先生。さようなら

夜野刻

さようなら

3月18日

中学校最後の日。僕は家から出られなかった。別に風邪を引いたわけでも、なにか重大な用事があったわけじゃない。

ただ気持ちが卒業式へと向かなかっただけだ。

あっという間の3年間。あなたと出会えたのは2年生の春。初めての学校、初めての教師生活で緊張してあなたは、頼りなさそうだけど教師としての希望に満ち溢れていたように見えた。

失敗しなかったわけじゃない。むしろ失敗だらけだった。けれど初めてだからと言い訳にせずに、一生懸命取り組むあなたはとても輝いていた。

体育祭のリレー。走る前緊張していた僕にこっそりと「頑張れ」と声をかけてくれた。その一言で普段の何倍も頑張れる気がした。

文化祭少しだるそうに作業していたのがバレて、「ちゃんとやりなさい!」と怒ったが、怒り慣れていないのがバレバレだった。きっと優しいあなただから、僕らのために怒ってくれたんだろう。

毎月撮る集合写真。「いつかのみんなが中学校でのことを思い出し易いように」なんて言ってたけど、1番思い出したかったのはあなたじゃないかと思う。

部活で先輩への色紙を書くために遅くまで学校に残っていた時、書き方を教えてくれたりして遅くまで付き合ってくれた。

あなたとの思い出は沢山ある。

2年。言えば短く感じる時間だけど、あなたとの時間はかけがえのないものでした。その時間も今日終わる。あなたが始めた卒業までのカウントダウン。数字が一つ、また一つ減るたびに学校へ行きたく無くなった。

卒業式が終わるのは11時。今は10時45分。今から学校へ向かっても卒業式には間に合わない。

けれど僕は重い腰を上げて、制服に着替えて家を飛び出した。

いつも通っていた通学路。もう通らなくなるわけじゃないけれど、なにか特別なもののような気がした。ゆっくり一歩一歩を踏み締める。

そのせいで学校に着くのにいつもより時間がかかった。時間は12時。卒業式の後、玄関ホールに集まっていたであろう同級生や保護者たちももういない。

少し帰ろうかなという気持ちが出てくるのを押し殺して、校内へ足を踏み入れた。

当たり前だが3年生の下駄箱には僕の靴を除いて靴一つない。

僕は教室へと向かった。

他の先生に合わないか、怒られないかなんて不安もありながら教室へ向かう。

結局誰にも会わずに教室へたどり着いた。

誰もいない教室で、自分の席に着く。

そこでため息を一つついた。


「今日やっぱり卒業式参加すればよかったかな」


すでに意味のないことを口にする。

参加したくなかったわけじゃない。むしろ参加したかった。

結局学校に来るならーーー。なんてことを考えていた時、教室の扉が開いた音がした。

僕はすぐに扉を見た。

そこには、目の下に涙の跡を残したあなたが立っていた。


「おそいじゃない」


少し震えた声であなたはそう言った。


「遅れてすいません」


なんて言っていいのか分からず、ただ謝った。


「どうしたの?」


「え…っと……」


思考がまとまらない。少し時間を空けて職員室に行くつもりだったけど、こんな早く会うとは予想していなかった。


「先生こそどうしてここに?」


「君が来そうな気がして」


あぁ。ずるい。最後なのにあなたは僕が喜ぶ言葉をくれる。


「君が卒業式に来てないって分かった後、連絡しようか悩んだんだよ?けど君ならきっと来るって信じてたから」


「そう…ですか」


一歩。また一歩。あなたが近づく。


「どうして遅れたの?」


正直に言うか言わざるか悩む。けれどそんな僕の思考を妨げるようにまた一歩、一歩と近づいてくる。

思考がまとまらない俺は、何も隠さず想いをそのまま口にしていた。


「先生のこと考えていたら、家出られなくて」


無言で続きを促してくる。


「今日で最後だと、思いたくなかった」


顔が熱い。あなたの顔を直視出来ない。視線が自然に地面に向く。

あなたは足を止めた。


「実は私もなんだよ」


その一言に驚き顔を上げた。

僕を直視していたあなたと目が合った。

真っ直ぐ綺麗な瞳で僕を見ている。


「私も君のことが気になって、卒業式にも身が入らなかった。教師失格だね」


心臓が飛び跳ねる。ドクンドクンの脈打つ音が聞こえて来る。


「そんなことない!先生は最高の先生だった!」


あなたが僕に好意を寄せることは許されることじゃない。

でも、もし、その気持ちが偽りじゃないなら!


「先生!俺は!教師として!この学校に戻って来るから!だから、だからその時は!」


叫んで喉が痛い。視界が歪む。あなたを見ていられない。けど真っ直ぐ先生と向かい合う。


「うん。その続きはその時にね」


あなたの儚げな笑みが僕にさよならを告げる。

きっと僕は先生としてこの学校に戻ってくる。けれどあなたと結ばれることはないでしょう。

そんなことは分かっている。けれど、そう思いたくない気持ちが僕を今突き動かしていた。

しかしそれも終わりを告げた。

僕は精一杯の笑みを作って先生に別れを告げた。


「先生。さようなら」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生。さようなら 夜野刻 @tokinoyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ