第2話 下鴨さん(2)(団子製造スタッフらしい)

 日差しがじりじりと照りつける。御手洗池みたらしいけの水面では光の粒が跳ね踊る。若い女の子のグループが水占いの紙を水に浸して、浮かび上がった文字を熱心に読んでいた。吉兆であったか、互いに見せ合っては笑っている。


「そろそろ冷えたかな」


 下鴨はカゴからラムネ瓶を2本手に取ると、本殿へ向かった。まずは西側の本殿の扉の前に一本置く。二拝二拍手。


賀茂健角身命かもたけつぬみのみこと、いつもありがとうございます。暑い日が続きますので、ラムネをお持ちしました。どうぞお召し上がりください」


 心の中で呼びかけてから最後に二拝し、隣の東本殿に住まう玉依姫たまよりひめにも同様にラムネを供える。二柱ともラムネは大好物であるから、機嫌が良くなること間違いなしだ。下鴨は良き働きをしたと満足しながら御手洗池に戻ると、石垣に背を預け、己もラムネを取り出して喉を潤した。


「うん、いいね。人間の醍醐味だいごみだね」


 わざわざ暑さを感じる人間の姿で過ごすのはラムネを美味しく飲むためであり、美味しいと感じるには前段の我慢が必要不可欠なのである。そして人間の世界には季節それぞれに楽しめるものがあるから、結局いつも人間と同じ暮らしをしている。不便はもちろんあるが、その思うままにいかないところも、また面白いのである。


 ラムネ瓶のビー玉を舌でつっつきながら今日の晩ご飯の献立を考えていると、目の端に何かキラリと光るものがよぎった。


 しゅんっ。


 右の頬をかすめて何かが後ろの石垣に当たる音がした。振り返ると、丹塗の矢が刺さっている。矢にはふみが結え付けられていた。


「兄者。私は旅にでようと思う。一緒にいかがか。返事を待つ。」


 たっぷりの墨で力強く書かれた文には、しかし名前が書かれていなかったが、二葉葵ふたばあおいの印が押されていた。下鴨は文を丁寧に畳んでたもとに入れると、帯の下から若葉色のお守袋を取り出し、空に掲げて優しく振った。お守りに刺繍された双葉葵が艶めく。


 しゃらりらりん。しゃらしゃらりん。


 袋の中の鈴が清涼な音を響かせる。程なくして、先刻糺ただすの森で出迎えてくれた烏のうちの一羽がやってきて下鴨の肩に着地した。


「悪いけれど、言伝ことづてをお願いできるかな」

「お安い御用!」

 烏は胸を張ってカチカチ嘴を合わせる。

「ありがとう。では、わかった、と伝えておくれ。行き先は分かるね。帰ってきたらこの冷えたラムネをあげよう」

「ラムネ!ラムネ!」

「伝言は覚えているね」

「ラムネ!」

「うん、ちょっと惜しいね」

 くるくると旋回して上機嫌な烏の様子に苦笑いしながら、下鴨は再度伝言を頼む。


「ワカッタ!ワカッタ!」

 行ってくる、と言い残して烏は北へと飛んでいった。

「大丈夫かな。まあ、何にせよ向こうのつかいは来るだろうし、問題はないでしょう」

 下鴨はビー玉を再びいじりながら、烏の帰りを待った。


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