第20話
窓際の一番端である灰音ちゃんの前の席に私は座る。前を見据えると、そこから見えた背中は小さくて可愛らしいもので、思わずトントンと指先で突くとその人は慌ててこちらを振り返った。
「うぇっ!?ぼ、僕に何か……?」
幼さの残る顔立ちに華奢な体。この小動物のような可愛らしい男の子は、主人公を除いて作中一番の伸び代を発揮した人だ。
強い異能を持っているにもかかわらず初期ではあまりに弱々しく頼りなかった彼が、最後には異能を見事に使いこなして戦っていた。それはもう、驚くほど立派な姿で。作品のファンはまるで親のように彼の成長を涙して喜んだものだ。
「白雪未来といいます。よろしくね」
少しだけ身を乗り出して自己紹介をする。顔を真っ赤にした翠はそのクルンと上がった睫毛を微かに震わせた。
「あ、ええっと……僕は
ぎこちなくも微笑んだ彼があまりにも可愛くて胸を撃ち抜かれた気分だ。翠と豹芽には女装イベントを望む。切実に。
「可愛い」
机にガンと額をぶつけてそう溢せば、後ろから黒いオーラを感じた。
「テメェ……」
「ひえっ!!」
私の肩越しに翠を睨む灰音ちゃん。弱々しい翠は失神しそうな勢いで怯えていた。
「ミク、テメェは俺の後ろにしろ!!」
後ろから肩をガッと掴まれて前のめりになっていた身体を戻される。そして何故か席を交代させられた。私は幸運にも窓際一番後ろの最高にいい席を手に入れることになったのだ。
「灰音ちゃんが前にいると安心するねぇ」
ほっこりと顔を緩ませると、彼の背中がピクリと揺れる。
「……勝手に安心すんな」
こちらを振り向かずに言った。後ろから見える耳が赤く染まっているのがなんとも言えない。
「──あら?そっか、今日から一緒に授業を受けるのね」
明らかに私に向けられた声。驚いて「ピャッ」と口から変な音が漏れた。
恐る恐る右を向く。そこにはあまりにも──。
「綺麗……」
憂いを帯びた表情が似合いそうな、切長の目が美麗な人。すらりとした長身。腰まで伸びている髪は綺麗に編まれている。意外としっかりした肩幅に、長い脚が纏うのは制服のスカートではなくズボンだ。
「私は
彼女──ではなく、“彼”はこのクラスの保護者的存在で、頭一つ飛び抜けるほどに大人びた生徒だ。
「わあ……美人さんだ」
私が思わずそう言うと、彼は一瞬ぽかんとした後これまた綺麗に笑った。
「あら、ありがと♡」
中性的な顔だからか、神秘的にすら思えてくる。
「あなたもすっごく可愛い」
名前は?と聞かれて答えれば、突然ガバッと抱き込まれた。
「白雪ちゃんって、なんかこう……すっごい男心を擽られるわね」
はてなマークが頭を飛び交って、放心状態の私。頬擦りをされているが不快感はなかった。
「瑛さんは美人だし、かっこいいです」
彼は決して女性になりたいわけではない。恋愛対象……は不明だが、彼は自分がなりたいように生きると決めた。男性だからとか女性らしいとかは関係なく、ただ自分の好きなものを纏う。その強い信念が魅力的な人だ。
私が力説すると彼は抱きつく腕を緩め、至近距離で目を合わせる。
私より全然大人っぽい……。
「今すぐ……そいつから離れろ……」
今までで一番と言っていいほどの低い声が私たちの間を割いた。瑛の肩を掴んでいる指がミシミシ鳴っているようだ。
「あら柳楽。ヤキモチかしら。本当に可愛いわねえ、この子」
ぺろりと舌を出した妖艶な姿にドキッとする。すると瑛の後ろからひょっこりと佐奈が現れる。
「ずるーい!佐奈もハグしたいのに!」
唇を尖らせる可愛いその子。そしてそのまた後ろから大良が姿を見せる。
「えッ、それなら俺もしたい!」
私が顔を真っ青にして無言で首を横に振ると、彼はガーンとショックを受けていた。
「ボケが!!指一本でも触れてみろ……死ぬと思え」
「なんてシンプルな脅し!!」
苛立った様子の灰音ちゃんが恐い顔で大良を見下ろす。
わいわいと賑わう私の周り。苦手だったはずなのに……今でも決して居心地が良いわけではないが、苦痛ではなかった。
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