Ep.16 夢と現が繋ぐのは
――月明かりが花を照らしている。
目の前には、あの春色の少女が自分に背を向けて立っていた。
駆け寄ろうとしたが、何故か足が動かない。ふと足元を見ると、足枷がついていた。
彼女に声をかけ、手を伸ばす。しかし、その腕さえも妙に重くて。
視界が、揺れる。重さに動揺しながら目線を少女に向け直すと、少女の腕にもまた、明らかに重量のある頑丈な拘束具がつけられていた。拘束具からかすかに見える手首は、赤い痣になっているようにも見える。
少女がこちらに振り向いた。その表情は月光の影で見えない。だが、首元で光る何かに照らされて見えた口元は、随分と悲しそうで。自分に向けて何かを伝えようとしている気がする――
「……グル、おい、イグル」
声をかけられてうっすらと目を開けた。眼前には兄の顔が見える。
寝ぼけた頭のまま、足を見る。足枷はなくなっていた。どうやら夢だったようだ、とすこし安堵する。
「やっと起きた、大丈夫か?なんともないか?」
「う、ん……?どうしたの、兄さん……」
目を擦りながらもそう聞くと、フェイルは卓上ランプの脇を指差した。
そこにはイグルのヘヴァイスジュエルが置かれている。ヘヴァイスジュエルは自ら光を放ち、そして消え。点滅を繰り返していた。
「光って、る……?」
「なんとなく眩しくて目が覚めたらこうなっててさ。……こんな反応したの、初めてだよな」
不思議そうに、しかし少し不安げにフェイルもその点滅を観察している。イグルもよくわからないままそれを見ていた。
淡く点滅を繰り返していたが、それは次第に弱くなり、最後には点滅すらしなくなって。
「……収まった、ね」
「だな……、何だったんだ……?」
うんともすんとも言わなくなったヘヴァイスジュエルを見て、二人顔を合わせる。うーん、とフェイルが唸ると、「わかんないもん考えても仕方ないか」と息をついてベッドに戻った。
「一旦寝て明日考えるか。起こしちまって悪かったな。おやすみ!」
「あ、うん。おやすみ兄さん」
そういうと、イグルも再びベッドに潜った。
先程の夢は何だったんだろう。あの子が出てきたのは、もしかしたら直前まであの子の話をしてたからかもしれない。しれないが……、首元のあの緑の輝きと重い枷がどうも気になる。ヘヴァイスジュエルが光ったことと無関係だとは思えない。これはイグルのなんとなくの勘でしかないが。
(たしか、裏庭の小屋で寝泊まりしてるって言ってたっけ)
彼女に会えれば、何かわかるだろうか。そう思いながら、イグルも再び目を閉じた。
翌日。フェイルとユーリスは稽古を継続し、イグルは情報収集へ街に繰り出した。
「え、怪力の女の子について、ですか?」
イグルの質問に、住民はぱちくりと目を見開く。イグルは強く頷いた。
イグルは昨晩の夢が、なんだかただの夢ではない気がしたのだ。光りだしたヘヴァイスジュエル、夢の中のあの子も緑の光を帯びた何かを持っていた。何も関係ないとは思えない。
天司の情報は出ない、魔物の情報も限界。ならば、あえてそちらの方向から情報を集めてみようと思ったのだ。
……決して、あの子のことが知りたいという下心だけではなく。
「あの宿の居候の子だよね。みんなあの怪力が怖くて近づきたがらないのよ」
「いつもニコニコ笑っててなんだか気味悪いし……。宿の奥さんたちも可哀想よね、あの人の親戚が保護して育ててたから流れてきたって聞いたよ」
「子に罪はないけど……親がなかなか評判悪い親だったらしいから、みんな毛嫌いしてるしね。それとあの怪力が相まって、誰も近づきたがりやしない」
……結果、かなり散々な評価であるということだけがわかった。イグルはどんより肩を落としながら宿の部屋に戻った。
怪力だからってそんなに気味悪がらなくてもいいじゃないか、と思いつつも、たしかにあの年頃の少女にしてはちょっと異常すぎる力ではある。人というのは仕組みを理解できないものに対して嫌悪感を抱く傾向にあるが故に、そんな意見ばかりか飛び交うのだろう。イグルははぁ……と大きくため息をついた。
「ちゃんと、優しくていい子なのになぁ……」
ベッドに座り、ぼやきながら天井の木目を眺める。ある意味、一目惚れのフィルターもあるのかもしれないが、それでもあんな酷評を受けるようなことをする子ではない気がする。うーん、とイグルは苦い顔を浮かべた。
「……そういえばあの子の名前、知ってる人誰もいなかったな……」
イグルは何人から別の人に話を聞いて回ったのだが、あの子名前らしき名前が1度たりとも出てこなかったことをふと思い出した。嫌われてるから呼びすらしないのか?それでも一度も出てこないというのも変な話だと思う。
あとは直接聞いてみるしかないのか……と思いながらも、しかし何か触れられたくない理由だったらどうしよう、とも思い、一人悶々と考えていた。
「おーおー、難しい顔してんなぁイグル」
そうこうしていると、ユーリスが戻ってきた。どうやら稽古が終わったらしい。
「あ、お、おかえりユーリス。……兄さんは?」
「稽古中に捻挫したから氷貰いに行ってる」
そんなにひどくないぜ、歩けはするみたいだから、と補足しながら、ユーリスも靴を適当に投げ捨てベッドに寝転んだ。ホッとしつつも、兄のことだ、無茶したんだろうなと心配げに部屋のドアを眺めた。
「そんで?難しい顔してたのは解決しそうか?」
寝転んで頭部で腕を組みながら、ユーリスはイグルの方を見た。「話して楽になるなら話しちまいな」と笑うユーリスは、本当に面倒みがいい。兄が二人になったような気分だ。イグルは「あの」と詰まらせながらも、今日の話をした。
「はー、そんなに言われてんのか。そこまで来ると不憫だなぁ」
「うん……」
時々茶々を入れられながら話を聞いたユーリスも小さく唸りながら起き上がった。
「人並み以上の力を恐れたくなるって気持ちはわからなくはねぇけどな。実際異常だぜ、あの怪力は。今日だって何回か裏庭出会ったけど、その度斧が折れたって言って新しいの持って行ってたぜ」
「お、斧?刃こぼれしてたって訳じゃなくて?」
「いや。持ち手がバッキリ真っ二つだと。実際見たけど、普通じゃありえねぇ折れ方してたぜ」
刃にもヒビ入ってたし、と両手で棒を折る仕草をしてユーリスは当時の状況を語る。普段なら恐怖するような話なのだが、イグルの中ではほわほわと笑うあの子が木の枝を折ってるような絵面しか思い浮かばなかった。かわいいな……と思ってしまったりもするが、そのイメージを必死にかき消すように首をブンブン振って、真面目な顔でユーリスに向き合う。
「そ、それは、異常かもしれないけど……、だからってそんなこと言っていいわけではないじゃないか」
「そりゃそうだ。異常だからって迫害していい理由にはならねぇ」
その言葉にブンブンと立てに首を振る。「だが」とユーリスも腕を組んで唸った。
「俺達が声を上げたところで、ハイソウデスカっとはなるわけねぇんだよなぁ」
「……そう、なんだよね……」
問題は、そこなのである。自分たちは外からの旅人、つまり赤の他人なのである。それがどうこう口を出したところで、町の人がすぐに「わかりました、やめます」となるわけがない。それができるなら世界から差別も迫害もいじめもなくなっているはずだ。
何か自分たちにできることはないか、と考えていると、ふいにイグルの手の中が光り始める。
手のひらを開いてみると、ヘヴァイスジュエルが強く光を放って点滅していた。
「お?」
「わ、また……」
しばらく点滅を繰り返しているのを観察していたが、ふいにユーリスが「おい」とイグルの背後……窓の外を指差す。
「外でもなんか光ってるっぽいぞ」
「え?」
イグルたちの部屋は2階だ。そして、ここからは裏庭がよく見える。
その裏庭にある木造の小さな小屋から、かすかに光が漏れているのが見えた。イグルの手の中の緑の光と、同じ色だ。
――裏庭ンとこの小屋に住んでるって言ってたけど。
兄の言葉がリフレインした。もしそれが本当なら、もしかしたら、あの小屋は……
「あっ、おいイグル!?」
ユーリスの驚きの声にも耳をかさず、イグルは宿を飛び出した。
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