番外編34話かつての記憶3

裏切り者の神とその部下の落ちた天使たち。


城に残された戦力はもはや残り少ない。


「シャイターン様、いまは撤退すべきです」


状況は最悪だった。最初はシャイターン側が優勢だったのだが、ワルキューレの登場によって一気に瓦解してしまった。


「正当性はこちらにあるのになぜ・・・逃げなければならぬ」


混沌の勢力と呼ばれ、魔王という侮蔑(ぶべつ)の称号を与えられ、それでもなお抗ってきた。


最低の気分だった。


「シャイターン様・・・我々も知っております。だからこそなのです」


魔王の部下、イヴが悲しそうな顔で言った。


「シャイターン様が殺されてしまえば正当性は失われ、あのにっくき天使どもは好き勝手に言葉を並べてあなた様を侮辱するでしょう」


「・・・・」


シャイターンは状況がわかっていた。この城までワルキューレの連中が来ていることも、時間がないことも。


それでもなお、神としてのプライドがシャイターンを復讐へと突き動かす。


「せめてワルキューレの連中だけでもこの手で仕留めたいものだ」


聖剣ズルフィカールに手をかけ独り言のように呟く。


「シャイターン様!侵入者です!」


「なんですって!?まだこの階の結界は反応がないわ!」


この城にはイヴが感知用の結界をはっている。ワルキューレの連中は飛ぶことが出来る天使だ。最上階まで直接飛んでくるものだと予想し、イヴは下の階まで結界は用意していなかった。


「迎撃しなさい。数は?」


「1人です。しかしただの天使とは思えぬ強さで・・・!」


「その者、なかなかの度胸ではないか。その者の相手をしたら我も撤退しよう。転移魔術の用意をしておけ」














「殺せ!侵入者を逃がすな!」


「これはピンチってやつかな?そうだよね!」


「汝は莫迦(バカ)なのかいくら我を扱えるとはいえ限度というものがある」


息が切れそうだ。城の中はそれほど兵士もいないだろうと油断していたら、次から次に兵士が出てくる。


最上階へと続く階段をマリファスは逃げるように疾走する。


この城の構造を知っているわけではないが、とりあえず上へ上へ向かっていけばなんとかなるだろう。


階段の踊り場、一旦息を整え落ち着かせる。


「ん・・・?」


先ほどから後ろが静かだ。あれ程まで騒いでいた兵士たちの気配がしない。


「貴様が侵入者か」


階段の上から声をかけられた。見ればもう最上階はすぐそこだった。


まるで、招待されているような感じがする。


「シャイターン様はお前に用があるそうだ。来るがいい」


兵士に案内され大きな扉を開ける。


玉座に案内されると、先行したワルキューレが何人か倒れていた。ブリュンヒルデもかろうじて生きているが、鎧も武器もボロボロだ。


「ブリュンヒルデと言えど、人質を盾にすれば判断も鈍るものだな。マリファス」


玉座に鎮座する魔王は口を開いた。


「変わったね。シャイターン、君はこんな真似も出来るようになったんだ」


悲しげな声で魔王に声をかける。


かつては友人だった魔王はゆっくりと立ち上がった。


「こちら側に来る気はないか?マリファス」


「申し訳ないけど、出世コースから外れたくはないものでね。お断りさせてもらうよ」


「そうか・・・ならば」


魔王は剣を鞘から抜くとこちらに向ける。


「我が直々に殺す」


「っとその前に失礼」


マリファスは術式を展開する。


戦線離脱用の保険だった。奥の手、かろうじて息のあるブリュンヒルデを転移させる。


「メタスティス」


詠唱すると彼女はイシュタル領に転移された。


これは1人にしか使えない。ようするに、


「僕もとことん、お人好しだ。死ぬかもしれないのにね」


自虐的に呟くと魔王に聖剣を向ける。


「シャイターン様・・・あまり時間は掛けないよう」
















ガギイイン!


圧倒的な膂力で攻める魔王シャイターンと、持ち前の技術で剣戟をいなすマリファス。


実力はそう変わらないように感じるのはマリファスの剣を扱う技術のおかげであり、本来であれば上級天使と神では戦いにすらならない。


(このままではじり貧だ。決定打になりえる一撃を喰らわせないと・・・)


かろうじて拮抗はできているが、こちらはギリギリだ。


「出力を上げられるかな?ヘブンギル」


「あまりやり過ぎると、汝の魂を消耗するが大丈夫か?」


「どっちにしろこのままでは死ぬよ。まあ助かる予定、ないんだけど」


・・・接続開始。ヘブンギル起動。出力最大。


「なるほど、魂のエネルギーを魔力に変換するのか。死ぬ気という訳か」


マリファスは素早く魔王の懐に入り、それを魔王は迎え撃つ。


魔王はその一撃を受け止めたが、予想以上の力、強化された膂力で受け止めきれず後ろに勢いよく後退させられる。


・・・いまだ。


マリファスは聖剣に魔力を流し込む。


生半可な攻撃では(彼)に致命傷は追わせられない。


隙を作り、ただの一撃で両断する強烈な攻撃を繰り出すのみ。


「シャイターン!」


魂を消耗し、最大出力で繰り出される聖剣の一撃。白く輝く光の刃が聖剣から衝撃波のように解き放たれ、魔王を捉えた。


「こんなところで・・・!我が死ぬ・・・!」


シャイターンは受け止めきれず致命的なダメージを受け、吹き飛んだ。


「シャイターン様!貴様!マリファス・・・!」


一人、迫る近衛兵が槍を繰り出す。この程度の敵なら、造作もない。


「ごめんね」


マリファスは繰り出された槍を造作もなく切り払い、近衛兵の鎧ごと切り捨てる。


「うっ・・・!シャイターン様・・・!」


「ごめんね。でも攻撃してこなければ僕も殺しはしない」


マリファスは周りの兵士を威圧すると血にまみれた、回復不能な攻撃を喰らった魔王にトドメを刺すために近づいていく。


「マリファス、お前も我を悪だと言うのか。魔王だと、罵るのか・・・!」


「理由はわからない。でも罪は罪なんだ。・・・でも、せめて理由だけは聞いておこう」


魔王は覚悟を決めたのか、口を開く。


「ヘレナが、殺された。天使にだ。人間の娘と、イシュタル様は婚姻を認めてくれたというのに。ただ自分より立場が上になってしまうという理由だけで・・・奴らは・・・」


「・・・」


マリファスは一瞬、躊躇った。


その刹那。


「シャイターン様は間違ってない・・・!」


イヴがマリファスの霊核を短剣で後ろから貫いた。


「ぐっ・・・!?」


「おい!マリファス!しっかりしろ!」


「ごめん。ヘブンギル・・・僕はやっぱり甘かったよ・・・」


迷いさえなけれなければ、せめて魔王は殺せていた。そんな自分を責めながら、マリファスは倒れた。
















「マリファス。死んでしまったのですね」


この声、イシュタル様だ。夢でも見ているのだろうか。


「あなたには消滅して欲しくありません、もしあなたが生きたいならば人間に転生も出来ます」


「そうですね。彼を救うチャンスをもう一度くれるなら・・・」


「あなたらしい動機です。分かりました」


意識はそこで途切れた。










マリーンの過去話。これは彼が人間になった物語。

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