メントスコーラ・パニック!!!

一週間が経った。

 サクラノのハチャメチャに付き合わされたことを除けば、充実の日々だった。

 ほんと、ここまで楽しいのは何年ぶりだろう。

 診察が終われば後は自由時間。ずっと物語のことを考えていられる。

 テスト勉強の心配はないし、クラスの騒音が気になることもない。

 時間をフルに創作に使える。。

 集めた作品をもとに作戦を練った。

 準備は万端だ。最低限、見れる原作は作れるだろう。

 それから、サクラノのこともいくつか知ることができた。

 サクラノは病院のアイドルだった。

千代病院の入院患者、その大半が高齢者たちだ。

 サクラノは、孫と歳が近いと可愛がられるらしい。

 いつも、抱えきれないほどの煎餅を持って僕の病室を訪れるあたり、愛され具合は相当のものだ。

 そして仲が良いのは高齢の患者さんだけじゃない。

 担当の先生や、看護師さんともよく話している姿を見かけた。

 特に若い看護師さん達とはよく恋バナをする仲らしい。

 お前から提供することなんてないだろ、そう言ったら、

『あるもん! ほんと、運命的なのが、あるもん!』

 と、頬を膨らませていた。

あんまりにも不憫だったから黙って肩に手を置いたら、もっと怒った。

 ま、恋愛なんてしなくても生きていけるさ。


「ということでメントスコーラ、しよっ!」

 いいことしよっ! そういうサクラノに手を引かれ、例の屋上に連れていかれた僕。

 そこに用意されていたのは、一ダース分のコーラのペットボトルだった。

「どういうことだよ?」

「あれ、知らない? この粒上のお菓子をコーラの中に――――」

「いやいやまてまて、僕はメントスコーラ自体に疑問をもったわけじゃない」

「あれ、知ってたんだ?」

「ユーチューバーとかがよくやってるやつだろ」

「そこまでわかってるなら、いったい何が不満なのさ」

「すべてにだよっ! この状況の、すべてに、だ!」

 急かされるまま、片足で急な階段を登らされ、どんな大事件が起きるのかと思ったらこれだ。

「だいいちにだ! 僕は小説を書くので忙しいんだ。お前と約束した原作もある」

「そんな釣れないことを言わずに、ほら、メントス一丁、入っちゃったよ」

「入っちゃったよ、じゃねえ! ってうわっ、飲み口をこっちに向けんな!」

 膨張した気泡は一気に爆発。

 叫ぶ僕の口目掛けて、勢いよく吹き出した。

 広がるカラメルの甘い香り。目に入った炭酸がチクチクと刺さる。

「いきなりなにすんだ!」

 髪もギブスもベトベトだ。

 それなのに、僕にコーラをかけた当人は腹を抱えてげらげらと笑っていた。

「ナツ、すごいポカーンとしちゃって、ほんとおかしい――――フフ、あははっ!」

 指をさしてまで笑うサクラノに、なんだか腹がたってきた。

 相手がやる気なら、僕だって容赦はしない。

 勢いそのままに、僕はコーラを掴み取る。

 それから、彼女を真似て、メントスを一気につっこんだ。

「これでもくらえっ!」

「きゃっ!」

 不意打ちに反応できるはずもなく、サクラノは頭からコーラを被った。

 真っ白な髪に、赤色の液体が滴る。

「ナツ、わかっているよね? 撃って良いのは、撃たれる覚悟のある者だけだと」

「一応言っとくけど、先に手をだしたのはお前だからな」

「問答無用! やらなきゃやられるここはそういう世界なんだよっ!」

 ジリジリとにじり寄るサクラノ。それに合わせて、僕も身構える。

 そして、同時に転がるペットボトルに手を伸ばした。

 そこからはもうメチャクチャだ。

 砂糖の糖分で髪はベトベト。服はぐっしょり濡れていく。

 最終的に、様子を見に来た上遠野さん。なぜか僕の頭にだけチョップをおろされ、二人纏めて仲良くシャワー室送りになった。


「無駄な時間を過ごしてしまった……」

 漫画原作の執筆、そのために準備していた時間が丸々潰れてしまった。

 自動販売機が三つ並んだ小さな部屋。

ボロボロのベンチに腰掛け、コーヒー片手にたそがれていると、背後から声をかけられた。

「ナツだって楽しんでたじゃん。人生楽しけりゃすべてよし! ってね」

 なにやらご機嫌な時間泥棒は、そう言って僕の隣に座る。

 赤みがかかった白い頬。まだ湿った白い髪。気崩した病院着。

シャワーあがりの彼女の姿に、思わずドキッとしてしまう。まあ、取り切れないコーラの香りで全部台無しなんだけど。

「僕は別に楽しんでないからな!」

「私は楽しかったよ。ずっと病院ぐらしで、歳の近い友達なんていなかったからね。思いっきり遊んだことなんて、なかったから」

「このタイミングでそれを言うのはズルいだろ」

 怒るに怒れなくなってしまうじゃないか。

「あはは、やっぱりナツは優しいやつだね」

 やたら楽し気にそう言い、サクラノは立ち上がる。

 ポケットの小銭を取り出し、自動販売機に滑りこませる。

 それから迷わず、缶コーラのボタンを押した。

「あれだけ浴びてまだ飲むのかよ」

「だって好きなんだもん」

 プルタブを開きながら、僕の隣に座る。中身の炭酸ジュースを一気にあおり、ぷはぁ、と声を出した。

「ナツのおかげで、また夢が叶っちゃったよ」

「メントスコーラが、か?」

「友達と心底くだらない遊びすること」

 足をプラプラさせながらそういう。

 楽しそうだな。そう思った。

「ねえ、ナツは夢とかないの?」

「別にいう必要ないだろ」

「えぇ、いいじゃん! ケチ!」

 頬を膨らませたサクラノは、ずいと距離を寄せてきた。

「お、おいっ! ちょっと、待てって」

 距離が近かった。

 触れ合う肩と肩。温もりが肌を通して伝わって来る。

 なんだか、心臓がむだにドキドキした。

「わかったよ、僕の負けだ」

「やった!」

「だから、その、もうちょっと離れろよ」

「ふふん、赤くなっちゃって」

 ニマニマとしたサクラノが、一人分、距離を離す。

 深いため息をついてから、僕は夢を語りだした。

「僕は……世界一の小説家になりたい」

 それを聞くと、サクラノは目をきょとんと丸くした。

「なんだよ……。おかしいかよ」

 まあ、僕みたいなやつが、こんな途方もない夢を語りだしたら、ドンびくか、笑うかの二択だ。実際にいままでもそうだったし。

 少しだけ後悔。小さなため息をつく。

 でも、サクラノは首をぶんぶんと横に振った。

「違うよ! おかしいって思ったんじゃない! 驚いたんだよ!」

「驚いた?」

「うん、ナツのことだからさ、本の一冊でも出せれば満足。とか、いうと思ってた。だから、びっくりしちゃって」

「大きな夢、口にしたら悪いかよ」

「ぜんっぜん! むしろ凄いと思う! 応援してるっ! ナツならなれるって信じてる」

いちいちオーバーなやつ。

 でも、、不思議と悪い気はしなかった。

「でも、世界一の小説家ってどうやったらなれるのかな?」

 サクラノは首を傾げる。

「そりゃ、世界的に有名になったら、とかじゃないか?」

「うーん。それって、ノーベル賞とか獲ったり?」

「それも方法のひとつかもな」

 口に出してみたけど、途方もない夢だよな。

 ノーベル賞を取る自分なんて、イメージすら湧いてこない。

「まあ、方法はぼちぼち考え中だ」

「ううん……。あっ、英語で書いてみるとかどうかな?」

「なんでそうなるんだよ」

「だって、世界をみたら、英語は日本語より、使われてるじゃん。だから、英語を読める人の中で面白いっていわれら、世界一はグッと近くなるはずだよ」

 もの凄く真剣な表情で訴えかけてくる。

 その目があまりにも真っすぐだったから、僕はため息をついた。

「できるわけないだろ、そんなの」

「やっぱりそうかぁ。口にするのは簡単だけど、実現するのは難しいね」

「だから夢なんだろ」

 立ち上がり、飲み終えた缶コーヒーを捨てる。

「原作。固まったから明日には見せれる」

 門山大賞まではまだ半年の時間がある。

『かしおぺあ』のペンネームを使った初めての作品。それは、門山大賞までの半年間をどう活用するか、今度の予定にも関わって来る。

「おもしろい?」

 そんなもの、答えは決まってる。

 投稿サイトで誰にも見られなくたって、賞なんて取れなくても、作品を送り出す時、僕はいつだって信じてる。

「あたりまえだろ。僕の最高傑作だ」

 それを聞き、サクラノはその顔に満面の笑みを浮かべる。

 これまで見た中で、一番の笑顔だった。

「明日が楽しみ」

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