Ep.19 イフリールの遺跡

 あれから日が昇り、数日。

 イグルたちはイフリールの外れにある遺跡へと足を運んでいた。

 森の中に鎮座する石造りの大きな建造物。長いこと人の手が加えられていなかったそれは、蔦植物や苔に囲まれもはや森の一部となっていた。こうなってしまっては魔物の住処になってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 天司の存在が判明して、イグルたちが教会に話をつけてからは、ヘヴァイスジュエルに傷はないかとか、魔力測定がどうとか、それはもうてんてこ舞いの大騒ぎだった。村八分にされている怪力少女の存在は認知していたのか「数々のご無礼をお許しください」と数多の神父シスターが頭を下げる始末。後日宿屋の女将たちは子供の虐待の容疑云々にかけられるそうだ。

 少女も、突然変わった周りの眼差しに酷く動揺して、しばらく居辛そうにしていたが、シスターの懸命な天司伝承の解説や、周りが緊張をほぐそうと配慮してくれたこともあり少しずつ気が楽になったようで、時折笑顔を見せていた。当然一人で行かせるのは不安がったイグルが付き添ったかいあって、もあるだろうが。


「世界を救うお役目を貰えたら、優しくなった世界のために頑張らなきゃね」


 と張り切る様子すらみせていた。健気だな、と同じ立場にありながらもイグルは思っていた。

 そして、まだ天司が神の元に足を運べていないとなれば、我々も二の足踏んでいる暇もない、と教会も遺跡の探査作戦本部も本格的に始動することになる。丁度よく腕の立つ傭兵――ユーリスがいたこともあり、準備は着々と進んでいった。


「あくまで今回の目的は、嬢さんを救済の間とやらまで送ることだ。デケェやつが居たらなるたけ逃げる方向で考えたほうがいいだろうな」


 守りながら戦う、というのは口では簡単に言っても、実際は難しいもんだ。戦闘に慣れた男はそう言っていた。

 そうした準備を整え、現在に至る。


「遺跡ってか、ほぼ廃墟じゃねぇか」

「元々遺跡自体が歴史ある建物だからな。さーて、新しい遺跡は久々だから腕が鳴るぞぉ……!」

「に、兄さん、今日は調査に来てるわけじゃないんだからね……!?」


 目を爛々と輝かせ腕を回すフェイル。そう、あくまで天司一行……主にイグルがついていく理由は少女の案内と天啓の儀式のためだ。少なくとも天司である二人は遺跡の奥にある救済の間に用があるため、行かざるを得ない。

 そしてイグルが行くならフェイルも当然ついていくし、雇い主と護衛対象が行くのであればユーリスもついてくる。教団兵も合わせると、知らぬ間に大所帯となっていた。


「天司様をお護りするのだ!」


 指揮官が声を上げると、兵達もおー!!と力強い声を上げる。気合十分、士気も上場。それに頷くと、「参りましょう、天司様とそのお付の方々」と四人に促す。


「なんだか遠足みたいでワクワクするね……!」

「えぇと、そ、そう……だね……?」

「遠足気分でフラフラして逸れるんじゃねぇぞー嬢ちゃん、フェイル。イグルもなー」

「に、兄さんはともかく、僕そんなに迷子になるように見えるの?ユーリス……」


 心外だ……と言うように肩を落とすイグルをみて「じょーだんだよ」とケラケラ笑いながら、ユーリスは偵察隊と共に一足先に中に入っていった。


「俺だって迷子にはならないっつの」

「え?でも兄さん昔遺跡から出られなくなって……」

「いつの話してんだよそれ!?」


 当然、子供の頃の話だ、今でも覚えている。意気揚々と行って帰ってこれなくなった兄の、あのべしょべしょに泣いて、父母に怒られてしょぼくれた顔を。それなのにまだ懲りずに探検をするものだから、本当に大したものだと思う。

 絶対ユーリスには言うなよ!とフェイルが顔を赤らめながら、ズカズカと中に入っていった。


「二人は仲良しなんだね!」


 少女が微笑ましげに二人を見て言う。「そうかな……」とイグルが照れたように頬を掻いていると、小さく頷いた。


「そうだよ。いいなー、私も兄弟ほしかったな……」


 少女はぼやくように独りごち、しかし何事もなかったかのようにニコッと微笑むと「早く行こ!みんなにおいて行かれちゃう!」と足取り軽く中へと入っていった。

 彼女も物怖じというものがないのだろうか……。そう思いながらも、イグルも慌てて追従した。


 遺跡の中を進んでいく。ところどころ崩れて瓦礫となっている壁は絵になっているようだ。所々には壁画の補足だろうか古代文字が綴られているようで、伝承の一幕が描かれているのだろうと推測された。


「流石に古代文字はすぐ解読はできないからなぁ、写真機持ってきときゃよかったぜ……」


 くぅ、と悔しそうにフェイルは唸る。いつもならこの壁画にすら2時間3時間と平気でへばりつき、壁画の解読を行うのだろうが、流石に今回は諦めがついているようで、イグルもほっと胸を撫で下ろした。


「こだいもじ、って難しいの?」


 少女が好奇心からフェイルに訊ねると、

 

「いんや、こいつらは今の言語の昔の形ってだけだから、成り立ちさえ分かればある程度はすぐ翻訳できる」

「できるんですが、劣化や破損などの要因が重なって解読に時間がかかる場合もあるのです。それに、細かいですしね。壁画の文字は……」


 と、近くの兵も頷きながら答えた。細かいという言葉にうんうん、とフェイルも深く頷く。

 壁画を見上げてみると、たしかに背の高く大きい壁の大きさの割には文字が小さく見える。例えるならば、巨大な紙の上に落ちた米粒の半欠片だ。それを熱心に解読して、研究を重ねている研究者というのもなかなか根気がないとできない職なんだな、などとぼーっと考えながら、歩みを進めていた。

 すると前方から走ってくる教団兵の姿がある。


「報告します!この先行き止まりです……!」


 慌てた様子の報告を受ければ、イグルたちも、その周りの兵たちも動揺の色を浮かべざわつく。


「え、だってここまで一本道だったよね……?」

「あぁ……。分かれ道らしい分かれ道もなかったし……、あの外観からして、これで終わりなわけがない、よな」


 フェイルの分析に、イグルと少女も頷く。護衛の指揮をしていた教団兵の長が悔しそうに顔を歪ませる。

 

「日が暮れるまでには帰還しないと大型魔物との遭遇リスクがどんどん上がるというのに………!壁の隅まで調べ直せ!!きっと道があるはずだ!!」


 その掛け声と同時に兵はバラバラに散り、捜索を始めた。


「天司様たちはひとまず行き止まりの場所まで行って傭兵の方と合流しましょう。腕の立つ方のお側へ」

「わ、わかりました」


 促されるまま、フェイルとイグル、少女と数名の兵で奥へと足を運んだ。

 置くまで進めば、開けた空間に出る。天井には光を通す大きな穴があり、そこから太陽の光が強く入っている。教団兵が念入りに壁や周りを調査する中、イグルたちの到着に気がつくと、ユーリスが「よっ」と手を上げて困った顔で息をつく。


「ご覧の通り、だだっ広い空間だけだ。こりゃ今日はもう無理だろうな」

「そ、そんなぁ……」

 

 降参だ、という様子で首を横に振るユーリスの報告に、イグルはがっくりと肩を落とした。せっかくここまで来たというのに、何も収穫できず帰還なんて、自分たちは、ここまでただ歩いただけということになってしまう。それはなんだか、悲しい。


「遺跡って不思議なものがいっぱいあるんだね〜」

「そりゃ遺跡だからな……って、何見てんだ?」

「これ、なんだか模様がチグハグだなーって!」


 なんだろうね!と笑う少女が指差す先にあったのは、腰くらいまでの小さな円柱。兄弟とユーリスもそれをのぞき込んだ。

 平面部には大きな枠が取られていて、5枚の石版がはめられていた。枠の中は1枚余分に空いているため、本来は6枚なのだろうと推測できる。石版をよく見れば、細く模様が彫られていて、それがランダムにはめられているようだった。


「暗号か何かか……?」

「パズル、なのかな。スライドさせるやつ……」

「こいつは遺跡マニアの出番だな」

「誰がマニアだ、研究者って言えよ」


 フェイルが悪態をつきつつ、石版をよく観察しながら、ウエストポーチから手袋を出す。それをつけてから動くか確認するように触れると、ザリザリと石と石が擦れる音と共に石版は空いているマスへと移動した。


「……ビンゴ。並べ替えて正しい形にしろってやつだな」

「わ、動いた!すごーい!!なんの絵?模様?になるのかなぁ」


 ワクワクするね!と少女がパズルの完成を眺めている。フェイルも模様を観察しながらパズルを解き勧めて行った。


「この線とこの線が……、でもこうするとこのパーツが破綻して……、じゃあこっちか……?」

「……難航してんなぁ」

「まぁ何ができるかわからないパズルだからね……、何か見本っていうか、完成形があるのかな」


 ウンウン唸るフェイルの横で、イグルは何かヒントはないか、とあたりを見回す。その時、イグルは何かと目があった。

 大きな瞳と耳をもつ二頭身ほどの猿のような魔物だ。壁の溝に器用に手をかけてぶら下がり、こちらをジッと見ていた。

 イグルはと目があってもなお、その魔物は目を逸らさない。……穴が開くほど見られている。イグルは思わず「ひぇ……」と声を上げた。


「どうした?」

「ゆ、ユーリス、あれ……」


 イグルは魔物を指差すと、ユーリスと少女もそちらを見る。魔物の存在を認識したユーリスが警戒した様子で短剣を構える。しかし、魔物はそれでもなお、一歩も動かずこちらを見つめ続けていた。


「……う、動かないね」

「……あぁ。あんくらいの小物なら、もう襲ってきたりするもんだけどな。威嚇すらしてこねぇ……。敵意がねぇのか……?」

「目がくりくりで可愛い〜!仲間に入れてほしいのかなぁ」


 少女は呑気に届かない距離とわかっていながらも「こっちおいで〜」と手を伸ばす。危ないよ、とイグルが慌てるが、魔物はその様子を見てもなお襲ってくることはなく、こちらをジッと見続けていた。


「怖がってるのかな?」

「いや、敵意がねぇか、こっちを観察してるだけだろうな。イグル、お嬢さん。あいつは俺が見とくからフェイルの方手伝ってやれ」

「わ、わかった」


 短剣を降ろさず魔物に対して睨みを効かせるユーリスの言葉に二人が頷くと、フェイルの様子をうかがった。フェイルは一度盤面から目をそらし、円柱自体の観察を始めたようだ。しゃがんである側面を見て考え込んでいる。


「兄さん、なにかわかりそう?」

「多分。こいつがヒントになってるんだろうなってのは見つけた」


 フェイルが見つめる先には苔がついてわかりにくいが、古代文字が記されているようだった。手袋を外して慎重に苔を払いながら読みすすめていく。


「"妖精踊る地、いしぶみが天司天佑てんゆうの調べ"……」

「天佑……って加護と似た意味だよね。つまり、救済の間……?」

「多分な。こいつが解ければどっかに道ができることは確かだ。んで、このパズルは妖精踊る地にある碑に書かれたなにかに関係があるんだと思う。妖精踊る地ってどこだよ……」


 思いたる節がないフェイルとイグルがうーん、と唸る。教団兵に心当たりがないか尋ねてみたが、


「教会の資料庫にもしかしたら文献があるかもしれませんが……」


 現在は降参せざるを得ない、という様子で首を横に振った。今日のところは諦めるしかないのか、と肩を落とし、戻ろうと提案しようとしたときだった。


「あの」


 ただ一人、少女だけが当たりがある様子で声を上げた。

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