第8話アリスの冒険

「グオオオオオオオオ」


トロルが咆哮をあげて突進する。2,3メートルを超えそうな屈強な肉体、それだけでも厄介なこの魔物は巨大なこん棒の様な岩の塊を持ち、重装備の騎士すら直撃すれば無事では済まない。


「うおおおお!」


トロルが振り下ろす塊を、同じく巨大な大剣で受け止める。受け止めた瞬間、それを受け流す。


どちらもすさまじい怪力。しかも片方は人間だ。


「いまだ!」


待機していたアリスがその瞬間仕掛けた。彼女が持つのは銀の長剣だ。これは突く用途の武器である。


「はああああっ!」


トロルの目を潰す。トロルは1つ目だ。致命傷になるはず。


アリスはすぐさま後ろに飛びのいた。パニックになりトロルは力任せに巨大な塊をふりまわす。


よし・・・!後衛職が術式を展開し詠唱を開始する。


「まだ!?トロルに逃げられるよ!」


「すこしまってください!すこしこの攻撃は時間がかかります!」


詠唱により奇跡がおこされ、魔力が具現化していく。


それはまるで巨大なつららのようだった。アイス・エニード。そう彼女は名付けている。


「氷の刃よ、貫け!」


「グオオオオオ・・・」


氷の塊が上半身を貫通する。これではトロルの持つ再生能力をもってしても助からない。


ズドン・・・!巨体が衝撃をたてて倒れる。


「依頼も終わりだね!ご苦労様!」


アリスはいつもの調子で言う。


このパーティのリーダーは彼女だ。リーダーとは司令塔、パーティの動きを考え作戦を立てる。


「あいかわらずだな。良い作戦だ」


大剣をもった男はトロルの死体に腰掛ける。


「とりあえず野営してから町に帰ろう!今日はウサギ肉食べたいなあ」


「あなたは野菜もしっかりたべてください」


エルフの魔術師の女性がたしなめる。独特なとがった耳、整った顔立ち。年齢は20代半ばというところか。


「エリスはくちうるさいの!わたしがリーダーなんだからね」










ぱちぱちと焚火が音をたてている。


「トロルは巨人族の末裔らしいです。あの再生能力もうなづけますね」


「ふうん。そうなんだ。・・・ねえ」


「どうしましたか?」


「エリスは彼のこと・・どう思う?最近ギルドに登録した召喚者・・・異世界人なんだけど」


ああ。とエリスはうなずいた。


「コバヤシ君ですか。彼は・・・」


「いろいろ言われてるけどいい人なんだよ!その・・・助けてくれたし」


何を言われるか心配でつい、言葉を遮ってしまった。


「・・・あの異世界人は怖いです。たしかに悪い人ではありません。しかし魔物どころか人も殺しています」


続けて言う。


「たしかに依頼であれば殺す時もあるでしょう。しかし私たちは人です。同じ人間をあっさり殺せるのは怖いです。」


さすがに・・・命をうばったことはない。大体は拘束で済む。


普段から人殺しをしてるわけではないとしてもそれは容認できることではないのかもしれない。次の言葉を言おうとした時だった。


ガサッ。


「ん・・?」


いまは夜だ。小型の魔物かもしれない。小型の魔物は夜行性もいる。


「ちょっとみてくるよ。魔物ならサクッと仕留めてくる。」


「カインが起きてからでもいいのでは・・?」


彼はぐっすり寝ている。さすがに起こすのはかわいそうだ。


「私だってこのパーティの頭目でギルドでも上級クラス。大丈夫、やばかったら起こすからまっててね」


「わかりました。わたしも起きて待ってますね」


エリスも寝ずの番をすることにしたのだった。








「うーん。いないなあ」


気のせいってわけでもなかったとは思う。小動物・・?魔物ならこの暗闇に乗じて襲ってくるはず。


「キャンプにもどるかな。何もなかったし」


それほどキャンプを離れたわけではない。空を見ながら歩く。


「すっごい綺麗!やっぱり外・・・冒険は最高だね」


星座とかはあんまり知らないけど星はきれい!星座のなかには神の意味が込められている。って聞いたことがある。わたしはこいぬが好きかな!


誰に言うまでもなく心でつぶやく。こいぬは主人の神が死んだとき、そのあとを追うように死んだらしい。


「ドラマチックだけど神っているんだよね・・・いまは地上には神は少ししかいないみたいだけど」


たしかコバヤシ君はイシュタルに・・・。!!!


キャンプの様子がおかしい。アリスはとっさに走った。








「まずいぞ。これは」


中型の魔獣がキャンプを取り囲もうとしている。


「まずいですね。特に私はこの状況がかなり危険です。守ってください」


エリスは後衛職だ。このクラスの魔獣では一撃で死んでもおかしくない。これは魔獣コアトル・・・赤い体毛が生え、爪に強い毒性を持ち、もともとは神の眷属とか言われている。人間にとってはただの魔獣に過ぎないのだが。


「この数、間違いなく巣があるぞ。気づかなかったな」


「カイン、エリスを担いで!」


「嫌ですよ。冗談じゃありません」


冗談言ってる場合じゃないとカインはあきれている。


「いくぞ・・・よっと」


「な・・・!」


ひょいっとエリスを担ぐと、


「リーダー、どうする?町までひたすらこいつを抱えて走るのか?」


たしか・・・ここに来る途中で崩壊した古代の砦があったはず・・・。


この平原で戦うのは危険すぎる。


「私が殿を務めるから走って!」


グルルル・・・。魔獣達が私たちに反応して走り出した。数は10・・・15・・・わからない!


はるかに魔獣のほうが足が早い。魔獣と戦った経験はあまりないが、ほかの獣と同じように火を避ける傾向にあることぐらいは知ってる。松明は・・ない。荷物は大半さっきのキャンプに置いてきてしまった。


「・・・!」


「オラッ!」


「ギャウッ」


カインが残った利き腕でとびかかってきた魔獣の顔面に殴りつけた。


さすがに死ぬことはなかったが大きくぶっ飛んで地面を転がっていく。


「しっかりしろ!お前がしっかりしないと全員死ぬだろうが」


「ごめん!」


パンパンと自分の顔を叩いてカツをいれる。


「作戦通り行くよ!エリス!エンチャント!炎がいいな!」


「無茶言わないでください。・・・術式展開・・・!」


アリスは眼前に迫る魔獣を貫き、あるいは首を落として仕留めていく。


「エンチャント、燃えよ」


「よし!」


しかしこんな状況が続くわけでもなく。


「どうすれば・・・」


魔獣の足は速い。少しづつ囲まれていくのは明白だ。決断が迫られた。


「カイン。」


「頼んでいい?」


なぜあえてゆっくり分けて言うのか。エリスとカインは察する。


「それは・・・だめで、


「アリス。囮になる気だな」


信じてほしい。そういう風にアリスの目が語っている。


「・・・ふう。」


カインは無言でアリスを置いていく。


「リーダーだからね。わたし」


強がって笑ってみる。試しに足を止めるとカインを追っていく魔獣が大半こっちに向いたようだ。


「・・・いくよ。私の本気。まだエンチャントも残ってる」


彼女は覚悟を決めたのだった。

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