夜の空を泳ぐ。
二郎マコト
夜の空を泳ぐ。
夏のある夜。熱帯夜というわけではない、でも少し気温は高めで、粘り気のある暑さを感じる夜。
そんな中俺は、かれこれ布団に入ってから2時間、寝苦しさを感じて眠れていない。目を開けたり閉じたりを繰り返しながら、布団の上で寝返りを打ち続けている。
俺は今年で16歳だ。健康な年頃なのに眠れないなんて、そんな事あるのかって言う人もいると思うけど、実際に眠れてないんだから仕方がない。
夜。夏の夜。このワードを思い浮かべるたびに、思い出す人がいる。
それは、ある女の子。小学生の頃友達だった子だ。学校は違うし、名前も知らなかったけど、たしかに友達と言えただろう。小5くらいの時に、はたと姿を消してしまったけれど。
小さい頃、俺は妄想の世界に入り込む事が多く、そのせいかよく同年代の奴らにバカにされる事が多かった。けど、唯一、そんな中でも俺の妄想話に付き合ってくれた女の子がいた。今、思い出してるのはその女の子だ。
その子はよく家の近くの神社に据え置かれているベンチに座っていた。そこで2人でよく、「こんなことあったらいいよね」って言っていろんな妄想を口に出して楽しんでいた。
その中に、「夏の夜を泳ぐ」っていうのがあった。おそらく「夜の街を飛んでみたい」なんて気持ちがあったんだと思う。それを「泳ぐ」って表現するなんて、突拍子もなくていかにも小学生らしいな、って思うけど。
とにかく、その話が彼女の琴線に触れたのか、話をしてきた中で一番盛り上がった気がする。だから、今に至るまでこのことを覚えているし、眠れない夜が来るたび、定期的に思い出す。
あの子、今どうしてるのかな。なんて考えて一つ寝返りを打つ。すると、どこか身体がふわついたような感じがした。
見ると、若干身体が浮いている。
ふわふわと、まるでプールの中にいるように。
立ち上がって、ぽん、と軽くジャンプしてみると、ふわりと身体が浮いた。コツン、と天井に頭が触れる。
––––––もしかして、空中を泳いでるのか? これ。
直前まで似たようなことを考えていたからか、そんな考えがふと頭に浮かぶ。
ぐいっ、と平泳ぎのモーションで、床に向かって旋回。すーっ、と床ギリギリのところをを滑るように移動する。
間違いない、泳いでる。これ。
窓のところまで移動して、開ける。外を見ると、人の気配はない。
好奇心が溢れ出る。それは、小さい頃の妄想が現実にできるんじゃないか? という妄想。
窓からぽんっ、と飛び出して、進む。
腕で掻くような真似をしなくても、足を時々蹴るだけで体は十分前に進んだ。どこか楽しいような気分に駆られながら、暫く「空中遊泳」を楽しむ。
一通りそれを楽しんで、時間は夜中の2時半頃、だろうか。俺はある場所へと向かった。
それは、家の近くの神社だ。高校に入学して数ヶ月、ここに来る頻度もめっきり少なくなってしまった。けど、小学生の頃の思い出が深く残る、印象的な場所だ。
地面に足をつけて、階段を登る。中腹に差し掛かると、人影が一つ、見えた。
その人影は、女の子だった。短髪で、快活な印象を受ける。どこかの運動部に所属していそうな、そんな印象。
その女の子は、俺を視界に留めると、八重歯を見せて微笑んで、
「こんな時間にどうしたの? 少年」
そう、語りかけてくる。
「そういう貴方こそ、こんなところでどうしたんですか? こんな時間に、女の子1人で」
見知らぬ人に話しかけられたにしては、随分と落ち着いてる––––––、なんて、自分の態度に心の中で突っ込みつつ、目の前の少女に質問し返す。
目の前の少女は、目を細めて、笑いを崩さないまま俺を見つめる。
「まぁ、元々夜は眠れない性分でさ。気晴らしついでに外に出てみたのよ。んで、アンタはさしずめ–––––」
そこまで言うと彼女は少し間を置く。そして、もたれかかっていた木から背中を離して、俺のところまで近づく。
「ここまで『空を泳いで』きたってところかな?」
そして、見透かしたような笑顔でそう言った。
側から見たら突拍子もないことだ。それに、ここで初めて会ったはずの彼女がなぜそれを知ってるんだろう。
なんて、思ったけど、
俺の心は、不思議なくらいに穏やかだった。
「うん、ご明察。不思議なことってあるもんだね。そうだね。泳いできたんだ、ここまで。飛ぶって感じじゃなかったな」
それはきっと、彼女とは初めて会った気がしないからだ。
そう。あの女の子が成長したら、きっとこんな感じに成長してるんだろうな。
そう思えるくらい、彼女とあの子はどこか似ていた。
「そりゃあそうでしょうよ。だって丑三つ時だもの。草木もみーんな眠っちゃう時間だ。不思議な事が起こってもおかしくない」
「そういうものかな? 今じゃ不夜城なんて揶揄されるところもあるけど」
「それは人間の気配が強い場所での話。ここはどっちかといえば、人ならざるものの気配が強い場所だ。そうでしょ?」
「……なんとなく、わかる、気が、するよ。人少ないもんね。この地域」
彼女の話は抽象的で、少しわかりづらいけど、なんとなく理解はできる。
ここは一応「市」という肩書きはあれど、畑や田んぼが多く、神社や寺もそこかしこに点在する。確かに、「不夜城」なんて揶揄される都会よりかは、人の気配はいくばくか少ないな。なんて思える。
「でしょ? そんな場所での丑三つ時ってのは、超常的な気配が強まるもんなのよ。特に–––––––、」
少女は改めて、俺を見つめ直す。その表情はとても穏やかで、どこか見た目よりずっと歳上の人がするような、そんな表情だった。
「私たちのような『神』の気配が、一番強まる時間帯なのよ」
そう言う彼女は、いつの間にか幼い姿に変わっていた。
その、姿は。本当に、
俺が幼い頃一緒に過ごした女の子の姿と、何一つ変わらなかった。
「その、姿。もしかして……」
「お、やっと気づいた? そうだよ龍くん。貴方の記憶の中にある、あの子だよ。私は」
「神様、だったんだね。道理で君と会うと穏やかな気持ちになってたわけだ」
彼女は小さい頃の記憶の姿で、声色で、俺の名前を口にする。どこかすごく、懐かしい気持ちになった。
これには流石に驚いた。けど、心が激しく揺さぶられるような驚きではなくて。
心を優しく突き抜けていくような、穏やかなものだった。
「いやぁ変わらないねぇ、君は。ずっと純粋な心を持ち続けてる。だから今、こうして会えたのかもしれないね」
「かもね。さっきだってちょうど君と話してた頃のこと考えてたから。今でもこんな事、あるんじゃないかなんて本気で妄想してたくらいには……」
「あっっはは!! いいねぇ好きだよそういうの! 久しぶりに会えたんだし話し込みたいところだけど……、そろそろ丑三つ時も終わる頃だ」
いつの間にか成長した姿に戻った彼女は空を見て、そう呟くように言った。
近くに時計はないけれど、空を見ればどのくらいの時間かわかるのだろう。なんとなくそんなことを思わされる。
「送っていくよ。変な奴らに惑わされると困るからね。一緒に泳いで帰ろうか」
「……そうだね。そうさせてもらおうかな」
「じゃあ、決まり。いくよ……、それっ!!」
そう叫ぶと彼女は思い切り地を蹴って、垂直にふわりと空を進む。
俺の手を握って、空を切るスピードで。
「う、ぉおあっ!?」
「あはははっ!! 楽しいでしょ? ほら、泳いでごらん?」
「うん、楽しいよ。すっごく」
久しぶりに、無邪気で爽やかな笑顔が出せた気がする。
そんなことを考えてしまうくらいに、俺の心は夜空に浮かぶ月のように、澄み渡る海のように、晴れ渡っていた。
あれから家へと戻って、朝を迎えた。
去り際に彼女は、「また会えるといいね」と言ってくれたけど––––––、
きっとあの頃の気持ちを忘れなければ、また会える。
そんな確信が、胸の中にあった。
夜の空を泳ぐ。 二郎マコト @ziromakoto
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