第4戦 ラスクVSティナ
ごうごうと鳴り響く機械音に囲まれて、武器を握っていた。
排気の煙に身を隠し、ゆっくりと標的を狙う。
視線の先にいるのは、獣人を“ペット”として優遇しようとする政治家だ。
ボディーガードは三人、屈強な男達を従えて大衆に笑みを見せている。
獣人は、限りなく人に近い存在だ。
考え、想像することもできる。
理性だって持ち合わせている。
そして、獣人は獣に還れない。
身を寄せ会えるのは、人間なのだ。
バディが銃を構えた。
「ラスク、俺たちは家畜なんかじゃないって、知らしめてやろう」
ギラリと光ったその目に移る殺意を合図に、ラスクが剣を握る。
“ペット”なんかと同じにして欲しくはなかった。
獣人の多くがそれを望み、訴えてきた。
人間は耳を貸そうとしない。
いつまでたっても、獣人は獣のままだ。
「行こう、俺たちだって抵抗出来ることを思い知らせよう」
バディの指が、引き金を引いた。
薄暗い部屋で目が覚めた。
ずいぶん長く夢の中にいたようだ。
ラスクはバディの名前を知らなかった。
外で活動をしていた仲だったが、バディは名前をもっていなかった。
獣人にはよくあることだ。
野良であれば、名付け親がいないことはざらにある。
遂に、“バディ”と呼ばれ続けたその犬はどうしているのだろうか。
「らしくない」
お互いに、次の世代の為にと誓い合った。
ラスクが所属していた団体は、そういう組織だ。
たとえ、自分達が悪となろうとも、獣人の権利を獲得し、後の獣人たちが人として生きられる世界を望む者たちの集まりだ。
武力による野蛮な抗議だが、権力を持たないイヌが抵抗する為には、選べる手段がなかったのだ。
過去を振り返るなんてろくなことがない。
何もない部屋で伸びをして、しぶしぶ着替えをする。
横縞の、いかにも囚人を連想させる服に袖を通し、そろそろ服も調達しようかと考えた。
たしか、カードがポケットに入っていたはずだ。
「ん?」
パンパンとポケットを叩くが、物が入っている気配がない。
手を突っ込んでみるも、そこは空になっていて何も掴めない。
「マジかよ」
血の気が引いていくような気がした。
セクターの外ならばこれ程焦らなかっただろう。
そもそもその日暮らしをしていたのだからろくに金銭を持ち合わせてはいなかった。
だが、ここは違う。
全てを管理されている中で自由に買い物をするためのカードだ。
それがなくては、物資の調達どころか食事も怪しくなる。
「アイツに聞くしかねぇ、よな」
浮かんだ顔は、気だるそうに仕事をしている政府のイヌだ。
まだ試合の受付が始まっていないカウンターで、ラッセが雑誌を読んでいた。
ゴシップだろうか、有名な俳優の絵が描かれている。
「キーパー、ちょっといいか?」
「ん?なんだ?チビ助」
面倒くさそうにチビ助と呼ばれ、内心メラメラと怒りが込み上げてきたが、今は相手を怒らせるべきではない。
吐き出したい言葉をぐっと飲み込む。
「カードがないんだ。再発行はできるのか?」
反抗しないラスクに目を丸くしたラッセは、何か考え始めた。
「再発行はできるが、もう失くしたのか?」
「今朝、起きたらなくなっていた。落とした記憶はないんだが、無いものは仕方がない」
そう、落とした記憶はないのだ。
深いポケットに落とさないようにしっかりと入れていたはずだ。
他のものと出てこないように、そのポケットに他のものは入れていない。
それなのに、カードはなくなっていた。
その話を聞きながら、ラッセはカタカタとコンピューターを動かした。
「お前さ、昨日、お前より小さいガキとぶつからなかったか?」
「あ、あぁ、女の子、だったか?あんな小さい子もいるんだなとは、思ったが」
その言葉にラッセは深く息を吐いた。
どうやら思い当たりがあるようだ。
「あー、またアイツか。呼び出してやる。そいつから返してもらえ」
ポーンとアナウンスが流れる。
マイクに向かい、ラッセは低い声で繰り返した。
「「No.274、ティナ・セレガー、No.274、ティナ・セレガー。直ちに中央カウンターまで来るように、繰り返す」」
拡声器から流れる音声は、至るところから聞こえており、こうして対象を呼びつけているようだ。
おそらく、このアナウンスに従わなければ罰があるのだろう。
「常習犯なんだよ。元々窃盗でぶちこまれてる奴だ。お前さ、ここにいるイヌがまともじゃ無いことわかってんだろ?もうちょい警戒しろ」
至極全うな説教だった。
まともじゃ無いことは自分が一番わかっている。
イスカやリンと普通に会話をしていて油断してしまったのは事実だ。
何より、ラスク自身が大罪者だ。
ろくでなししかいないことは明白だった。
だが、相手は自分よりも年下の少女だ。
そんな少女を始めから警戒しろという方が難しいだろう。
アナウンスを流してからしばらくして、1人の少女が眠たそうに目を擦りながら歩いて来た。
黒いかみに赤い髪飾りが愛らしい、いかにも女の子といった姿だ。
その子はカウンターに近づくなり、大きなあくびをした。
「ティナ、もっと寝ていたいのにぃ…キーパーさん、どうしたの?」
口を尖らせて文句を言うティナに、ラッセはため息をつく。
「お前なぁ、心当たりあるだろ?ほら、盗ったもん返したら戻っていいからな」
「ええ?ティナ、何も悪いことしてないもん」
「またカード、スったんだろ?今ここで出したら無かったことにしてやるぞ?」
呆れたように見下ろすラッセを涙目で見ていたティナは、遂に観念したのかスカートのポケットからカードを取り出した。
ラッセが受け取り、刻印されたナンバーを照合する。
それは、確かに、ラスクのものだった。
「使ってないよ?だって、なーんにも無いんだもん。貧乏さん!」
ラスクを指差して理不尽な文句を言い始めたティナに、ラスクも黙っていられなかった。
「人の物盗んでおいてなんだその言い方は!」
「ええん、お兄さん怖いよぉ」
怒ったラスクをみて直ぐ様泣き出すティナは、両手で目を擦って蹲っている。
ラッセは見慣れた光景に、ラスクもこれで黙ってしまうのだろうと頬杖をついていた。
「泣き真似で許されると思うなよ」
ベシンと、渇いた音がした。
ラッセは目を丸くし、ティナも呆然とした。
空気が固まっていた。
ラスクだけが、不満そうに文句を言いたげな表情をしている。
「なんだよ、なんとか言ったら…」
「う、うわぁぁぁぁぁん!!!」
「は!?なんで泣くんだよ、悪いのはお前だろ!」
堰を切ったように本当に泣き出してしまったティナは、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
そして、何故かラスクが慌てふためいている。
「お前が泣かせたんだろ」
「な、何でだよ、人の物盗って泣き真似したこいつが悪いだろ!?」
「それで手を出して何で泣かねぇと思ってんだ?」
ラッセはラスクの常識を疑わざるを得なかった。
普通の人なら泣き真似の時点で怒るのをやめる。
ティナの演技は大抵の大人を騙し、多少の悪事を見逃してくれる。
だからこそ、ここまで手癖が悪く育ってしまったのだろう。
見つからなければ怒られない。
怒られても泣けば許される。
こうしてスリの常習犯として収容されたのが、ティナ・セレガーだ。
泣き真似を瞬時に見抜かれ、ましてや叩かれるなんて、ティナ自身は数えるほどしか経験がないだろう。
まだ少女の年齢の子に手加減をしているとはいえ、こうも簡単に手を出せるものだろうか。
ラッセはラスクを呆れ顔で見下ろした。
「悪い事とわかってやってんのに、何で叱ったら泣くんだよ」
その言葉に、ラッセは何かを納得する。
それはやはり、今までのイヌと変わらないのだろうという失望にも繋がった。
所詮は利己的で道徳の欠けたイヌなのだろう。
「わかんねぇならいいさ。あと、初犯は見逃すが、手は出すなよ。上に報告しないといけなくなる。仕事を増やすな」
面倒くさそうにカードを投げ渡し、ラッセが顔を背ける。
明らかに興味を失くした様子に、ラスクは戸惑いつつも、まだ泣きやまないティナをどうするべきか悩んだ。
あやしかたは知らないし、宥めるつもりもない。
自分に非があると思っていないのだから当然だった。
「お兄さんのばかぁぁぁ!」
わんわんと泣きじゃくるティナに苛立ちつつ、この場を去ろうとも考えていると、ラッセが突然笑いだす。
「こりゃいい。喜べ、二人とも。
不満は試合で晴らせそうだぞ」
向けられたのは、今日の試合の一覧だった。
その中の一行を指され、目を向ければ、確かに2人の名前が横に連なって書かれていた。
ブザーが鳴り響く。
前の試合が終わったらしい。
相変わらず簡素な待機室で、ラスクはナイフを手に馴染ませていた。
小型のナイフは実践で使うには頼りないだろう。
だが、今日の試合はこれで十分なようにも感じられた。
相手は自分よりも幼い少女なのだ。
軽く小突いただけで泣き出してしまう少女を相手に負ける気がしない。
ティナのような子にまで試合を義務付けている人間側に怒りを覚えるほどだ。
他のイヌのカードをスルのは、自らの勝ちで稼ぐことが出来ないからかもしれない。
考えるほどに、試合への気持ちは複雑になっていく。
1試合目は妙な興奮があった。
相手と対峙し、殺意を向け合い、血が熱くなるのを感じていた。
これこそが、イヌの本質なのだと解らされたようだった。
だというのに、今度はどうだ。
相手が大男から少女に変わっただけで、まるで気持ちが上がらない。
罪悪感のような、同情心のような、とても殺意を向ける気になれないのだ。
「まだまだ、俺も甘いってか?」
感情を捨てたつもりでいたのだが、捨てきれてはいないようだ。
大きくため息をつく。
ふと、脳裏に過った赤い目は嬉々としているわけでも悲観に溺れているわけでもない。
ただ、そこにある光景をぼんやりと眺めていた。
「お前も、無理矢理連れて来られていたとか、だったらな…」
それは願望だ。
あの手付きは、試合を強制されている者の動きではなかった。
ブザーと共に試合相手の名前が表示される。
『ティナ・セレガー パピヨン』
少女に相応しい犬種だろう。
愛くるしい見た目と優雅な長毛が可愛らしい小型犬だ。
まぁ、今回の相手はそこに付加されるあざとさが誇張されて、その見た目を武器として使っているようだ。
戦意が削がれているラスクの正面からティナが入場する。
その様子はやはり先程の少女とは違い、おどおどと小さくなっていた。
試合となれば暴力が必然だ。
幼い子を殴る蹴るなどしたくはない。
「嫌なら棄権すりゃいいじゃねぇか」
試合をする気になれないラスクが問いかける。
ティナは泣きそうな顔を向けた。
「知らないの?試合をしないと、処分されるんだよ?」
“処分”と言う言葉に胸に針が刺さるような錯覚を覚える。
ここでの処分はもちろん死を意味する。
罪を犯した犬が一匹死のうと何もかわらない。
ただの駒なのだ。
言うことを聞かない犬を養おうなどという考えはないだろう。
「処分…」
「そう、処分。番犬さんに殺されちゃうんだもん」
ピクリと、ラスクの顔がひきつった。
番犬は望んでそれをしているのだろうか。
勝手に恐れられているだけではないだろうか。
都合の良い憶測が巡る。
そうであって欲しかった。
「お前に負けるのは解せない。俺の勝ちでさっさと終わらせてやるよ」
それが、ラスクの最善だった。
自分より弱いティナに負けるのはプライドが許さない。
闘いを避けられないならば、屈服状態に持ち込んで敗けを宣言させれば良い。
ナイフを握り締め体制を低くする。怯えるばかりのティナはしぶしぶと剣を構えた。
試合開始を告げるブザーが一際大きく鳴り響いた。
走り出したのはラスクの方だ。
真っ直ぐ、素直な攻撃だった。
直線を走り、ナイフを向け、肩を狙うぞと言うのが明らかだった。
それは、少しでもティナが傷つかずに試合を終わらせるために選んだ手段だ。
ティナがそれに応えれば、試合は直ぐに終わるはずだった。
「ばぁか」
肩を掠めるはずだったナイフには、何もかからない。
それどころか、視界からティナの姿が消える。
視線をずらすと、がら空きの腹部の先に、にたっと笑みを浮かべるティナが短剣を構えていた。
「お兄さん、やっさしぃ」
剣先が腹部を貫く。
直感的にラスクが身を捻るが、大きすぎたモーションを瞬時に立て直す事は難しい。
地を蹴りあげて、転がるように距離をとったが、ズキリと脇腹に痛みが走る。
手を添えれば、生暖かい液体が服に染みているのがわかった。
「てめぇ…」
しかめた目に映るティナは愛らしいものではない。
計算高くあざとい演技に騙されたラスクを嘲笑っている。
「だって、ティナは可愛いのが武器なんだもん。お兄さんが怒るのはおかしな話じゃない?」
見た目を武器にすることは悪くはない。
一戦目のセントバーナードもその巨体で威嚇をしてきた。
さも戦えない様子を装う事も反則ではないはずだ。
「騙されたお兄さんが悪いのよ」
少しむくれたような表情を見せるティナの本心が見えない。
言葉と顔はラスクを嘲笑っているが、血が付いた短剣を握る手は震えていた。
咄嗟の怒りに任せて反撃をしていれば、細かな仕種を見落として、そのか弱い身体に蹴りをいれていただろうが、殺伐とした環境で相手の隙を見抜くために付けた癖が邪魔をする。
演技はどちらだ。
腹部の傷は浅く、致命傷にはなり得ない。
隙だらけのラスクを嗤いわざと浅くしたのか、それとも、後の襲撃を恐れて手が出せなかったのかがわからない。
ラスクはティナを睨み真偽を図る。
長い時間のようにも感じた。
その間もティナは動かない。
賢明な判断だと思う。
戦闘能力は明らかにラスクの方が上だ。
力もスピードも瞬発力も幼い少女がラスクに敵うはずがない。
真っ向からぶつかれば負けは目に見えている。
つまり、ティナが取るべきはカウンターであり、相手の油断を誘い、甘い攻撃の隙をつくことだ。
はっと、ラスクは目を見開く。
その様子にティナは身構えた。
攻撃が来る。
ラスクにまだ動きはない。
けれども、確かに、何かを決めた目をしていた。
「早く、終わらせるぞ」
その動きは早かった。
先程と比べ物にならないくらいだ。
蹴りあげられた砂が落ちる前にティナとの間を詰める。
低く地を這うようにしてラスクが接近する。
慌てたティナが避けようと後ずさるが、細い足でのバックが追い付くはずがなかった。
会場が息を呑む。
あっという間にラスクはティナを捕らえ、その身を押し倒す。
砂が舞い、少女をの髪に絡まった。
咳き込むティナが一閃を目にして身体を強張らせる。
刃先が喉元に添えられている。
ヒュッと息が詰まる。
「望み通りの展開か?」
馬乗りになったラスクが小さく問う。
ティナは目を丸くした後に、歯を喰いしばった。
「しらないもん」
それは、強がりだった。
ブザーが鳴る。
試合は終了だ。
掲示板には勝者としてラスクの名前が浮かび上がっている。
試合結果が確定した事を確認して、ラスクがティナの上から降りる。
バツが悪そうに視線を反らしているティナに、ラスクは疑問をぶつけた。
「お前、本当に戦うなんて出来ないんじゃないか?」
その問いに、ティナは青ざめている。
「で、できるもん。ティナ、頑張れば、お兄さん、刺せたもん…」
強がりを見せるティナをみて、ラスクは大きくため息を吐いた。
簡単に本音を言うはずがない。
戦えない犬が殺処分ならば、他者を傷つけることを恐れるような少女を生かしておく必要がない。
この場でそれを宣言するなど自殺行為と同じだ。
「…見た目を使って騙しやがって。ズル賢さだけは一流だな」
吐き捨てるように投げつけた言葉は、周りにどう聞こえただろうか。
ティナはムッとした顔をして立ち上がると、背を向けたラスクの足を目一杯蹴った。
「ってぇ!!てめぇっ!」
「お兄さん嫌い!」
怒るラスクをからかうように舌を出し、ティナが出口へ走る。
ゲートをくぐる直前で振り替えると
「ばぁか!!!」
追い討ちをかけるように残した言葉に、不思議と不快感はなく、ラスクは呆れたようにため息を吐いた。
試合の報酬が入っていたらしい。
カードを使って服を買うことにした。
そろそろ囚人服は卒業したかった。
セクター331の中は自由が利くものの不便が多い。
試合の時間を守れと言うくせに、時計はほとんどないし、生活に必要な小物や家具も部屋には何もない。
満足できる生活がしたいなら試合に励めと言うことだろう。
犯罪者ばかりの施設だと言うのに、ここまで不便ではイヌ同士のトラブルは頻繁に起きているものだと思った。
けれど、実際セクターの中は静かなもので、怒号が飛び交う事など珍しいくらいだ。
試合がストレス発散になっているのもあるが、一番の理由はここに来た時につけられた首輪のせいだろう。
服を着替える際にも引っ掛かるこの首輪は、見た目だけベルトのようになっているが、自力で外すことは出来ないようになっている。
監視以外の用途もあるだろう。
脱ぎ捨てた囚人服は草臥れている。
ここにくる前から強制されていた縞模様も、くちゃくちゃになって床に這いつくばっている様子を見ると、物悲しくなる。
新しい服は安価ではあったが、動きやすく着心地はよかった。
ぼんやりと食事をとっていると、ラスクを見つけたイスカが声をかけてきた。
「あんた、小さい女の子にも容赦ないのね。負けてあげればよかったのに」
ニヤニヤと嘲るその様子に大きくため息を吐き、そっぽを向く。
「なんであんなガキに負けなきゃならねぇんだよ」
本心だった。
同情が無かったわけではないが、明らかに自分より弱い相手に負けることはプライドが許さない。
無傷で降参させる算段はあっても、自分が降参する案など影すらなかった。
「そういう割りきってるところは、気に入ってるけど。そんなんじゃモテないわよ?」
「ここでそんなもん気にして、何か意味があるのか?」
ばっさりと言い捨てるラスクに、少し驚いたイスカだが、直ぐにその表情に笑みが戻る。
「愛嬌は大事よ?男女問わず、気に入られていた方が世の中は渡りやすいものでしょ?」
イスカの言い分はわかる。
外で生活している間に愛嬌の重要性は嫌というほど目にしている。
けれども、ラスクの性には合わないのだ。
媚を売り、相手の懐に入り込み、情から攻めいる手段は苦手だった。
相手の感情がわからないとか、合わせるのが苦手とか、そういう問題ではない。
「人にすがって生きるのは、嫌なんだ」
口を尖らせてそっぽを向いたラスクの表情は曇っている。
妙に幼く見えるその顔こそが、年相応の本来の姿なのかもしれない。
イスカはそれを笑い、ラスクの頭を小突いた。
「獣人として生きるためには、誰かにすがらないとダメよ。一匹のイヌにできることなんて知れてるんだから」
ヒラヒラと手をふり離れていくイスカの背を見送り、味気のない食事を再開する。
パサパサしたジャガイモが、口の中の水分を奪って、噎せそうになった。
子供が嫌いなわけではない。
自分より年下のイヌを守ろうと翻弄したこともある。
ただ、それが、自分にとって大切か否かの話だ。
ティナに情けをかける理由がなく、ラスクにとってはどこまでも他人であっただけだ。
少女だからと手加減はしても、負けていい理由にはならない。
それだけの話だった。
「誰かにすがる…ねぇ…」
徒党を組むことはあっても、誰かを頼って生きることは考えたことがなかった。
振り返れば殺伐とした生活ばかりだ。
気を抜けば命を落とすような、 そんな荒んだ生活の中では、結局自分だけが頼りになる。
イヌの暮らしであれば当たり前だと思っていた。
飼われているイヌなら兎も角、ラスクのように野良に近い生活をしていれば、人間とのいざこざは元より、イヌ同士でも頻繁に喧嘩は起きる。
この国の中で、イヌとして生まれた以上、避けられない運命のようにも思う。
生活の場所を確保するために、縄張り争いのようなことをしなくてはならない。
イヌは、あくまで犬なのだ。
ふと、ある顔を思い出した。
それは、まだ血の繋がらない兄弟達と生活していた頃の顔だ。
長兄として、彼らを守るのが役目だと思っていた頃だ。
「あいつ、生きてるかなぁ…」
紅い目と並んで座る姿は愛らしいものがあったのを覚えていた。
ラスクにとって、守りたい大切な命だった。
「あの、見た目じゃ…」
泣きじゃくってばかりの弱虫だった弟は、人の見た目をしていなかった。
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