第4話 上賀茂さん(2) (美脚ヨガ)

 京都市東部を縦断する鴨川はYの字に流れている。左上手ひだりかみて賀茂川かもがわ、右上手は高野川たかのがわと呼ばれ、下鴨神社のすぐ南で合流して鴨川へと名前を変える。Yの字の合流地点にある鴨川デルタは人々の憩いの場となっており、家族連れや学生、観光客らで賑わっている。


 ずんぐり白馬の神山号こうやまごう下鴨糺しもがもただしを背に乗せて高野川沿いに上がっていく。途中、川の真ん中に据えられた炬燵机こたつづくえを囲う四人の男子学生がいた。彼らは腰まで水に浸かりながら、じゃらじゃらと麻雀牌を混ぜていた。文明の利器に頼らない画期的な涼み方に感心する一方で、下鴨は彼らのお腹の具合が心配であった。


 叡山電鉄えいざんでんてつ修学院しゅうがくいん駅のあたりまで来ると、川沿いの人通りが少なくなってくる。かわりに、木陰で涼む鹿たちが増えてきた。


 神山号は道路にひょいと上がると、少し進んだところで足を止めた。

「おい、着いたぞ。あいつは中で待っているから、さっさと行け」

「ありがとう。また今度遊びにおいで」

「誰が行くか。遊んで欲しいならお前が来い」

「それもそうだね、近いうちにお邪魔するとしよう」

 暇なら相手してやってもいい、鼻を鳴らして神山号は去っていった。


 目の前には門が建っていた。荘厳な積み木の家とでも言おうか、二本の木の脚の上に横板が渡され、その上に再び二本足。そこに台形の柿葺こけらぶきの屋根が乗っている。右側に「山ばな平八茶屋」と書かれた提灯が掛かっていた。


 下鴨は門をくぐり、石畳を進む。道路に隣接しているはずなのに、門をくぐった瞬間、すっと静けさが辺りを包んだ。


「ようこそお越しくださいました。お連れ様は先にお部屋に入られていますよ」


 流水文様の涼しげな着物姿の女性が出迎える。先導する彼女の帯には、2匹の鮎が泳いでいた。

「涼やかな装いですね。よくお似合いだ」

「あら、お兄さんみたいな良い男に褒められるなんて、光栄だわ。お連れのお兄さんも素敵だけれど、何も言ってくれなかったのよ」

「彼は生真面目だからね。でも、心の内では同じように思っているはずだよ」

「そうなのかしら」


 部屋に入ると、広縁ひろえんに座っていた男が顔を向けた。


「兄者、久しいな」

「そうだね、雷馬。元気にしてたかい」


 雷馬と呼ばれた男が立ち上がる。濃紺の浴衣には雲と雷文。矢羽根の連なりが若葉色の帯に一本の線を引いている。がっしりとした体つきだが背は低い、神山号に似て。などと言った日には忽ち矢の雨が降り注ぎそうなので、これまで触れたことはない。


 彼が矢文やぶみの差出人、上賀茂かみがも雷馬らいまである。


「うむ。しかし積もる話は飯を食べながらにしたいものだ」

「お食事でしたら支度は整っております」

「そうか。ではさっそく夕餉ゆうげにしようではないか」

 呼応するように、下鴨の腹がぐうと鳴った。


 

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