第9話 女の子が可愛い格好をして何が悪い

 ダンジョンに入る前に考えていた寝床の心配は解消した。

 というより、そもそも俺は豪遊する気でいたので王都一のホテルの一番高い部屋に泊まっており、部屋が複数あることを思い出した。


 具体的には多目的に使えるリビングスペースのような部屋と来客対応用の客間、寝室が二つ付いている。

 ベッドもしっかりとした大き目のベッドが別々に置いてあるので問題がなかった。


 ただ、ヨルハはダンジョンアタックで大分汚れてしまっているので、リビングのソファに寝かせている。

 起きて風呂に入ってから汚れた布団に寝るのは嫌だろうし。


 ということで、俺はヨルハの様子を遠目に見守りつつ、別の椅子に腰かけてマジックルームを展開して頭を悩ませていた。


 本当であれば今日のダンジョンアタックではヨルハが回復魔術をどの程度扱えるかを確認できれば十分だと考えていた。

 だが、回復魔術の効果や使用できる回数を確認するにしてもまずは誰かの怪我を治す必要がある。

 とはいえ実験のために誰かに怪我をして貰う訳にはいかないし、それならばついでにヨルハが魔物と対峙する勇気を持っているかを確かめようとした次第だ。


 最悪の場合、ゴブリンとの戦闘を恐れて逃げ惑い、一方的に傷を負ってヒールを使っているうちに気を失うということも考えた。


 しかし、ヨルハは積極的にゴブリンに挑みかかり、ヒールを掛けながら決死の攻撃を繰り出してゴブリンを打倒して見せた。

 一人でダンジョンアタック中に気を失ってしまえばそこに待っているのは死だ。

 手放しで褒められることではない……ないのだが。


 ヨルハはあのとき、俺を信じていた。

 傷を負うことも、気を失ったあとの恐怖を乗り越えて見せた。


 ヨルハは強い。

 そしてもっと強くなる。

 俺はそう確信した。


 だから責任を持って育てていきたいのだが、あの戦い方は危う過ぎる。

 親父が用意してくれたローブは今日の戦いで既に僅かにだが傷んでしまっている。

 こればかりは親父もまさか回復術師がゴブリンと殴り合いをするなんて思っていなかっただろうから仕方ない。


 そうして、あれでもない、これでもない、とマジックルームから装備の出し入れを繰り返しては首を捻っている。


 俺のマジックルームに保管しているアイテムは日用品を除いてダンジョン産だ。

 何度もソロでダンジョンアタックしている間に溜まっていったもので、レア度の低い――アーティファクト級以下――の物は売ったりクランに献上したりしていて、レリック級以上のものしかない。


 クランに所属していたころは無闇に装備を配るなと言われていたのでラッシュたちには渡していないのだが、ヨルハにあげても良いものか。


 考えてばかりでも仕方ないのでヨルハに似合いそうな物を適当に机の上に並べてみる。


 ・インナー【淑女の嗜み】

 レリック級の女性用の装備で魔力を織り込んだ貴重な素材から産まれたものだ。

 首から下、手首や足首まで全身を守ってくれる。

 勿論、ツーピースで分かれているので花を摘むのに問題はない。

 エンチャントにより耐久性の向上や、魔力を込めることで修繕出来る白を基調とした逸品だ。

 Aランクダンジョンボスのアラクネクイーンのドロップ品。


 ・ドレス【ラウララのマジックドレス】

 レジェンド級の品でS級ダンジョン下層の宝箱産。

 ラウララが何かは不明だが、白金貨のような色を基調に桃色があしらわれた魔術師用のドレスで、エンチャントには回復魔術に支援効果を発揮する。

 また、インナー同様に高い耐久性や修繕機能は勿論、耐火耐水耐刃効果が付与されている。

 正直言ってぶっ壊れ性能だ。


 ・ブーツ【精霊の歌声】

 レリック級でどこかのダンジョンで手に入れた女性用ブーツ。エンチャントは身のこなしが軽くなる支援効果だ。

 ドレスに合わせて白っぽい靴を適当に出した。

 靴は色が違う方が女性的には良いのだろうか? などと実は一番時間を掛けて悩んで出していたりする。


 と、俺の用意してみた装備を改めて眺めて見るとやはり、過剰過ぎる気もする。

 クランにいた頃の先輩や上役、それにさっきの防具屋の親父のこともある。


 変な高価な装備を渡してしまって良いのだろうか。

 ただでさえ雪狐族という珍しい種族で、しかもあれだけ可愛らしい女の子だ。

 目立ってしまうことでトラブルが起こるだろうか?


 いや待てよ。

 既にヨルハは故郷を奪われ、バルドとマールに目を付けられている。

 ただ美しいだけで何もかも奪われたヨルハに目立たないようにしろと?


『わたしは……強くなりたいです』


 そういってヨルハは俺の前でフードを脱いで素顔を見せてくれたじゃないか。


『わたし、強くなるので! まずは外見から……じゃないですけど、隠れて生きるんじゃなくて、ちゃんと本当の自分の姿で胸を張って生きてみたいんです! だから……親父さん、ありがとうございます!』


 新しい服を着て嬉しそうに、褒められて恥ずかしそうに笑っていたじゃないか。


「よし! ヨルハが目を覚ましたらこの装備を見せて気にいるか聞いてみよう! 女の子が可愛い格好をして何が悪い! ヨルハに手を出そうなんて輩がいたら全員俺がぶっ倒してやらぁ!」


「どんな相手でもですか?」


「おうよ! 例えブランディアの王族だろうとヨルハにちょっかい掛けたら城ごとぶった切ってやるぜ! ……って、あれ?」


 なんか今、ヨルハが喋ったような……と、頭を振ってヨルハが寝ているはずのソファに目をやると、そこにはちょこん、と座っているヨルハの姿。


「声に出てた?」


「出てましたね」


「見てた?」


「わたしの名前を呼んでくれたあたりから。ごめんなさい、わたし、耳が人より利くもので……」


 困ったような、どこか照れたようなはにかんだヨルハの整った顔が全てを察しているようで俺の顔から火を吹きそう。


「どれもとても可愛くて素晴らしい装備です。ダンジョン用の装備ではなくて、舞踏会に出るお姫様みたい……アルメスさんが一生懸命、選んでくれたんですよね?」


「えっと、あー、うん。そうかもしれない」


「かもしれないじゃ信用できなくて着れません」


「はい。俺が選びました」


「可愛いと思って選んでくれたんですね?」


「はい」


 あれ、これ圧?

 何圧?

 恥ずかしいんですけど。


 微笑みを崩さないヨルハを見つめているのが気恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまう。


 すると——


「これは、いまのわたしにできる唯一のお礼です」


 ——すっとそばにやってきたヨルハが頬に口づけをして「ありがとう」と言って唇を離した。


「それじゃあわたし、さっそく着替えたいので身体を拭いてきますね!」


 そういってドアの向こうに走り去っていく際に、白銀の髪の隙間から真っ赤になった頬がちらりと目に映った。


 その後、すぐにドアが再び開いて、火酒でも煽ったのかというくらい顔を真っ赤にさせたヨルハが「ここはドコですかぁ!」と困ったように叫んだのはご愛敬だ。


 そういえば宿の説明はしてなかったね。

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