推しを死なせるな!

夢綺羅めるへん

推しを死なせるな!

 私の悩みは、推しがよく死ぬこと。


 今も忘れない小学生の頃の記憶。勉強も運動もそれなりにできたけど、周りに上手く馴染めず漫画ばかり読んでいた。ちょっとした黒歴史でもある。


 読んでいたバトル漫画で好きだったキャラが、強敵と差し違える形で死んだ事が全ての始まりだった。


 それからというもの、私が好きになったキャラがことごとく命を落とていくのだ。


 病気だったり、自殺だったり、とにかくありとあらゆる方法で推しは死んだ。

 あるキャラは輪ゴム鉄砲で体を真っ二つにされ、またあるキャラは何の伏線もなくいきなり崖から落ちて死んだ。


 流石に気にするようになり、ジャンルを変えて恋愛モノを読めば浮気の制裁として刺されたり、スポーツモノを読めば大会決勝の直前にトラックに撥ねられたりしていた。


 そんな私が最も愛したキャラが、『姫騎士讃歌せいきしさんか』という中世RPGに出てくるアミヤ・ゼフォンというキャラだ。


 彼女は皇女で、また十九歳という若さでありながら騎士として戦場へ向かっていく。その誇り高さに私のハートは鷲掴みにされてしまった。


 しかし、私の最推しだけあってアミヤの運命は壮絶なものだった。


 実は姫騎士讃歌はかなりの鬱ゲーとして有名で、そんなことを知らずに買った私は何回もアミヤを死なせてしまった。

 

 だが、私はむしろ燃えていた。


 なんせこれはゲームだ。私の努力次第ではアミヤを死なせないことができる。


 そんなこんなでついにアミヤが生きたままエンディングを迎えた時には、感極まって泣いてしまったくらいだ。


 いやあ、我ながらよくやったと思うよ……




 ……という前世の記憶を、たった今思い出した。


 自己紹介をしよう。現在の私の名はララミィ・ゼフォン、十六歳。


 ……推しの、妹だ。



 明け方に突然記憶を取り戻し、混乱する頭を整理していたらすっかり明るくなってしまった。


 記憶といってもかなり断片的で、というよりほとんどが姫騎士讃歌をプレイしていた時の記憶だった。名前も死因もさっぱり覚えていない。


 どういうわけか私は生前一番好きだったゲームの、それも推しの妹として転生してしまったらしい。


 ララミィはアミヤ生存ルートの鍵を握る重要なキャラで、ララミィとの関係がそのままアミヤの命に関わるといっても過言ではない。


 故に、ある意味一番感情移入していたキャラかもしれない。


 だとしても、まさかゲームキャラに転生してしまうなんて。


「死ぬ寸前に来世は姫騎士讃歌のキャラになりたいとか言ってたりして……」


 私なら言いかねないので、普通に笑えなかった。


 そんな悲しい一人芝居に耽っていると、廊下の方から足音が響いてきた。


 足音の主はドアの目の前で止まると、控えめな声で用件を告げる。


「ララミィ様、朝食の準備ができております」


「ええ、すぐ行くわ」


 不思議なことにララミィとしての記憶もしっかり残っていて、苦労したり何かと怪しまれたりすることはなさそうだ。


 ということはだ。


「推し、堪能し放題……?」


 こうなったらいてもたってもいられない。急いで長い廊下を抜けて、豪華に装飾されたホールを横切り、大きな食堂へ行く。


 想像通り、そこには彼女がいた。


 肩のあたりで揃えた美しい青髪、橙色の眼、作り物のような綺麗すぎる顔だち。


「アミヤお姉様……!」


「おはよう、ララミィ」


 推しに名前を呼ばれ、危うく気を失いそうになる。


「お、おはようございます」


「ん? どうかしたか?」


「い、いえ! それより、今日のご予定はどうなっているんですの?」


 生アミヤの力にフラついてしまったのを必死に誤魔化した。


「今日は商人の護衛をする予定だよ。とは言っても、あくまで形式上やることになっているだけで殆ど散歩のような任務だがね」


「そうでしたか……え?」 


 何となく聞き流していたけれど、ふと頭の中で何かが引っかかった。


 商人の護衛中に盗賊に襲われる。確か一番初めにアミヤが死亡するイベント。


 かなり印象的なイベントだったからよく覚えている。もし今日がそのイベントの日だとしたら?


「アミヤお姉様、その……」


「何だい?」


わたくしもついていってよろしいですか?」


「ララミィが? うーん、ララミィは剣も振れないし危ないと思うが……」


「お姉様の仕事ぶりを、お近くで見たいのです!」


「ふむ。まあ賊の目撃情報もないし……今日だけ特別だぞ?」


「ありがとうございます!」


 そう、盗賊はバレないように馬車がギリギリ通れる小道に潜んでいるのだ。


 その為事前情報もないし、狭い空間のせいで思うように剣も振れず戦闘はかなり難しい。


 だが今の私には、何回もゲームをプレイして得た知識がある。


 何としても、推しを生きたまま帰還させてみせる。


 朝食のパンケーキが運ばれてくるのを眺めながら、私は強く決意した。



 整備された山道を、馬車が豪快に進んでいく。


 突き抜けるような気持ちのいい晴れた空、荷台に腰掛け、隣には推し。もとい敬愛する姉君。


 この後アミヤを待ち受ける運命のことを考えないのなら、どれほどいい日なんだろう。


 とはいえ現実から目を背けているわけにもいかない。どうにか小道を避けて通れないかダメ元で提案してみる。


「お姉様、このままあの狭い道を行くのは危ないと思うのですが……」


「大丈夫さ。何たって今日の御者さんはすごく腕のいい人だからね」


 姫騎士讃歌は、非常に運要素の強いゲームになっている。


 例えば今のシーン、腕の悪い御者を引くことができれば会話でルート変更が可能なのだが、そう簡単にはいかないようだ。


 それに、天候が雨か嵐の場合も会話でルート変更の可能性があるのだけれど、生憎の快晴。


 こうなれば、残る手段は……


「腕を疑っているわけではないですわ。ただ、嫌な予感がするのです……」


 アミヤが前日に何かしらよくない夢を見ていれば、この方法で回避できる。


 のだが……


「安心しろ、何が起ころうとも私がついている」


 最悪だ。この返事がくる場合前日の夢はお腹いっぱいのご飯か、雲の上でのお昼寝。


 どちらにせよアミヤの状態は最高。私が知る以上では、この組み合わせだとルート変更は不可能。


 モタモタしてる間に、馬車が例の小道へと足を踏み入れてしまう。


 木々に囲まれ、非常に狭い上に視界も悪い。待ち伏せをするには最高のスポット。


 一応、この小道に入ってしまったとしても超低確率で盗賊が来ないパターンもある。


 そもそも、この世界がゲームの通りに動くとは限らないではないか。


 そんな淡い期待を抱きながら、馬車の揺れに身を任せる。


「あれ? 何も起こらない……」


 ほんの一瞬気が緩んだ、その瞬間だった。


「野郎ども! やっちまえ!」


 甲高い男の声が響くのと同時に、辺りが一気に騒々しくなる。


 馬車が急停止し、大きく揺れた。衝撃で荷台から振り落とされそうになるのを必死に堪える。


「敵襲⁉︎ ララミィ、隠れていろ!」


 アミヤの反応は流石の速さで、数瞬前まで座っていたはずの彼女は既に荷台から飛び降り抜刀していた。 


 盗賊は左右合わせて四人。正直、アミヤの相手ではない。


 ただそれは、十分に実力を発揮できたらの話だ。


「くっ、この狭さでは剣が振れぬ……!」


 足踏みをするアミヤを、盗賊が嘲笑う。


「おいおい、そんなオモチャ持ってどうしたんだ? ねぇちゃん」


「貴様……!」


 アミヤの使う大振りのツヴァイハンダーに対して、盗賊たちが持っているのは小ぶりのダガー。


 平地ならともかく、木の枝がそこかしこに伸びている小道ではあまりにも分が悪い。


 このまま戦闘にもつれ込めば、アミヤはなすすべもなくやられてしまう。


 最後には、ダガーがアミヤの脇腹を貫き……


「__っ!」


 最悪の光景が頭をよぎったその瞬間、刺すような頭痛に襲われた。


 同時に、見たことがないはずの光景がフラッシュバックする。


 血走った知らない男の眼、お腹を押さえた右の手のひらが赤く血に染まって視界がぼやける。


 知らないはずのこの光景を、私は知っている。これは……


「私が、死んだ時の……?」


 今のララミィとしての私と同じ、十六歳の時のことだった。


 姫騎士讃歌のグッズを買いに行ったのだが生憎アミヤのものは売り切れていて、代わりに私はララミィのぬいぐるみを買った。


 その帰り道で、強盗に失敗して錯乱した男にいきなり脇腹を刺されてしまう。まさに、盗賊に負けた時のアミヤと同じように。


 薄れていく意識の中で、私はララミィのぬいぐるみに語りかけていた。


「私が死んだら、アミヤを救える人なんていないじゃない……! ララミィ、大変かもしれないけど……」


 今思えば、自分の死の間際にゲームキャラの心配をするなんて、私はとんだ大馬鹿者なのかもしれない。


「アミヤを、守ってあげて……!」


 そんな大馬鹿者の託した思いが、今再び私を生かしている。


 目の前には、苦戦するアミヤの姿。


 もしこのまま彼女が死んだら、前世の私は死んでも死にきれないだろう。


 そして何より、現在の私が、そんなことを許さない。


「お姉様! これを!」


 荷台に積んであったナップザックからレイピアを取り出し、アミヤの方へ投げる。


「ララミィ⁉︎ ……なるほど、これなら……!」


 前世の私が数百に渡るプレイで編み出した、小道で盗賊に襲われてもアミヤが生き残るたった一つのルート。


 それは……完璧な立ち回りで戦闘をこなし、一度もミスをせず攻撃を繰り出すことで戦闘に勝利するルート。


「お姉様! 左右から同時に来ます!」


「ああ!」


「右の敵は少し早めに来ます! 遅れて左から切り下ろしが!」


 私の声を聞いて右に一歩踏み出したアミヤの突きが、盗賊の左腕を貫く。


 呻く盗賊に目もくれず続け様に左からの攻撃に反応し、躱した勢いで右回転の回し蹴りを入れる。見惚れてしまうような綺麗なカウンター。


「やっぱり、強い……!」


 基本的にどう頑張ってもアミヤが死ぬように設計されたゲームだからか、アミヤのステータスはかなり高水準に設定されている。まともに戦える環境なら、アミヤは無敵だ。


 目を凝らして何とか追いついていけるスピードで動くアミヤの姿を、死に物狂いで追いかける。私が集中を切らした時が、アミヤの死ぬ時だ。


「後ろ来ます! それと、七秒後に上から奇襲!」


 石を蹴り上げて後ろの盗賊の目を眩ませ、一瞬の隙に合わせてレイピアを握った拳で盗賊の顎にアッパーを入れる。


 倒れ込む盗賊の腕をすかさず引き寄せ、ひらりと入れ替わってみせる。


 すると上から飛び降りてきた盗賊は仲間を避けようとして、無理な体勢で着地。これで二人ダウン。


「左後ろ! 気をつけて!」


 初めに左腕を貫かれていた盗賊が苦し紛れにダガーを投げつけると、腕を押さえて倒れ込む。


「こんなものっ!」


 アミヤは意にも介さず、レイピアではたき落とした。 


「最後は……あっ!」


 アミヤの姿に重なっていたせいで、反応が遅れてしまった。


 アミヤの背後に僅かに見えたのは、最後の盗賊がダガーを構えて走ってきている姿。


「いやあああっ!」


 そのまま捨て身の突撃で盗賊のダガーがアミヤの脇腹を……


「え?」


 貫く直前で、アミヤに足を払われ伸びていた。


「いい指示だったよ、助かった。でもねララミィ」


 アミヤはレイピアを鞘に納め、凛とした立ち姿で続けた。


「私は、言われたことしかできないようなお子様じゃないのさ」


「お、お姉様……! 私、わたじ……」


 アミヤのあまりにかっこいい姿にオタクの私と妹としての私両方が耐えきれず、涙腺が崩壊してしまった。


* 


「ララミィのおかげで全員が助かったわけだけど、コソ泥は感心しないな」


「う……ごめんなさいぃ」


 家に帰ってみると、武器庫からレイピアがなくなったと大騒ぎになっていた。


 アミヤを操作してあらかじめ装備させておくことができない以上、家から持ち出すしかなかったのだ。


「まあ、実際私も助けられたわけだしあまり強くは言えないけれど……」


 この一件で今後あまり派手なことはできなくなったけれど、何とか盗賊たちを撃退しアミヤの命を救うことができた。


 万々歳だ。我ながらナイスファイト。


「そうだ、これから商人の方々と晩餐会があるけれど一緒に来るかい?」


「うーん、せっかくのお誘いですが私は疲れたので……」


 断ろうとして、またしても頭をよぎる嫌な予感。


 商人との晩餐会、確か商人同士の醜い争いの為に仕込まれた毒入りの水を誤ってアミヤが飲んでしまい……


「や、やっぱり行きます!」


「ははは、ララミィは気まぐれだね。さ、支度をしようか」


 突如始まった、私の第二の人生。


 二人分の命を背負ったそれは。


 ちょっとだけ大変で。


 ちょっとだけ刺激的で。


 とっても、楽しいものになると確信していた。


(終)

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