番外編33話かつての記憶2

神の国、アースガルズ。


世界樹の下に広がるその広大な国には複数の神が存在し、それぞれ神は不可侵の盟約を結び領地を管理している。


いわゆる人間が言う天国、と呼ばれる場所。


死んだあとは神によって裁きを受け、行き先を決定される。


死の苦しみと退廃に満ちた地獄、そして神が支配するアースガルズ。


戦場となっているのはアースガルズの一部、イシュタル様の領地だ。


シャイターン・・・かつて神と呼ばれた彼は、イシュタル様の領地の天使を殺してしまったのだ。


神の国からしたら些細な反乱、ただイシュタル様はどこか彼を殺すための判断をしかねている。


「マリファス、ようやく覚悟を決めたか」


「ブリュンヒルデ様、彼は本当に意味なく天使殺しなんて罪をするんですかねえ」


「理由など関係ない。罪は罪だ、我々は神々の命令通り執行するのみ」


マリファスとブリュンヒルデ、護衛のワルキューレを乗せた馬車が天馬によって空を駆ける。


戦場は近い。いま秩序の勢力は押されている、下手をすれば一気に戦況は瓦解しイシュタル様の領地は混沌の勢力に蹂躙される。


だというのに。


(僕は彼を殺せるだろうか、かつて友人だった彼を)


「迷いか、マリファス」


聖剣は不意に声をかけた。


「ああ。僕だって思うところはある」


武器がぶつかり、沸き立つ戦場の声が遠くに聞こえる。


戦場は近い。気持ちを切り替えなければ。


















「我々が派遣された以上、これ以上いたずらに戦いを長引かせるわけにはいかない」


作戦はシンプルだった。神の戦車ムシュフシュを使い、敵陣を圧倒しながら突き進み相手の前線を瓦解させ相手の陣営に穴をあける。


そのタイミングでワルキューレが攻め入りそのまま後ろに控える天使の兵たちと一緒にドミノ倒しのように敵陣を圧倒し、瓦解させていく。


まさに一点突破。ワルキューレの軍力だから出来る作戦だ。


「マリファス、お前は私と同行しシャイターンを討つ。重要な役割だ」


「重要な役割を下さり、光栄です」


「さてお前もこの鎧を着てもらう、硬化のルーンが刻まれた特別な鎧だ」


ブリュンヒルデの部下が持ってきたその鎧はワルキューレの基本装備だ。大抵の武器であれば致命傷を避けることが出来る、頑丈なつくりだ。


作戦開始まであと30分程。


「イス。心に平穏を」


乱れた心を落ち着かせるルーン魔術。マリファスはゆっくりと深呼吸した。


















神の国で行われる戦争は壮絶だ。何しろ天使というのは簡単には死なない。


槍が貫通し、弓で射抜かれようとも簡単には倒れない。


狙うは頭、体は鎧が守っているしそもそも効果がないとお互い分かっているのだから当然の事だ。


「死ね!死ねええええ!」


あちこちで怒号に似た叫びが響く。


その平原は血にまみれ、地獄と変わらない光景だ。


「戦場は初めてではないだろう。余計なことは考えるな、マリファス」


慣れた様子でブリュンヒルデは指揮を取る。


「ムシュフシュ、突撃!兵は私の後に続け!」


毛の生えた竜のような聖獣が轟音をたてながら戦場を駆ける。


ムシュフシュと呼ばれる戦車はまさに殺戮する為の乗り物だった。


側面、正面ともに突き出した角のような刃は容赦なく兵士をひき殺していく。


「弓兵、討て!」


「展開せよ!マナ・シールド!」


奥で待ち構えていた弓兵の一斉掃射。


それを難なく防ぐのはマリファスの展開した結界だった。


作戦は成功し、敵軍はもうボロボロだ。あれほど有利だった戦況が簡単にひっくり返っていく。


「このまま前進し、城に攻め込む!残りの兵はこのまま蹂躙せよ!」


さすがワルキューレの指揮官、圧倒的なカリスマ性で瞬く間に平原での戦場は終わってしまった。


残党狩りを命令するとワルキューレの精鋭部隊を引き連れ城を目指す。


元々戦場で押されていたのは相手の領地だったからだ。だからここを攻略してしまえば、あとは城を落とすのみ。














「ムシュフシュ停止せよ。これより城を落とす。お前たちはここで待機せよ」


少数兵を残すと、ブリュンヒルデが先頭になり天使の羽を広げる。


天使で羽を使って飛べるのは一部だけだ。例外的にワルキューレの天使は全員飛ぶことが出来る。


「マリファス、お前は飛べるか?」


「得意ではありませんが・・・一応は。よいしょっと」


飛翔するのは何年ぶりだろう。


「このまま玉座を落とす!行くぞ!」


一気に飛翔し、そびえたつ城壁を飛び越え玉座を目指す。


「来たぞ!ワルキューレだ!シャイターン様の為、奴らを何としても通すな!」


数は10人くらい、飛べるということは上位の天使だろう。


大してこちらは8人。


ブリュンヒルデに炎の魔術が放たれる。


「ふん、この程度!」


彼女は聖剣、ダモクレスでそれを打ち払う。


「ちょっと待ってくださーい・・・!」


下の方からマリファスの声がする。


「まだそんなところにいるのか。早く来い!」


交錯する剣戟、マリファスの援護はまだ遠いので望めない様子だ。


「ワルキューレの選ばれし天使達よ、私が囮になる。集団詠唱でジャッジメント・レイを放て!」


「集団詠唱・・・!しかしこちらの方が数が少ない分ブリュンヒルデ様が・・・!」


「気にするな。この程度の連中に遅れはとらない!」


ブリュンヒルデは一気に加速し、近くの天使兵に斬りかかる。


天使兵は剣戟を受け止める。が、


「貴様程度に受け止められるか!」


圧倒的な膂力の前には、ただの上級天使では受け止められるわけもなく吹き飛ばされ、城壁に叩きつけられた。ブリュンヒルデはそのまま距離を詰め。


「がっ、はっ・・・!」


そのまま叩きつけられた天使兵の霊核を容赦なく貫く。


「次!」


「怯むな、行け!」


ワルキューレと天使兵の戦いは熾烈を極めていた。お互いに鼓舞し、ぶつかり合う剣戟。


「ブリュンヒルデ様を守れ!負けるわけにはいかない!」
















「はあっはあっ・・・!」


マリファスは必死に飛んだのだが一向に追いつけない。空中戦なんてやったこともない僕が追いつけるはずもないのだ。


羽を休める為、三角屋根に一度降り立つ。


「すこし休憩したら飛ぼう・・・って」


三角屋根についた窓ガラス。ばっちり弓兵と目が合ってしまった。


「敵兵だ!殺せ!」


ガラスを割り、飛んできた弓が運悪く広げていた羽に当たってしまった。


「っ!」


バランスを崩したが、なんとか窓のサンにしがみつく。


「おちたら死ぬよね。多分」


窓を覗き込み上から射抜こうとする敵兵。


「光の刃よ、貫け!」


咄嗟に詠唱をし片手で聖属性の刃を打ち出した。手持ち式の小さなバリスタを破壊する。


そのまま敵兵の手を掴むと、引きずり落とす。


「なっ・・・!?」


「恨みはないけど、こっちも死ぬわけにはいかないんだよね」


しっかりと窓のサンを両手でつかむと、どこかはわからないが部屋に入り込むことが出来た。


「さて・・・このままいくしかないね。上の階を目指そう」


聖剣を鞘から抜く。


「ブリュンヒルデ様より先にたどり着かないとね。手遅れになる前に」

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