39話遅れてきた勇者

宿に帰ると、宿屋の主人は笑顔で出迎えてくれた。あんなことがあったのに変わりなさそうで良かった。


「スラ子さんはどうしたんですか?」


「あいつは修繕活動を手伝っている。なにか用なのか?」


「いえ。お礼が言いたかったのですがいないのなら仕方ないですね」


急にどうしたんだろうか。宿の仕事を何か手伝ってくれたとかかもしれないが。


「お姉ちゃんがね。魔物から助けてくれたの!」


「こら!奥で寝てなさい!」


「襲撃に巻き込まれてたのか。・・・あいつが助けたんだな」


本当に強くなったな、スラ子。こっそり魔術の鍛錬もしていることも知っている。俺も負けていられないな。


「これをお姉ちゃんに渡してほしいの!」


宿屋の娘が奥から何か持ってきたようだった。


箱からペンダントを取り出す。それは青い宝石だった。


「高価だろうこんなものをもらってもいいのか?」


「うん!わたしの宝物!お母さんがくれたんだよ!」


それは、いいのだろうか。たしか、母親は・・・。


「私からもお願いします。もう妻はいませんが、同じことをするでしょう・・・受け取ってください」


「ありがとう。あいつに渡しておくよ。あと、そろそろこの街を離れようと思う」


主人は悲しそうな顔をした。この宿には長い間世話になった。最後にスラ子が助けてくれて、せめて何かを返すことが出来ていたらいいのだが。


「・・・そうですか。こんな古い宿を拠点にしてくれて感謝しています。次の場所でも、あなたに幸運があるよう祈っています」


疲れているが、先にあいつにペンダントを届けておくか。寝るのはそのあとでもいいだろう。


スラ子の作業しているだろう場所にコバヤシは向かった。
















街のあちこちで人が作業をしている。少なからず一般市民や冒険者で死んだ者もいるだろう。


だが、悲壮感でいっぱいになっている訳でもなく、皆一生懸命に頑張っている。


建物の一部が崩れて屋台が潰れていたり、馴染の肉屋は商品が魔物に食い荒らされ滅茶苦茶になっていたり、あるいは血の跡もある。


「・・・俺のせいか」


誰が悪いという訳ではない。だが、誰が原因かははっきりしている。


「我を手にし、後悔しているのか。いまさら手放すことも出来ないが」


魔剣の声が聞こえる。別に責めている訳ではない。


「誰を責めても状況は変わらない。魔王だろうが何だろうが、殺そうとするなら殺し返すだけだ」


この街を離れても当てはない。しかし、移動して魔王討伐の為に動き出すぐらいしか次の悲劇を防ぐ手段はない。


(グダグダ考えるのは辞めよう)


門を抜け、スラ子がいるであろう先ほど最後に話した場所にいくと、なにやら騒がしい。


「スラ子、お前に渡すものが・・・」


スラ子は何やら剣を持った少女に絡まれていた。困った顔をしてスラ子は対応していて、こちらに気づいていない。


「お前!魔物だろ!」


「えっと・・・!な、なんで?」


「こんな大荷物、ひょいひょい持ち上げて普通じゃない!」


みれば城壁の残骸を身体強化の魔術とスライムの体を駆使して、軽々と持ち上げていた。


たしかに少女、という力ではないな。


「わたしの聖剣で退治する!」


「すまないが、連れを退治されては困る。剣を収めてくれないか」


「コバヤシーーーー!助けてええ」


スラ子が持ち上げていた残骸を手放して半泣きで俺の後ろに隠れる。


ズドン、と石の塊が落ちる音がした。


「ほら!こんなもの女の子が持てるわけない!」


なんだこの少女は。


偉そうだしなんか聖剣とか言ってたし、冒険者だろうか。


そんなとき、後ろから、


「コラ!何やってんだ。・・・困ってるじゃないか!」


杖を持った青年が少女の頭を小突いた。


「まあ、疑わしくはあるがそもそも危険な物であったら半泣きで隠れることはないだろう」


続けて出てきたのは女性騎士、といった風貌の女性だ。


これはパーティだろうか。自称聖剣を持つ少女に、魔術師の青年、そして女騎士。


「済まなかった。あれでも一応勇者と言われているんだ。わたしはアンジェリカ、彼はブロー、そして彼女がニイナ」


アンジェリカは暴れるニイナの首根っこを掴み持ち上げる。


すねた顔をして抵抗をあきらめると静かになった。


「君はコバヤシ、と言ったね。僕たちはこの街のギルドに呼ばれて来たんだけど場所は分かるかな?」


「わかった。ギルドはこのまま真っすぐ行った先にある市場を抜けるとすぐに見えてくる。複雑ではないから簡単に見つかるはずだ」


ブローは続けて質問する。


「それとだ、この惨状・・・一体何が起きたんだい?魔物の群れが襲ってきたって話だけど・・・」


「ああ・・・それは・・・」


どう説明すればいいのだろう。魔王の部下の襲来、だなんていきなり信じてもらえるか分からないし・・・。


「まあいいじゃないか。ギルド長に聞いてみよう。ありがとう。コバヤシ、また会えるといいな」


アンジェリカはニイナを無理やり引っ張っていく。


「おぼえてろー!」












この少女が本物の勇者であることはまだコバヤシは知らない。

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