番外編32話かつての記憶

_____かつて、この世界がもっとシンプルだった頃。マリーンの遠い昔の記憶。














「イシュタル様、混沌の勢力はいまだ勢いを増しており・・・」


「イシュタル様!戦線はいま混沌の勢力が優位です!どうかお力添えを!」


秩序の勢力は混沌の勢力に押されていた。天使たちは動揺を隠しきれず、女神にすがるしか心の安寧を得る方法もなかった。


「落ち着きなさい。ワルキューレの戦力の半分を派遣します」


ワルキューレは天使の精鋭部隊、研鑽された技術で神の武器を扱い、強力なルーン魔術を扱う軍団だ。


天使の中でもトップクラスの強さを持つ。


緊張感が走る神殿の中。


まるでどこ吹く風と言わんばかりに平然としている天使が一人。


「やあやあ。大変そうだねえ、混沌の勢力は今日も大暴れか!」


「あなたは変わりませんね。マリファス」


「女神イシュタル様、今日もご機嫌麗しゅう」


はあ、と頭を抱えたくなる。マリファスは、秩序の勢力が保有する「神の矢」という神造兵器をぶっ放して混沌の勢力の連中をまとめて吹き飛ばせばいい。とイシュタルに大胆にも進言し禁固刑にされたこともある問題児だ。


ただ、彼はルーン魔術、錬金術を極め、強力なアーティファクトも作ることも出来た。その為大した罰も受けることはなかった。ただし、それを加味しても大きく借りがある。そのせいか聖剣を持ち戦場に召喚するようにワルキューレのブリュンヒルデから打診を受けている。


「マリファス、進歩状況はどんな感じですか。聖剣ヘブンズギル、今の状況を打開する神の武器・・・!」


「あと一歩といったところです。最も優秀な触媒である世界樹を使った神造兵器。扱える者さえ選出すれば戦況を打開できるでしょう!」


今回の武器は自信作だ。この武器は我々のような聖素で出来た体を消滅させる武器、元から魔力を断つ武器だ。


再構成すら許さない、聖剣の名に恥じない性能。


一つ、問題を除いては。


「しかし、予想外だったのは意思が宿ってしまったってことですねえ・・・」


偶然(バグ)なのか、その聖剣には意思が宿ってしまった。この剣は使い手が気に入らないと判断すると全く機能しない。


「イシュタル様自身が扱えば一発でいう事を聞きそうなものですが!」


「愚かすぎる。女神さまに直接、最前線で戦ってもらうなどと、もし何かあったらどうする気だ」


「イシュタル様の権能をフルにつかえば、どんな敵も圧倒出来ると思うけどねえ」


聖剣の出力は使い手に左右される。一国を滅ぼすとされる「神の矢」程の威力はないが、イシュタル様なら凄まじい出力で聖剣を扱えるだろう。


「わたしはここで天使達の司令塔にならないといけません。その案は却下です」


「冗談ですよ!では、聖剣の候補者の選出をお願いします」


イシュタルの傍らにいる天使から書類を受け取ると、軽い足取りでマリファスはワルキューレの訓練場に向かった。














「軍神マルス様、首尾はどうですかな?」


「・・・言わなくてもわかるだろう。マリファス」


「いかに聖剣とはいえ、あんなひねくれた性質(タチ)では誰も扱えん。お前は作るモノは有用だが癖があり過ぎる」


「使い手を選ぶのは武器として当然のことだが意思を持った武器自身が選ぶのではな・・・今のとこ扱えるのはお前かイシュタル様くらいだ」


マリファスは聖剣を鞘から引き抜く。白銀に輝く刀身は不意に口を開いた。


「マリファス、我は飽きた。聖獣を斬らせろ」


「またか、天界が使役する聖獣も無限ではないのだぞ」


軍神マルスはこの際、マリファスを戦場に向かわせることも考えていた。マリファスは軍神マルスから直接教えを受けた数少ない天使だ。


本人が戦闘向きではない、といってはいるが並みの天使では相手にもならない。


マルスが指示をすると、二人が話す訓練場に聖獣が連れてこられた。


「やれやれ、作っておいて文句を言うのもあれだけど、我儘な聖剣だ!」


マリファスはマルスと話していた傍観席から跳躍すると、訓練場の中央に着地する。


聖獣ユルルングル、4メートルほどの鋼鉄の体を持つ巨大な蛇。幻想種とも言われている。


聖獣とは天界で飼っている幻想種のことで、戦いになると戦場に投入される。


ルーン魔術で支配し、コントロールを行っているがこの聖獣は凶暴でコントロールが完全でない為、味方も殺してしまうこともある。


使役している天使が鞭を叩き、聖獣を促すとマリファスを睨み、動き始めた。


「怖いなあ。まったく・・・蛇に睨まれた天使。って感じだ」


「汝に死なれるとストレスが発散できない。手を貸そう」


聖剣は使用者の魂と接続する事で魔力放出の出力を格段に上げることが出来る。


「・・・接続開始、身体強化」


蛇が鎌首をもたげ、毒牙を見せながら一撃を繰り出した。


それは素早く繰り出される巨大で毒を持つ、拳のような、獲物を仕留める原始的な駆動。


「よっと!」


マリファスは軽やかにそれを躱し、後ろにステップする。


ザザザっと鋼鉄の鱗がこすれる音。鎌首をもたげたまま滑るようにこちらに向かって進んでくる。


「今度はこっちの番だね!」


聖剣をレイピアのように構え、ユルルングルの攻撃を誘う。


体を傾け、繰り出される毒牙を躱し距離を詰める。


一撃を繰り出し、首を戻す瞬間。


「ここだ!」


あご下から頭まで聖剣が貫いていた。


「さすがですね、マリファス様」


「マリファスよ。お前が戦場にでればいいのではないか?」


「はあ・・・。死んでも保険があるというのなら構いませんが!」


聖剣を引き抜き、鞘に戻すと死体を片付けている天使に宝物庫に運ぶように指示する。


「自室で休ませてもらいますよ!疲れたので!」


マルスに声をかけるとマリファスは自室に向かうのだった。
















「マリファス様、ワルキューレのブリュンヒルデ様から、召喚状です」


「はあ・・・。今回ばかりは断れる気がしないなあ」


ワルキューレはイシュタル直属の部隊。強い権限があり、ブリュンヒルデは自分より立場が上だ。


戦場に行きたくないのは、単純に痛いのが嫌だからだ。


天使はダメージを受けても首を落とすか、魔力が切れない限り修正(なおる)のだが、特殊な兵装なら霊核を破壊されることもある。


「しかし、これで召喚状は3回目、これ以上断るのは・・・」


申し訳なさそうに部下の天使は頭を下げる。これ以上この子に迷惑はかけられないか。












「しかたない。いこうか、戦場に」

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