第17話


 辺りに大きな爆発音と何かが勢いよく崩れる音が鳴り響いた。

 ポカンとしたのち慌てて灰音ちゃんに密着しようとするが、周囲がパニックになる方が早かった。


 耳を塞ぎたくなるほどの騒々しさに、我先にと逃げ出す人たちからぶつけられる体。あっという間に灰音ちゃんのそばから離れてしまう。


「どうしよ……!」

 人波にのまれ、私は自分の意思で歩けずにいたのを必死で掻き分ける。そして人混みからやっとの事で抜け出し、出口へと逃げ惑う人から少し離れた隅の方へ身を隠した。



 さっきほどではないものの、小さな爆発音が悲鳴の合間に連続して聞こえて来る。身を縮めながら震えていると、上空で揺らめく人影が現れる。

 それも一人や二人ではない。十人……はいないくらいか。宙に浮かんで佇む男たちは言わずもがな異能力者だろう。


 そのうちの一人が私のいるあたりへと移動してきた。


 そこで私はハッキリとその男の顔をこの目で捉える。黒髪に映えた真っ赤な瞳。口元を隠すガスマスクにはたしかに見覚えがあった。


 こいつらは──。

「“黒胤くろたね”……!」

 異能術師の中でも厄介な存在……私利私欲の為に異能を使って悪事を働く者たちの集まり。所謂、原作の中での“悪役”だ。

「なんで……っ」

 これは原作にはなかった私の知らない状況シーン。頭の中はパニックに陥る。



「──お前は」

 今度は男の血のように赤い瞳が私を捉え、少しだけ目が見開かれた。

 そして私の元へ落ちてきた、小さな声。


「白雪未来……?」


 ゾッと鳥肌が立ち、背筋が凍る。何故、私の名前を知っているんだろう。

 私はこの世界のイレギュラーなものだ。戸籍も何もない、存在すらしていない人間。

 昨日突然現れたはずの私の存在を──何故黒胤のメンバーが知っている?


 目が合ったその瞬間──そいつは目を三日月のように歪め、気味の悪い笑みを浮かべた。口元が見えなくとも、分かるほど。

「こちらへ来てもらおう」

 固まってしまった体は言うことを聞かない。こちらに伸びてくる手が鼻先まで迫って来るのを見て、諦めたようにぎゅっと目を瞑った。



「──ミク!!」

 真っ暗な闇の中で見えた光。私はカッと目を見開いて、声のした方を向くとほとんど無意識に手を伸ばす。そこには灰音ちゃんの手があって、触れた瞬間ぎゅっと握ってくれる。そのまま引き寄せられ温かい腕の中へとダイブした。


 私の後ろでパキパキと氷が形作られ、それは男から私を守るように壁となる。

「大丈夫か!?」

「う、うん……」

 背中に回した手に力をこめてしがみつく。絶対に離さない。離すもんか。


 するとどこからか、「異能術師が助けに来てくれたぞ!最高位の術師だ!」という声が聞こえてくる。

 背後から舌打ちが聞こえ、邪悪な気配が離れていった。

「……お前は必ずボスの前に連れて行く。その先に待つのは服従か死だ。覚悟しておけ」

 最後の捨て台詞に唇が震える。ただの雑魚キャラ相手なら、そう深刻に考えはしなかっただろう。だが──あいつは違う。


 私は知っている。あいつがこの先の物語において大きな存在となることを。

「灰音ちゃん……」

 私を抱きしめたまま、灰音ちゃんはあいつの去っていった上空を険しい顔で見つめていた。

「……俺がぜってェ守る」

 腕にこもった力。その安心感から涙が零れ落ちていく。一度決壊したものはそう簡単に止められなくなってしまった。

「ぴえええん!!」

「おい、ミク!!」

 えぐえぐと小さい子のように泣きじゃくる私を強く強く抱きしめて安心させようとする。ぽんぽんと規則正しいリズムで背中をたたく灰音ちゃんの優しさに甘えて、私が泣き止んだのは寮に着く頃。その間、彼はずっと私を背負ってくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る