第22話
授業が始まる前にお手洗いに行こうと席を立つ……が、一人ではとてもじゃないけど校内を歩けない。
後ろから灰音ちゃんの制服を掴んで引っ張る。「なんだ?」と振り返った灰音ちゃんについて来て欲しいとお願いすればすぐに了承してくれた。
「来てくれるの?」
てっきり「めんどくせェ」と嫌な顔をされるのではないかと思っていたのに、やっぱり彼は優しい。
「一人でなんか出歩くんじゃねェ」
ゆっくりと立ち上がって「行くぞ」と私に手を差し伸べてくれるから、私は迷わずその手を取って立ち上がった。
「心配しなくても、灰音ちゃんとじゃなきゃどこにも行けないよ。こわいもん」
「胸を張って言うな」
灰音ちゃんの背中を追って扉に向かって歩いていれば、すれ違った人影を避けきれずに肩がぶつかる。
……これはカツアゲされる典型的パターン!?
このクラスにそんなことをする人はいないと分かっているけれど、私は顔を真っ青にする。
「ご、ごめんなさい……!」
慌てて謝ると、顔をあげた私の目に飛び込んで来たのはまだ知り合っていない最後のクラスメイトだった。
彼も整った顔立ちの一人で、人気キャラクターだ。言葉数が少なくクールで冷たい印象を受けるが、優しい一面も見られる。表情があまり豊かではないが、物語終盤に見せた微笑みに打ち抜かれた女子は多かっただろう。私もその一員だ。
千景が正統派の王子様ならば、心李は寡黙な皇太子──といったイメージか。
「……あんた」
「え」
こちらを見つめる真っ黒な瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「……」
「え、え?」
言葉を区切った後、何も言わない心李に戸惑いの声を上げる。
……私の名前、知らないのかな。
「し、白雪未来です……」
「知ってる」
勇気を振り絞って自己紹介をするが、すぐに跳ね除けられた。
見つめ合った瞳が逸らせず、頭の中はパニック状態で涙目になってきた。
「乙黒心李」
「よ、よろしくお願いします……」
震える声で辛うじて挨拶をする。それでも彼はじっと見つめてくるのをやめない。
やはり、ぶつかったことを怒っているのだろうか。
「……しろいな」
「え?はい……」
ポツリと落とされた声は聞き間違いかと思ったが、聞き直す勇気はなくただ頷いておいた。
「ちいさい」
また短い単語だけを呟く。
たしかに私の身長は高くない──といっても158センチという平凡なものだと思うのだが──心李は背が高いため、余計に小さく見えるだろう。
困惑した顔で彼を見上げていれば、心李が少し屈んで私の目線に合わせてくる。私は距離の近くなった顔に恐れ慄いた。
「うまそうだな」
「ひぇ!?」
「食っちまうぞ」
──え、君そんなキャラだったっけ!?
目の前でガァッと口を開けて見せる心李。真顔のままだというのがまた怖い。牙みたいなものも見える……気がする。
「──食わせるかよ!!」
本当に食べられる!!と体を震わせて目をぎゅっと強く瞑れば、灰音ちゃんの腕が横から伸びて私を守ってくれた。
「テメェ、他人に興味ないフリしやがって……!二度とコイツに近づくんじゃねェぞ!!」
「?」
灰音ちゃんもまさか心李がこんな行動に出るとは思わなかったらしく、驚いているようだ。出遅れた、と悔しそうに顔を歪めていた。
心李は不思議そうに首を傾げる。
「……お前のか、柳楽」
「だったらなんか文句あんのか」
彼に牙を剥く灰音ちゃんはご機嫌ななめ。クラスメイトは何故か生温かい目で見ているし、止める気はなさそうだ。
「いや、羨ましいな」
「テメェ……」
一触即発の雰囲気なはずなのに、仲介役の一路でさえクスクスと笑っている。それすらも灰音ちゃんを刺激しているようだ。
私はそっと灰音ちゃんの腕に触れる。
「灰音ちゃん、いこ……」
「……チッ」
納得はいっていなさそうだが、やっと心李から目を離して私の手を掴むとそのまま廊下に引き摺られた。
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