第8話 ヨルハ VS ゴブリンさん

「はぁ……はぁ……」


 ヨルハがゴブリンと対峙して凡そ三分程が経過している。

 ヨルハはなるべく相手の攻撃を受けまいと機動力を活かしてダンジョンの壁を蹴り跳躍するなど、必死に攻撃を仕掛けている。


「ゲァ……ゲァ……」


 対するゴブリンは、ヨルハの攻撃は致命傷には至らないと理解したか、無闇に動き回らずに片足を軸にして自分の腕のリーチの中での防戦を選択した。


 それによって起こるのは――


「ぐっ……ふぅふぅ」


 ヨルハのスタミナ切れだ。

 足がふらつき始めたヨルハの隙を見逃さず、ここぞとばかりにゴブリンが間合いを詰める。


「ゴブァッ!!」


 ゴブリンも疲労してはいるが、動きを最小限に留めていたため、下半身の疲労はヨルハに比べて軽い。

 ヨルハも必死に攻撃を躱そうと試みるが鳩尾にゴブリンの拳が突き刺さる。


「ぐふぅ……」


 殴られた勢いで眦から涙を溢れさせてヨルハが地を転がる。

 ゴブリンはそこで追撃を選択せず、油断なくヨルハの様子を窺っていた。

 俺がゴブリンの後方で腕を組んでいるから警戒しているのかもしれないが、それでなくとも戦闘に於いて慎重なところはゴブリンらしくなく理知的だ。

 これは良い拾いものだったかもしれない。


「ヨルハ! いつまで寝転がってる! 強くなるんだろうが! お前の特技はなんだ! 思い出せ!」


 痛みはあっても親父が作った装備を付けているんだ。

 軽微な傷はできても、動けなくなるような裂傷などは負っていないはず。

 それならばゴブリンと間合いが開いた今ならばまだ立て直すことができるはず。


「わた……しの……特技……つよさ……」


 眦から溢れた雫が倒れた頬を伝い、ヨルハの口に入ったそれが弱さを突きつけていることだろう。


「ヒー……ル……」


 倒れ伏したままのヨルハの唇が震えながら回復魔術を発動する。

 癒しの光が瞬き、挫けることを許せないヨルハの強い煌めきが再びその華奢な身体を立ち上がらせた。


「ゴブッ!?」


 それに驚くのはゴブリンだ。

 今の今まで肉弾戦で殴り合ってきた相手が回復術師だったなんて思いもしなかっただろう。

 ――ゴブリンが回復術師を知ってるかはわからないが。


「今の一撃は痛かったよ、ゴブリンさん」


「ゴブゴブ」


 再び睨み合う両者。

 謎に噛み合うゴブリンの相槌。

 拳で分かり合ったとでもいうのだろうか。


「でも、ごめんね。わたし、もう負けたくないんだ――ッ!!」


「ゴブッ!」


 活力を取り戻し、走り出すヨルハにゴブリンが再び防御の構えを取る。


「たぁーっ!」


 微妙に可愛らしいヨルハの気合の一声とともに拳がゴブリンを襲う。

 ゴブリンはヨルハの拳の軌道を読み、そこに左の前腕を縦にするように身構え受けの姿勢へ。

 ヨルハの拳がゴブリンの左腕に命中。

 殴られた勢いで左半身の姿勢を崩しながらも右の拳を振り上げヨルハの顔面目掛けてゴブリンが襲い掛かる――その瞬間。


「ヒールッ!」


 ヨルハの体が癒しの光に包まれ、頬を殴られたまま歯を食いしばってゴブリンの一撃を耐え凌ぐ。


「ヒール!」


 受けたダメージを瞬時に癒しながら、ヨルハは呆気に取られるゴブリンの顔面目掛けて仕返しとばかりに拳を打ち込んだ。


「グボォッ!」


 至近距離からヨルハの体重と想いが全力で込められた拳を受けたゴブリンがダンジョンの床に崩れ落ちる。


「や……った」


 そしてヨルハもまた気を失い倒れかけた――ところを、素早く抱えてやる。


「ヒール三回で魔力切れか。今回のゴブリン戦は引き分けだな。よくやったよ、ヨルハ」


 魔力切れで気を失っているヨルハの頭をそっと撫でてやる。

 頭から突き出たもふもふの耳の肌触りが良過ぎて少しびびったものの、気持ち悪いと思われたくないので自制。


 ヨルハを寝苦しくないようになるべく優しく抱きかかえて立ち上がる。


 と、足元に転がるゴブリンが目に映るが――どうしたものか。

 ちょっと気に入っちゃったんだよなコイツ。

 ヨルハの最後の一撃で気を失ってはいるが、まだ息はある。


「ま、どうせ倒したところでゴブリンのドロップなんてコモン級の魔石程度だしな」


 最弱の魔物であるゴブリンはすぐに冒険者に狩られてしまう。

 同じ個体にまた出会うことなんてもう無いかもしれないが、ヨルハの相手をしてくれた礼として見逃すか。


 さて、今日はこの辺でホテルに帰りますかね。

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