第12話再開

「ふう、あの・・・コバヤシ君だっけ?あの子に助けられたなあ」


ここは工房だった。様々な薬品が大量に保存され、見るからに危険物質のオンパレードだ。マリーンはそのうちの1つ、スラ子に試した体内の魔力に反応する特殊な液体を観察する。この薬の効果もわかったしスラ子ちゃんにも感謝しないとね。


「マリーン様」


「なんだい?」


「コバヤシ様が一斉討伐から帰還したようです。話によると、だいぶ活躍されたようですね」


マリーンは持っていた怪しげな薬品の瓶を戻すと、楽しそうに言った。


「さすがだね。あの召喚者はなにか持ってると思うんだよね。言葉で作用する魔術とかも初めて聞いたし」


「わたしも初めて聞きます。魔術師としてはマリーン様より遥かに下回っていますが・・・」


「褒めるのはよしたまえ!調子にのってしまうじゃないか!」


マリーンは不敵な笑みをうかべ、


「次の依頼だ。コバヤシ君に手紙を送っておいてくれたまえ」


ペンを取り出し羊皮紙にさらさらと術式を書き込む。


「円環せよ。」


魔力を羊皮紙に通すと術式が発動する。あのときはこっそり話を聞くためにやったが今回は連絡用だ。


特殊な紙に魔力をとおし、循環させる。呪術の1つである。


「それでは・・・こちらを届けてまいります」


メイドは礼儀正しく頭を下げ。手紙を持っていく。


コバヤシ君はお人よしだ。この依頼は受けてくれるだろう。


マリーンはニヤニヤと笑うのであった。














「コバヤシ君!どうも久しぶり!」


術式を破ろうと思った。俺は話したくもない。


「今回は難しい依頼ではないよ。ちょっと調査してほしいんだ」


「遠見の魔術を公使すれば調査くらい余裕だろう?」


動物を使い魔にし、遠くを見る魔術だ。魔術師なら大体できる初歩的なもの。


日常的に使える魔術は具現化の才能などは必要にはならない。俺でもできるくらいだ。


「じつはね。ラートルフ家は私のマリーン家を貶めようとしてるんだよ。あの時は何が何でも相手は勝たなきゃいけなかった。だからそれを利用して不当な決闘をあえてさせたんだ」


珍しく、まじめなテンションで言った。


「いま両家は調停を結んでいる。マリーン家がラートルフ家に介入はできないが君ならできる」


「なにをやったらそんな恨みを買うんだよ。まあマリーンならありえるが・・・」


・・・不正の証拠ををマリーン家は握っていたからだよ。


ラートルフ家は爵位を上げるためカネをばらまき魔術協会の一部を買収した。


そのほとんどはマリーン家を気に入らない派閥ばかりだったらしい。


あのとき不正が明らかになったのは、マリーンのスパイが立会人をしていたからだ。


「ようするに・・・あの時はギリギリだったのさ。決闘も僕のほうから申し込んだんだよ。ハメるためにね」


全部演技だったのか。とコバヤシは驚いた。


「遠見の魔術でどこから聞いているか、敷地内だったけど外だったからわからないからね。・・・ところでコバヤシ君、本題なんだけど」


ラートルフ家に潜入してほしい。と依頼を出してきた。値段は・・・法外だ。


「僕もラートルフ家に負けないくらいカネはあるからね。どうかな?」


「・・・しかたない、だが作戦はあるのか?」


じつはね、とマリーンはいたずらっぽく笑った。


「息子がいただろう?君が負けた相手だ」


マリーンはぐさっと刺さることを自然に言ってくる。こいつはこういうやつだ。


・・・気を取り直すと話を促す。


「おそらくあの発言を考えると内情もある程度知っているはずだ。だから・・・友達になるんだよ」














「ラートルフ殿、いらっしゃるかな?」


「なんでしょうか・・・マリーン様。ラートルフ様はいま読書をされていますが・・・」


赤い装飾、狭い門。マリーンの豪邸と違って閉鎖的な雰囲気が漂っている。部屋はいくつかあるようだがカーテンが閉まっている。魔術的な防備はマリーン家より強そうだ。そのせいで閉鎖的に見えるのだろう。


「おや?ここに来ることはしらせていたはずだけどね。魔力増強剤・・・マジックエリキシル。これを欲しかったんだろう?効果も折り紙付きだ」


「ラートルフ様に確認いたします」


門越しにメイドが会釈すると、建物の中にもどっていく。


・・・すると、ギイイイイとひとりでに門が開いた。


「コバヤシ君、ラートルフの豪邸は僕のと違ってすこし注意した方が良いよ。侵入者を許さず、入ったら決して逃がさない」


魔獣すら飼いならせて番犬にしているらしい。この門以外から入ってくる客人は魔獣の餌になる。


本当に魔術師らしい家だね。とマリーンは緊張感なく笑っている。


扉をくぐると、バタン。と扉がしまる。


「マリーン様、主はこちらです」


「おおっと、コバヤシ君。あの一人息子にも用があったんだった!この荷物をわたしてくれないかな?」


唐突に小箱を取り出すと、渡してきた。ちょっと分かりやすくないか?とおもうくらいの手際だ。


「彼の部屋は三階だ。彼の工房があるからかならずノックすること!他の扉と違って魔術が込められてるんだ。侵入者と思われないようにね」
















・・・ここか。魔術師の工房の独特な魔力を感じる。マリーンの言った通り特殊な魔術の刻印が扉に施されている。ノックは・・・3回だったか。


コンコンコン。


「お父上ですか?いまは研究中の新薬をマリーンさんから受け取るはずですが・・・」


「違う。先日に決闘した・・・魔術師だ」


恐る恐る声をかける。あの時は散々に敵視されていたからな・・・。


さすがにマリーンほど俺は図太くない。


「どうやってこの屋敷に・・・?いや、あるいはマリーンさんの弟子なのか」


ガチャ。一時的に術式が解除され、慎重に扉をあけていく。


「・・・まあそんなところだ。マリーンから届け物だ」


懐から小箱を取り出す。


「これは・・・もしや研究中の新薬か。まさか僕にもくれるなんてね」


マリーンから聞いたがこの跡取り息子・・・キルトのことは昔から知っているらしい。


外道な研究、カネを使った買収。父親の汚い手口には嫌悪感に近い感情をもっていたらしい。


「すこし、工房を見せてくれないか?向こうも・・・ラートルフ殿もいまはマリーンと話しているし暇なんだ」


「いいだろう。ただし迂闊に工房の物には触れないようにしてほしい」


部屋の中には魔術媒体になる宝石、鉱物。そして・・・。


「これは魔物だ」


魔獣、コアトルだ。巨大なガラスのようなケースに入っている。いまは眠っているようだが。


「ラートルフ家はいま新たな研究をしているんだよ。魔獣の生態なども調べているけどメインは魔獣の使役だ」


魔獣の使役。そういえば屋敷の周りも守らせているんだったな。


話を聞くと、魔獣に魔術を掛け従わせるらしい。ラートルフ家は特殊な魔術に精通している。


初めてコバヤシがマリーンからの資料を読んだとき、知ったのが・・・。


「従属の魔術、か」


「そう。我がラートルフ家が長年かけて培ってきた魔術だ。最初は大して研究に目を向けられず、魔術協会も目を向けなかった。しかし今は違う」


すこし、言い方に迷いがある。やはりか、たしかに研究は今こそ目を向けられているがラートルフ家の歴史やその努力だけで名声を獲得したのではないのを自覚しているのだ。


・・・友達になるんだよ。


マリーンの作戦が頭をよぎる。


「話を続けてくれ」


「ふうん。あの時は気づかなかったけど見る目はあるんじゃないか。いいだろう」


従属の魔術。古代ルーン文字を対象に書き込み、効果を発揮する。ハガル・・・破壊という意味のルーン文字らしい。一度その魔術にかかれば対象の意識を破壊し支配する。もうそうなれば人形のように扱えるようになる。危険な魔術だ。


「人に使ったことはないが、近い将来奴隷層に使うことになるだろう」


名家の魔術師は常識がない。と言われる。


なぜなら自らの研究のためなら手段は問わないからだ。


(これが名家の魔術師か・・・俺も人のことは言えないが)


手段を問わない。という点は俺も同じだ。


「ふむ・・・」


「不服そうだね。やはりマリーンさんの弟子だけあって甘い」


言ってることは分かる。魔術をなぜ研究するのか、それは真理の探究だ。


そのためなら何を犠牲にしてもかまわない。そのためにすべてを捨てる。


間違いではないと思う。


「真理を探究する・・・か。」


「魔術を志すものならその目的に行きつかないのが理解できない。知的生物は知り続けることが喜びだよ」


このままでは埒が明かない。友人どころか仲良くなるにはどうすればいいんだ。


頭を抱えそうになる。


コンコンコン。


「今日はよく人がくるな」


「やあやあ。マリーンおじさんだよ」


「ちょっと待ってください」


扉を開ける。


「コバヤシ君とは仲良くなったかな?」


「仲良く・・・はありませんが話は出来ますね」


おお。とマリーンは大げさに驚く。


「珍しいね!これは良い友達になりそうだ!さて・・・エリキシルの値段交渉も終わったし、帰ろうか」


そっとキルトに中身を渡したあとの小箱のごみを回収する。


「お父上・・・ラートルフ卿は納得していましたか?」


「問題ないさ。ではね」


工房を出ると、メイドに玄関まで案内される。


「今度は約束してからこちらの屋敷に来てください。ラートルフ様も暇ではありません」


くぎを刺されると迷惑そうに屋敷を追い出された。


「収穫なしかあ・・・まいったね。間違いなくキルト君は間違いなく情報を握っていそうなのに」


「ところで調停誓約ってのはどういうことなんだ?」


いまさらだが内容が気になる。


「それはね。魔術を使った接触をしてはいけないってことなんだよ」


呪術・・・呪いをかけたり、術式での直接の攻撃。もちろん遠見もだめだし・・・と言いながら先ほど回収したから箱をガサゴソと漁る。


「こんなのもだめだね」


羊皮紙に魔法陣が書き込まれている。前に俺たちの話を盗み聞く為につかった魔術だ。


抜け目がないな・・・とコバヤシは思った。たしかにバレたら勝手にコバヤシがラートルフ家の秘密を探ろうとした。・・・ということになるだろう。これが依頼をした理由か。


要するにスケープゴートってことだな。


「最低だな」


「誉め言葉はやめたまえ!照れるじゃないか」


笑っている。どこまで本気なのかいつも飄々としていてわかりにくい。


さて、












「今日からしばらく君は僕の弟子だ!とりあえずしばらく僕の豪邸に泊まってもらおう」


「え?」


魔術を学ぶいい機会だが・・・こいつに仮を作るのは御免だ。と思った。


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