Ep.20 紐解かれた石碑

「何か知ってるの?」


 イグルとフェイルが刻まれた古代文字の意味を考えて唸っていると、少女が思い当たる節があるようで、「えっと、違ったらごめんね」と言って憶測を語り始めた。

 

「多分なんだけど……、イフリールにおっきな木、あるでしょ?」

「あの坂のてっぺんにある馬鹿でかい木だろ?あれがどうしたんだ?」

「おじいさんから昔聞いたんだけど、あの木は昔、妖精の木って言われてたんだって。昔この街に来た詩を詠む人が、あの木の花びらがひらひら降りてくるのを、妖精が踊ってるようだって言ったんだって。だから、「あの木は妖精が運んだ種からできてるから、妖精が集まる木なんだ。だからこの街は美しい花であふれてるんだね」って詩をつくったんだって」


 記憶に確信がないのか思い出しながら少女が語ると、ふむ、と頷いたのは教団兵の長だ。

 

「妖精の木……、たしかに、イフリールの大樹には石碑が置かれていますし、子供の頃そんな言い伝えがあると母から聞いた覚えもあります。妖精はミロンシファル様の遣いなのでは、とも言われていますし、その詩を作ったという吟遊詩人は伝承を信じて語り継ぐために旅をしていた、と言う話も残っている」

「ってことは、"妖精踊る地"ってのはイフリールの大樹で、そこにある石碑が答え……ってことか」


 ――"妖精踊る地、いしぶみが天司天佑てんゆうの調べ"。

 古代文字が綴った文章を改めて見るイグルたち。あとはその石碑に書かれているものを再現するだけなのだが、イグルもフェイルもその石碑を知らない。

 ……どちらにせよ引き返す他ないのか、少し苦い顔をした。


「このパズルを完成させる事は……今はできねぇか、やっぱり」

「そうだね、その石碑を見てないから、どちらにせよ答えが……」 

「わかるよ」


 唸るイグル達に、少女が口を開く。自信があるのか、発せられた言葉は随分と力強かった。


「ほ、ほんと!?」

「うん!私、覚えてる。石碑の絵。……役に立てる、かな?」


 少女は恐る恐るイグルの顔を見る。イグルはどうだろうか、という様子でフェイルの顔を見る。フェイルは頷くき少女に近くに来るように手招きをした。


「俺が動かすから、どのパーツがどこに来るか教えてくれ」


 フェイルがパズルを指差し、「頼むぜ」と信頼の眼差しを向け笑うと、少女も自分が役に立てるということに顔を明るくさせ、「うん!」と強く頷いた。

 これはここ、これはこっち……、そうしてしばらくパズルを動かしていれば


「できた!」


 喜びの声が上がる。その声を聞いたイグルたちもわぁ、と歓声を上げた。スライド式のため、残り1つのピースがかけているが、そこには確かにイフリールの大樹に妖精が舞う絵画が描かれていた。


「すごい……!!」

「こいつの記憶力のおかげだな、サンキュ、助かった!」


 フェイルが少女の頭をわしわしとなでると、少女は少し驚いた表情をしながらも、褒められ手助けができた実感が湧いたのか、花が咲いたように笑った。

 喜びを分かち合っている空間に、カランと、どこからか石が落ちたような音が響く。音の方に目をやれば、どうやらパズル台の側面が開き、模様が描かれた正方形の石板が落ちてきたようだった。


「なんだこれ」


 フェイルがその石版を拾い上げる。覗き込むようにイグルと少女もその石版を観察した。

 

「もしかして、最後のピース?」

「あー、ぽい。こいつをはめてパズルは完成か――」


 フェイルが最後の1ピースをはめようとしたときだった。鋭い風が吹いたような、ヒュンという音が響く。それと同時に「しまった」というユーリスの焦る声も聞こえた。

 イグルたちがそれに反応したときには、もう事は進んでいた。手元にあったはずの石版が忽然と消えている。そして、壁には、先程までこちらをただ見ていた魔物が、その石版を掲げからかうようにキキッと笑っていたのだ。


「せ、石版が……!!」

「あの野郎、あれが狙いだったか!!」

「返せよ!!」


 フェイルは指をさして叫ぶ。ユーリスがイグルや少女を庇うように立ち、短剣を構え直した。

 魔物はこちらの様子を見て楽しむかのように足を叩いて踊り、小さな尻を向けて、「捕まえてみろ」と言わんばかりに尻尾を振った。


「あいつ、おちょくりやがって……!!」

「逃がすな!!石版を取り返せ!!」


 教団兵の長が指示を出すと、兵たちが一斉に声を上げ魔物を捕まえようと動いた。小さい駆体はその隙間をすり抜けて逃げ、こちらを嘲るようにキキキと笑い続ける。


「は、速い……!」

「随分ないたずら小僧だなぁおい……、このまま闇雲に追いかけてもこっちが嫌に疲れさせられるだけだぜ」


 フェイルも教団兵と共に「待てぇ!!」と叫びながら魔物を追いかけ回しているが、それも無駄なあがきに終わりそうだ。どうしたもんか、と状況を見ながらユーリスは小さく舌打ちをする。


「仲良くなれたら返してもらえないかなぁ……?」

「嬢さんが博愛主義なのはいいことだが、そいつは流石に無理だろうな。恐怖心から逃げ惑っているとか、そういう類じゃねぇ。あっちは俺達があれがないと困るのをやってる」


 ユーリスが魔物をキッとにらむと、それに臆するどころか挑発するように足を止めてキキ、と笑う。それを好機と飛びついたフェイルだが、それも難なくすり抜けた。石に頭をぶつける鈍い音と共に「いでっ!?」と言う悲鳴が上がる。


「兄さんいますごい音したよ!?」

「こ、こんくらいどってことねぇ……!待てぇコノヤローー!!」


 完全にヤケになっている。大声でぎゃいのぎゃいのと叫びながらフェイルは走り続けた。

 ……流石に、無謀だ。ユーリスとイグルは顔を見合わせた。

  

「どこか狭いところに追い詰められたら……、……そういえばここまで、一本道だった……」

「あぁ。身のこなしも早いからただ追いかけ回すだけじゃあ、どうにもならねぇ」


 うーん、と二人唸る。万事休す、とはこのことか……なんて考えてながら、追いかけ回すフェイルと教団兵を見て、「……あ」とイグルが零す。


「なんか思いついたか?」

「……あの一本道で挟み撃ちにしたら、どうにかならない、かな」


 もちろん、突破されたら最後、遺跡の外に出られてしまう可能性はある。そうなると真の意味で詰みだ。だだ広い森の中、小さな個体を探すのはかなり、いやだいぶ骨が折れる。

 それでもこの広い広場みたいな空間でがむしゃらに追いかけ回すよりかは、まだ勝機がある……気がする、とイグルは踏んだのだ。

 少女は「それなら捕まえられるかも!」と賛成の意を示したが、ユーリスはイグルの考えるリスクまで思考したのか、少しの沈黙の末に渋い顔をした。が、


「このまま無闇やたら追いかけてりゃ解決するのかと言われたらノーだしな……、やらない後悔よりやる後悔、か」


 と1人ごちた後、「やるかだけやってみよう」と頷いたのだった。


 一度追いかけているフェイルや教団兵を集め、策を練る。概要としてはこうだ。

 半分に別れ、片方はひとまずやつを追い続ける。その間残りの半分は通路を一度逆走し、待機。合図と共に外へと誘導しながら追いかけ続け、反対側の隊と合流し、挟み撃ちにして捕まえる。至ってシンプルな作戦だ。


「ひとまずピースの回収が最優先、魔物の命は二の次だ。二兎追って全部落としたら元も子もねぇからな」

「……そうだな」


 よし、と頷けば「絶対成功させるぞ!」とフェイルが音頭を取る。教団兵たちも「おぉーー!!」と拳を上げた。

 体力があるフェイルと少女が追いかける組に加わり、先回りする方にイグルとユーリスが加わり、作戦が始まった。


「兄さんたち、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。あいつも嬢さんもスタミナはかなりあるみたいだし」


 小走りで移動しながら置いてきた兄たちの身を案ずるイグル。それに追従しながらユーリスが背後を確認しながら走る。あちらでは「待てこらー!!」と相変わらず怒号が響いていた。


「……うん。なんか、大丈夫な気がしてきた……」

「……だろ?」


 あれだけ走っていたのに、まだ叫ぶ余裕すらあるのか……。などと思いつつも、自分も自分の役割を果たさなくては、と頭を振って気合を入れたのだった。

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