Ep.23 強剛の加護
……ォオオ――――――!!……
獣の咆哮が、森に響く。
状況はほぼ壊滅状態だった。精錬された教団兵でも太刀打ちできず、ユーリスも間合いに入れず攻撃を避けるのが精一杯。イグルも、少女とフェイルも完全に足が固まり、身を寄せてただ現状を呆然と見ていることしかできなかった。
「……んだよ、どうして、こんな……」
フェイルが漏れた嘆きの言葉を、噛み潰そうとするようにギリと歯を鳴らした。
戦闘の音が響く中、近くの茂みが動く音がしてフェイルたちは思わずそちらを見やる。そこには先程自分たちで遊び倒した、数匹の小型の猿の魔物がいた。
その中に、フェイルが投げた剣で傷を追った個体もいる。三人と魔物の目線がぶつかる。フェイルは慌てて剣の柄を握るが、魔物たちは「キキッ」と笑うように鳴くと、木を伝い歩き去っていってしまった。
その姿はまるで、自分を傷つけたことで怒りを買った主人の手で蹂躙されている人間たちの姿を、嘲笑うかのように見えた。
(――おれのせい)
フェイルの脳裏に、そんな言葉が過ぎる。
もしあのとき、自分の投げた剣があの猿を殺していたら、あるいは、傷1つつけずに石版を回収できていたら。
一度めぐった思考はぐるぐると渦巻き、焦燥感を煽る。
(そうだ、そうだよ、俺があの時、もっと別の方法でやれてれば、こんなことには)
心臓の音が早くなるのを感じる。冷や汗が伝い、呼吸が早くなる。
「……兄、さん……?」
イグルの声にフェイルはハッと振り向く。そこでは不安そうな少女と弟が、守りたかった、守りたいと思っていた2人が身を寄せ合っていた。
フェイルはヒュ、と息を呑む
────
その事実を錯覚した時には、フェイルの体は戦場の方へと向き、剣を抜いていた。
「に、兄さん、何するの!?」
「……俺が、俺が守るって、俺がお前らを守るって、決めたんだ……!!」
剣が揺れる。震えが止まらない。瞳孔を見開き敵を睨みつけるフェイルの中には「俺がなんとかしなきゃ」という自責だけが渦巻いていた。
様子がおかしい兄を、イグルと少女も止めようとするが、その言葉も彼の耳に届いてなどいない。
「うわぁあああ――――ッ!!!!」
フェイルは剣を構えて雄叫びを上げながら魔物に突っ込んでいってしまった。
「待って兄さん!行っちゃだめだ!!」
「フェイル!!」
少年少女の悲鳴とフェイルの叫び声をきいて、応戦していたユーリスが反射的に振り向く。明らかに冷静ではない、無鉄砲な特攻に気づいたときにはすでに魔物はフェイルを目で捉えていた。
「っばかやろう死ぬぞ!!止まれフェイル!!」
――そう、彼は自らを薙ぎ払おうとする大きな手に気づきすらしてないのだ。
ユーリスは舌打ちをすると、それを阻止しようとするように振られた大腕とフェイルの間に立ちふさがる。
間一髪、交差させた短剣と腕力で受け止めた。が、地面を踏みしめる足がズ、と地面をえぐる。
「……っぐ、この、やろ……!!」
(馬鹿力すぎんだろこのクソ大猿、止めきれねぇ……!!)
硬い皮膚に覆われて刃をびくともしない魔物が、ぎりぎり耐えるユーリスをみてニヤリと嗤う。その瞬間、腕でユーリスの体を吹き飛ばした。
「ぐぁ……っ!?」
勢い良く横に吹き飛ばされたユーリス。そして、間に入ったユーリスが吹き飛ばされるその先には当然――
「……っ!?」
――フェイルがいた。突然のことに避けられないフェイルにユーリスがぶつかり、勢いそのまま吹き飛び、木に叩きつけられ、大きな音が響いた。
「兄さん!!ユーリス!!」
イグルは悲鳴を上げる。砂埃が落ち着くと、木の幹に背中を強打して噎せ項垂れるフェイルとユーリスの姿があった。動けなくなった二人をニタニタと笑う魔物がゆっくりとそちらに近づいていく。
(どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!?このままじゃユーリスも兄さんも……!!)
助けなければ死んでしまう、頭ではそれがわかっているのに、イグルの足は恐怖に竦み、膝が笑ってまともに立つことすらままならない。
――何が天司だ、何が選ばれた者だ!世界を救う前に仲間すら、家族すら救う力もないじゃないか!!
先日の船の上といい、今回といい、自分はやはり何も出来ないのか!イグルは己の無力さを呪った。
呪うことしか、できなかった。
魔物がこれで終わりだと言わんばかりに両手を高く組み、上から振り下ろす。避けられなければ潰されて死んでしまうわかりきった攻撃でも、フェイルもユーリスも、もはや避ける力は残っていなかった。
ユーリスは悪あがきに、衝撃を耐えようと咄嗟に剣を構えるが、それが無力に終わる事は、誰から見ても明らかだった。
(……なんだよ、かっこわりぃ。ユーリスまで巻き込んで……このざまかよ……!!)
フェイルはグラグラ揺れる意識の中、振り下ろされる拳を前に、悔しさに唇を噛む。口の中に広がる血の味を感じながら、呆気ない、情けない最期だったと、目をぎゅっと瞑った。
大きく空を切り、拳が振り下ろされる──
「……っく、ぅ……!!」
――ドォン、という鈍い音と共に、高い唸り声が聞こえた。
いつまでも自分を襲わない衝撃に、フェイルは薄すら目を開ける。
目の前でボロボロの白いワンピースと、春色の髪がふわりと揺れた。上からの重圧に耐える足元は、魔物の拳を受け止めた衝撃で地面を大きく抉った。
「なっ……お前……!!」
少女だ。少女がそのか細い両腕で振り下ろされた魔物の拳を押さえたのだ。
動けなかったイグルも、守られたフェイルとユーリスも、今しがた勝ちを確信していた魔物も驚いて目を見開く。
「……っ、わたし、だって……」
少女は拳を押し返すようにぐぐ、と腕を伸ばす。誰も耐えることができなかった魔物の拳をゆっくり、ゆっくりと押し上げていく。
「私だって、みんなのこと、助けるん、だからぁーー!!」
少女がそう叫ぶと、魔物の拳を大きく押し上げた。魔物は突如加えられた大きな力に驚きの声を上げながら後によろめく。
「す、げぇ……」
「っはは、こいつは一本食わされたぜ」
呆気にとられたフェイルは呟き、あの魔物の力を直に受け止めたユーリスも、あまりの力に驚きから乾いた笑いが漏れる。
フー、と少女が息をつくと、大きな瞳で魔物を睨みつけ、両手を前に構える
「私の力はきっと、物を壊すためじゃなくて、皆を守るために神様がくれた力なの!だから私も、みんなを守る為に、戦うんだから!!」
戦う姿勢を示した少女をみて、魔物が忌々しげに歯ぎしりをすると、再び大きな咆哮を上げた。
少女を吹き飛ばそうと殴りかかる。
「やぁ――――っ!!」
少女もそれを跳ね返そうと大きく足を蹴り上げた。すると少女に向かって飛んできていた拳がパァン!と大きな衝撃音とともに上方向へと跳ね上がった。「グォ……!?」と驚きの声を上げて、魔物は大きくバランスを崩す。
少女はその隙を見逃さなかった、力強く地面を蹴って、魔物との間合いを詰める。そして
「たぁ――――――――っ!!」
魔物の腹の中心めがけて、拳を突き付けた。バチン、と何かが弾け飛ぶ音と同時に大きな躯体は後方へと吹き飛ぶ。ズザザザ、と木をなぎ倒しながら地面に跡をつくり、2、3メートル吹き飛んで止まった。
吹き飛ばされた魔物は、弄んでいた
少女が発揮した力強い攻撃に、周りも、イグルも驚きの表情のまま目を離せずにいた。戦意を喪失していた兵たちも、天司が戦う姿にゆっくりと立ち上がり始める。
闘志が戻り始めた人間たちを見て、魔物もまたゆっくりと起き上がり、今までの中で一番大きな雄叫びをあげる。
空気をビリビリと震わせ、再び戦いの火蓋を落とされた。
イグルはその光景を、ただ安全なところから見ていた。
否、見ていることしか、できなかった。
同じ、天司のはずなのに。
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