せなかったな。いつも仏頂面」

「ポジティブ思考も……」

「ない! 自分が世界一不幸だって信じ込んでいた。俯いて、生きていた」

「……つらいな」

「うん。生きてるのは辛かったよ。苦しいし、退屈だし、悲しいし。でもね、私は物語を拾えたんだ」

 そして彼女は語りだす。

「カシオペアって猫の話。優しいおじいさんに飼われていたんだけど、おじいさんは病気でいなくなっちゃう。家を追い出されて野良になるんだけど、今度は他の野良猫たちにいじめられちゃうんだ。耳の欠けた猫は猫じゃない、って。そしてカシオペアは言うの『生きているのは悲しいにゃあ』って」

「……頭痛くなってきた。小学生がなに書いてんだ」

「ナツってば、この頃から妙に達観してたんだろうね。目に浮かぶな」

 どうしてこんな話を書いたんだろう。

この頃は、友達と一緒にボールを追いかける、どこにでもいる小学生だったはずなのに。

「まあ、いいや。続けてくれ」

 暗闇の向こうで、サクラノは頷いた。

「それでね、カシオペアは夜の空を見上げるの」

「わかった、大方、お星さまが願いを叶えてくれるんだな?」

「ううん、そんな奇跡はもっと先。夜空を見上げたカシオペアは言うんだ。『この空の広大さに比べたら、僕の悩みなんてちっぽけなもんだ』って。そして前を向いて生き始めたら、カシオペアの周りで良いことばかりが起こるの」

「悩みの解決が雑過ぎるだろ、僕ぅ」

 頭痛は酷くなるばかりだ。

「まずね、宝くじが当たるの」

「世界観ぶん投げたな」

「それで豪邸を買うんだ」

「猫設定はどこ行った」

「そして、おじいさんが目の前に現れてこう言うの、『死んだのはドッキリだ! やーいやーい』」

「まだ、奇跡で生き返るオチのとかの方がよかったじゃねえか……」

「そして虐めてた猫たちもやってきて土下座『お金を持ってるカシオペア様が一番偉いです』」

「こいつら絶対反省してないだろ!」

「最後はお姫様と結婚してめでたしめでたし」

「ちょっと待て! お姫様どこから出てきんだよ!」

 さあ。首を傾げるサクラノ。

 妙に背伸びしたストーリー展開と思っていたら、締めは怒涛の超展開ときた。

 押し寄せる羞恥心。僕のライフはもうゼロだ。

「思ったよりも酷かったな」

「うん。世界観はあやふやだし、キャラクターは漏れなく情緒不安定だし、文章は支離滅裂だし。起承転結もガン無視だし、最後の展開もちょっとわけわからないよね」

「そこまで言うかよ」

 僕が向けた表情に、サクラノは笑う。

「そんな捨てられた子犬みたいな目、向けないでよ。笑っちゃうじゃん」

 どんよりとした表情の僕を心ゆくまで笑い、目尻をぬぐう。

 それから、でもね、と切り出した。

「あの時の私は間違いなく『すごい!』って思った。理不尽に不幸な運命に見舞われた、可哀そうなカシオペアに自分を重ねたんだ。――――みてよ!」

 パッと眩い星のような笑み。それと一緒に、真っすぐ夜空を指さす。

「ありふれた空でしょ?」

「まあ……見慣れた星空だな」

「心を奪われるような景色じゃないかもしれない。満天の星空でもない。わざわざ都会を出なくたって、晴れた日に見上げれば、いつでも見られる星ばかり!」

 晴れ晴れとした声で、少女は叫ぶ。見上げた夜空に、

「でも、これは……」

「うん、これが私の世界! ナツや他の人にとったら当たり前で、気にも留めない空かもしれない。でも、この夜空が私のすべてなんだ!」

 サクラノの口から、切らした息が零れる。

 そして、夜空めがけて真っすぐに上げた腕を、彼女は下ろした。

「拾った自由帳を読んだその夜、空を見上げたんだ」

「どうだった?」

「思っちゃったんだ。私の悩みなんてちっぽけだって」

「……そっか」

「そこからは、今の私。笑って、些細な幸せに喜べて、前を向いて歩けるようになった」

 こんなに空気は冷たいっていうのに、はにかむ彼女の頬は、少しだけ染まっていた。

 つられて、僕の胸にも暖かい感情が湧き上がってしまう。

 よかった、記憶の隅でホコリを被っていた物語が、彼女を救ってくれていて。

「だからさ、この空と一緒だよ」

「空、か?」

「うん。他の人にはありふれていても、私の特別だって話。カシオペアという猫の物語は、世間から見れば、とても評価をうけるような物じゃないかもしれない。それでも、さ――――――君の物語は、確かに私を救ってくれたんだよ」

 その言葉尻は震えていた。

 笑ったり、泣いたり、本当に忙しいやつだ。頬かと思ったら、今度は鼻が真っ赤だ。

 ほんと、しかたのないやつ。

 でも、このタイミングで泣くのはやめてくれ。僕だって泣きたくなってしまう。

彼女の前で弱味は見せない。あの毒舌ナースに、あれだけ強く言われたのに。

「ナツ、泣いてるじゃん。いつもあれだけ気取ってるクセに」

「そんなグチャグチャな顔して、言うことかよ」

 あーあ、もうメチャクチャだ。

 嬉しいのか、悲しいのかもよくわからない。

 涙と鼻水で濡れた顔に、風邪が吹き付けて寒い。

 胸にこみ上げる気持ちは暑い。

 静かな空に、ヒックヒックと響く嗚咽が煩い。

「夢かと思った。ナツのこと、ずっと探してたんだよ。ネットでも、色々な手段つかった。けど、結局見つけられなくて。漫画を描くの、諦めようとしてた」

「じゃあ、俺が入院したとき……」

「うん、ふと目にした病室のネームプレート。びっくりしたよ、どんなに探しても見つからなかった、自由帳の名前。それからはナツも知ってる通り、上遠野さんに無茶言ってノートを盗んだ」

「その過程、必要だったのかよ」

「奇跡みたいで、ご都合主義みたいで、運命みたいなタイミングだったんだもん。出会いにもう少しだけ、ロマンを盛っても許されるでしょ?」

 鼻水でテカテカと光る顔で、サクラノは笑う。

 僕もつられて、笑ってしまった。

「だからさ、もし、もしもだよ?」

「いいぞ、今さらしっかり確認しなくても。いつも通り、厚かましく頼んでくれればいいんだ。これまで通り」

「じゃあ、お言葉に甘えて――――――ねえ、ナツ。私と一緒に漫画を作ってよ」

 サクラノの指が、僕の指に絡まった。一回り小さな彼女の手から、小刻みな震えを感じる。この深夜の空気よりさらに冷たいその肌に、体温をゆっくりと奪われた。

「わかった。何を書いてほしい?」

「それは決めてる。ナツの話……って、これじゃ、意味わからないよね」

 首を傾げるサクラノ。少しだけ考えて、言い直した。

「傾向とか、計算とか、ジャンルとか、そんなのもういらない。初めて物語を書いたあの時と同じように、ナツが書きたいと思った話を書いて」

「僕の、書きたいもの……?」

 書きたいもの。

 最後に考えたのは、いつのことだっけ?

 ずっと、小説家になりたいと思っていた。

 小説は、小説家になるための手段だった。

 誰もが書きたい物を書いてプロになれるほど、創作の世界は甘くない。

 どんなジャンルが好まれるか、なにを書けば人気を得られるか。

 そればかり考えていたから、自分が書きたい物からなんて、ひたすらに目を背けていた。

 考えようともしなかった。

 じゃあ、今の僕が書きたいものってなんだろう。

 少しだけ考えて、サクラノを見る。

 うん、多分これは、そこまで難しい話じゃない。

「サクラノのための、物語が書きたい。いつかお前を救った、世界のどこかで、誰かの運命の出会いになるような物語」

 もう一度、彼女を救う物語を。

 物語を好きと言ってくれた。

一緒に泣いて、笑ってくれた。

絵を付けてくれた。

 感謝とは少し違うけれど、書きたいのは、彼女のための物語だ。

 そのその最後に、幸福であったと、彼女が笑えるように。


 その夜、ありふれた星の空に、ひとすじの星が流れた。

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