第18話

 寮に着いて玄関に入ると、おんぶされている私と難しい顔をする灰音ちゃんに異変を感じたクラスメイトが駆け寄って来る。


「えっ!白雪ちゃん!?どしたの!」

 玄が眉を寄せて私に問うが、答えられる心情ではない。

 プルプルと震える私を見て一路が灰音ちゃんに目を向けた。


「……黒胤くろたねだ。コイツが狙われるかもしれねぇ」

 静かに、低い声でそう言った灰音ちゃんに周りも神妙な顔つきになる。そして彼が「先生呼んでこい」と頼むと真っ先に一路が「わかった!!」と言って飛び出していった。

 他の人に頼んだのは、私が離れたがらないだろうという配慮があってのことだと思う。



 駆け出していった一路が丹羽先生を連れて帰ってきたのは10分ほど経ってからだった。

 うまく説明できそうにない私のために、灰音ちゃんが的確な言葉で先生に経緯を伝える。険しい顔をした灰音ちゃんにつられるように、先生の顔も難しくなっていく。


「……それはマズいことになったな」

 先生がそう零した声に唇を噛み締めた。予想外の展開に驚いたのは何も私だけではないのだ。ここにいる生徒たちや先生の表情がそれを物語っている。

「……泣きそーな顔すんな」

 こちらは見ないが、私の頭をこれでもかと優しく撫でてくれた灰音ちゃん。眉間に寄せた皺を和らげればソファに座る私の目の前に丹羽先生がしゃがみ、下から顔を覗かれた。

「大丈夫か?」

 思わず手を伸ばしてみれば、先生も緩く両手を広げてくれるからその首に腕を回して抱きつく。灰音ちゃんは何も言わなかったが、歯軋りや舌打ちが隣から聞こえてきた。


 髪を撫でながら慰めてくれる先生は他の生徒にもこんなことをしているのだろうか。けしからん。

「お前は俺が守るよ」

「……え、好き。プロポーズですか」

「テメェ!!」

 ガバッと顔を上げた先には先生の優しい瞳があった。でも私の言葉の後すぐに灰音ちゃんに首根っこを掴まれて元の位置に戻されてしまう。

「テメェは俺の隣にいればいーんだよ!!」

 またドSな告白まがいのセリフに黙ってこくりと頷いておいた。



「なあ、先生ェ」

「どうした」

 灰音ちゃんが私の背を摩りながら先生に問う。

「コイツを一人部屋にすんのか」

「部屋の手配はしてあるが?」

 先生は何が言いたい、とばかりに首を傾げた。私もその質問の意図が分からず灰音ちゃんの顔を見上げるが、その表情は真剣だった。

「危ねぇだろ。なんかあったらどーすんだ」

 ざわりとクラスメイトの空気が変わる。驚いているような、言葉にならない声が漏れ出していた。

 それは先生も同じことで、意外そうに目を見開いている。顎に手を当てて考えて小さく唸った。

「……この学校にも寮にも結界はしてある──が、それも完璧とは言えん。確かに一人にしない方がいいとは思うが……」

「──じゃあ俺んとこだ」

「は?」

 先生が全て言い終わらないうちに、灰音ちゃんは勝手に結論を出していた。ぽかんとする私たちを放って、彼はどんどん話を進めた。


「ミク、このまま俺んとこにいろ」

 私を見下ろす瞳が本当に心配してくれている。表情には出さないけれど、私には分かった。

「……いいの?」

「嫌なら他の女子選べよ。先生含めた男ンとこはナシだ」

 頬を優しく彼の手の甲が撫でる。キュンとした。

 大勢に囲まれるのは嫌いで、一人が好きだ。だけど、あんな怖い経験をした後だと確かに一人は心細い。それに灰音ちゃんならそばにいても不愉快にならないのは実証済みだ。むしろ安心して眠れたのだから、私が灰音ちゃんを拒む理由はない。

「……灰音ちゃんがいい」

「ん」

 小さく呟いた私の頭を“いいこいいこ”とでも言うように撫でた。嬉しくなってふふふと笑うと「クソ可愛いな」とデコピンをされる。なんでだ。





「ゲロ甘……」

 玄がおぞましいものでも見たような顔をすれば、美織が口の端を引き攣らせて言う。

「柳楽ってあんな優しい奴なん?」

「白雪さん限定だろ」

 龍一郎が苦笑したところで地獄耳の灰音がギロリと彼らを睨む。彼らの座るソファからは少し離れたところで話していたはずなのだが、その鋭い感覚にクラスメイトはため息を吐いていた。


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