Ep.21 奪還作戦、遺跡の奥へ

 持ち場に待機を始めて、数十分が経過した、気がする。

 緊張して待つ、というのは時間の経過が遅く感じるものだ。実際のところまだ数分しか待っていないのだが、イグルはそれ以上に待ってるような感覚に陥っており、そわそわしながら時を過ごしていた。


「うまくやれるかな……」

「そんな弱気じゃ、できるもんもできねぇぞ?もっと胸張って待てって」


 教団兵達みたいによ、とユーリスは同じく待機する教団の兵達を親指で指しながら笑いかけてきた。

 彼らは盾を構え、背筋をピンと伸ばし整列して時を待っている。誰一人として崩れることのない精錬された身のこなしだ。ここまでやれるようになるにはどれくらいかかるのだろうか……、少なくともインドアな今の自分は、ものの数秒で音を上げるし、次の日はまともに動けすらしないだろう。

 おそらくユーリスは緊張を解させる目的で彼らを例に上げたのだが、生真面目なイグルはせめて見せかけだけでも真似しようとぴしっと胸を張って立ってみていた。言った本人は、思わず苦笑いを浮かべていた。

 それから少しして、コンコン、と石を鋭いもので叩く音が遺跡の中で木霊する。

 ――合図だ。ここからが正念場だ。

 その場の空気がぴりっと張り詰めた気がした。きたる魔物を止めるために、身構える。

 しばらくすれば、大人数の足音と共に小型の影が走ってくるのが見えてくる。


「来たな。さて、いたずら小僧にちょっと灸を据えてやりますか」


 ユーリスが短剣を構える。イグルも何ができるわけでもないが、身構えた。

 ――魔物が影から完全に姿を表す。

 後ろを向いて追いかけてくる人間を嗤いながら尻尾で挑発をして走ってくる魔物は、目の前で待ち構えている人間たちの存在に気づいていない。

 ならば好都合だ、というように、ユーリスが短剣を素早く魔物の進路めがけて投げた。

 ――カンッ

 子気味のいい音が響き、石の床の溝に刺さる。その音に勘付いて前を向いた魔物が「キュッ!?」と悲鳴を上げながらブレーキをかけた。


「お遊びはここまでだぜ、さっさと返しな」


 目の前に突然現れた人間たちの威圧に、目をまん丸くした魔物はUターンしようと後ろを振り返る。しかしそこには先程まで揶揄い倒していたフェイルたちの姿がすでにあった。

 ――挟み撃ちにされた。

 魔物がそれに気づいたときには、もう負けが確定していた。


「やった、止まった!」


 イグルが歓喜の声を上げる。ユーリスが石版の欠片を取り返そうと手を伸ばすと


「キーーーーッッッ!!」


 魔物は逆上したように声を上げ、ユーリスを引っ掻くように手を振る。それを避けるように身を引いた隙を見逃さず、魔物は器用に壁を登った。上からなら誰も自分を止めるものはいない、そう思ったのだろう。


「あぶなっ、往生際悪すぎんだろ……!」

「逃げられちゃう!待って……!!」


 舌打ちをするユーリスと、慌てて再び追いかける少女。イグルも魔物を追おうと身を翻すが、小柄のスピードに敵うわけがなく、あっという間に壁の隅に着いてしまっていた。

 勝ち誇った顔で目を邪悪に細めて見下し、嗤う魔物。

 ――逃げられる、ここにいる全員がそう思っただろう。


「逃がすかぁ――――!!」


 叫び声と同時に、長剣が空を舞った。

 フェイルだ。投槍のごとく一直線に飛んだ長剣。余裕ぶっていた魔物は当然、その急な攻撃に対応できなかった。致命傷は免れたが、勢いのついた刃は、その腕を掠めた。

 

「ギッ……」

 

 痛みから小さく悲鳴をあげ、手に持っていた石版の欠片を滑らせる。


「あっ……!!」


 床に落ちたら欠けてしまったらまずい、大事なパーツだ。イグルは思わず飛び出して手を伸ばした。


(お願い、間に合え……っ!)

 

 懸命に伸ばした手は欠片を掴み、そのまま床へとスライディングした。傍らにガランガランと投げられた長剣が音を立てて落ちる。

 魔物はというと、攻撃にパニックになったのか甲高い悲鳴を上げて、イグルを心配して隊列が崩れた兵の隙間をくぐり外へと一直線に走っていってしまった。


「イグル!大丈夫……!?」


 勢い良く滑っていったイグルに、少女が心配そうに駆け寄る。イグルもゆっくりと顔を上げ、手に握った石版を見てホッと息をついた。


「なんとか、大丈夫」


 こっちも無事だよ、と身を起こしながらと握った石版の欠片を見せると「よかった……」と少女もホッと胸を撫で下ろした。


「ナイス判断!!さすが俺の弟!」


 汗だくになったフェイルがイグルの横にしゃがみ、肩を組んで笑いながら頭をワシャワシャと撫でた。イグルも「わ、わ……」と慌てながらも少し照れたように微笑んだ。


「お前の判断も悪くなかったぜフェイル。よく当てたもんだ」

「二人ともすっごくかっこよかった!」


 ユーリスと少女も称えるように声をかけると、周りの教団兵たちも賛同するようにぱちぱちと手を叩いて作戦の成功を祝福した。


「さ、戻ってパズルを完成させましょう」

「そっすね、行くぞイグル!」


 急げ急げ!とフェイルが立ち上がり一目散に駆け出した。少女も「行こ!」とイグルの手を取り走り出す。


「あ、う、うん!」


 イグルも慌てて立ち上がり手を引かれるまま奥へと進んでいった。


「おいおい、イグルはともかく、あいつらまだ走れるのかよ……、若いねぇ」


 三人の様子を見ながらやれやれといった様子で笑い、ユーリスもまた教団兵たちとともに再び奥を目指した。



 行き止まりの空間へ戻り、それぞれが完成間近で置かれた円柱型のパズル台を囲む。


「そんじゃ、入れるぞ」


 イグルから手袋をした手でかけらを受け取り、完成を見守る全員に声をかけた。イグルもユーリスも、少女もそれに頷いてパズルをじっと見つめる。

 フェイルが最後の欠片を嵌め込むと、中心からパズルの溝をなぞるように淡く光り始める。その光が円柱の外に漏れ、また溝を伝うように走ると、床を通り、行き止まりになっていた大きな壁を登り始めた。

 壁をなぞるように光は走り続ける。やがて、壁の端まで光が走り切ると、ゴゴゴゴと大きな音を立てて壁が移動を始めた。土埃が落ち、今にも遺跡が崩れてしまうのではないかというほど大きな地鳴りがイグルたちを襲う。

 地鳴りが収まった頃には、奥に続く道が現れていた。


「道だ、これで進めるな!」

「……あれ、もしかして」


 既視感を感じてイグルが現れた道の奥をじっと見つめる。固く閉ざされた扉には、伝承の紋章が記されている。


「……あそこ、救済の間?」


 間違いない、イグルはあの扉を見たことがある。自分が故郷の遺跡で天司として神と話した時に開いた扉。それとうり二つだった。

 

「まじか、隠されてたのか……!!」

「随分手の込んだことするなぁ、昔の文明人ってのは」


 片やフェイルは興奮気味に、片やユーリスは感心した様子でからくりを見ていた。イグルは少女にこの先が目的地だと伝えようと様子をみたら、少女もまた不思議そうに奥の扉を凝視していた。


「どうしたの?」

「……だれか、呼んでる……?」


 少女もそうつぶやくと、フラフラとした足取りで、何かに導かれるように救済の間への道を進んでいった。

 

「あっ、待って……!」


 少女にイグルの声は届いていないようだ。どんどん先へ進んでしまう。危なっかしい足取りと、心ここにあらずにな様子が心配でイグルも慌ててそれについていった。


「お前は行かなくていいのか?フェイル」

「救済の間はどっちにしろ天司にしか入れないからな。その分、俺よりイグルのほうが勝手がわかってる」


 多分な、と付け加えながらフェイルは奥に進む二人を見送った。

 

「へぇ。いつもなら『大発見だー!』とか言って話も聞かずにすっ飛んでくのに。珍しいもんだ」

「そんな非常識に見えるかよ……」

「非常識なんてそんな。好きなものに真っ直ぐなのはいい事だと思うぜ、俺は」


 弟を見送る兄の傍らでユーリスも二人を見守るように奥に目を向ける。むぅ、と少し口を尖らせたフェイルは、遺跡の隙間から差す日の色を見ながら呟いた。


「……このまま何事もなく終わればいいけどな」


 奥の扉から、先ほどと比べ物にならないほどの強い光を発しながら、開かれる。

 目を開けていたら目が焼けてしまいそうだ。強い光に、全員が目を閉じた――……。

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