第21話

「何話してるの?」

 今まで聞いたことのない、これぞ“鈴の鳴るような声”。顔を見なくても分かった。

「……あ」

 佐奈と大良の間から顔を覗かせたのは──この物語のヒロインだった。

 その愛らしさといったら。思わず無言で見惚れてしまうほどだ。


「あっ……!柳楽くんのお姫様だ」

 そんな私に首を傾げ、思い出したように目を見開く。


 ──お姫様?

 誰のことか、と辺りを見渡してみたけれど皆の視線は私に注がれていた。


「ふふ、柳楽くんが大事にしてるお姫様だよ。ずっとお話ししてみたかったの」

 控えめに笑うヒロインに眩暈がする。灰音ちゃんたちはこの笑顔を見てなぜ惚れないのか、不思議である。

小出宮美こいで みやびです、よろしくね」

「尊い……。可愛すぎませんか……」

 一路は幸せ者だろう。こんなに可愛い女の子に好かれるなんて。膝から崩れ落ちそうになる私に、きょとんとする宮美。

「え?私?白雪さんには敵わないよ」


 ──そう思うよね、柳楽くん。

 そう付け足した宮美は灰音ちゃんに目を向ける。

「ああ?分かりきったこと聞くんじゃねェ」

 あろうことかヒロインをギロリと睨む灰音ちゃんをバシバシ叩く。

「だめでしょ!こんなに可愛い子にそんな怖い顔しちゃ!」

 めっ!と嗜めれば納得のいかない表情で私の顔をじっと見つめた。

「してねェだろ、お前には」

 頬杖をついたまま、そう言った灰音ちゃん。真意がわからなくて曖昧に頷けば、また宮美がにこにこと笑っていた。


 小出宮美。彼女は心優しく女神のような、ヒロイン中のヒロインだ。現実にいれば爆モテ間違いなし。頭も良く、ウザいほどに干渉してくるような空気の読めない系ヒロインとも違って、温かく見守ってくれる気遣い上手な女子力の塊。



 分かってはいたものの、目の前に並んだ綺麗な顔立ちにため息が出る。

「……ねぇ、灰音ちゃん」

「あ?」

「このクラス美女ばっかりだよね。好きになったりしないの?」

 コソッと灰音ちゃんにそう尋ねる。眉を片方だけ上げて、彼は鼻を鳴らした。

「興味ねェ」

「恋愛に興味ないんだ……せっかくの青春なのに」

「……」

 黙り込んだ灰音ちゃんは、私をじっと横目で見て何か言いたげだ。くすくすと笑う宮美が「柳楽くんはもう青春してるもんね?」と可愛らしく首を傾げる。


「え、そうなの?知らなかった!だれ?私灰音ちゃんに近づかない方がいい?」

 そう捲し立てれば、宮美をこれでもかと睨んだ灰音ちゃんが舌打ちをした。

「余計なこと言いやがって。ミクは黙って俺のとこにいろ」

「わかった……」

 呑気な声で返事をすれば、佐奈と宮美が私の両腕に絡みついて「柳楽ばっか独り占めしないでよ」と言う。まさに“両手に花”状態。

「ああ?俺のモンだからいーだろうが」

 それまで大人しく座っていた灰音ちゃんがガタッと音をたてて立ち上がった。

「どうどう」

 佐奈が宥めようとするが、逆効果。口から火でも吹いてる?ってくらいの反応を示す。


 試しに私も「どうどう」と言ってみるとグルグルと犬みたいに喉を鳴らしてとりあえず座り直していた。

「ふわー、すごいね白雪ちゃん。調教師みたい」

「灰音ちゃん、わんちゃんみたいに可愛いよね」

「誰が犬だ!!」

「狂犬であって、“わんちゃん”ではないと思うんよ……」

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