Ep.14 自分たちにできることを
「……ってわけ」
イフリールの宿屋の一室。合流したイグルたちは教会が手続きしてくれた部屋で、聞いてきた話を共有していた。
教会の場にいなかったユーリスは「ふーん」とベッドに胡座をかいて短剣の手入れ作業半分に話を聞いていた。
「……おい、聞いてんのか傭兵」
「聞いてる聞いてる。ちょっと待ってろって」
生返事が気に食わなかったのか、フェイルが少し怒り気味に声を掛けると、ユーリスも仕上げ終えた短剣を鞘にしまった。
「んで、遺跡にやべぇ魔物が住み着いてるから、教会の調査団が近づけねぇって話だろ?街の掲示板に討伐依頼の張り紙があったのを見たぜ」
「うん……、カムエルさん……、えっと、この街の教会の神父さんも、ギルドとか騎士団に討伐依頼を出してるらしいんだけど、取り合ってもらえてないらしくて」
少し憂いた様子でイグルも話す。成り行きとはいえ、教会にはお世話になっている。だから少しでも力になれればと、何か自分にできることがないか悶々と考えているのだ。
しかし、無力な自分が凶暴な魔物相手にできることなどたかが知れていた。
「ギルドは動く可能性あっても、騎士団は厳しいだろうなぁ。こういう民事にかまってる余裕ないだろ、あいつら」
騎士団。最大の都市である帝都の軍事力を指す。彼らは世界の各地に屯所を構え、何かが起こったときにはその剣を以てことに当たる、一般市民から見ればヒーローのような存在だった。
しかし、騎士団の名を聞いてユーリスは、ないない、ありえないと言いたげに両手を広げて首を横に振った。
「でも教会の依頼だぜ?少しぐらい騎士を割いてくれそうだけど……」
「どーだかな。来たとしても実力もそこまでないペーペーたちだろ。犠牲やらなんやらの上に解決するか、壊滅するかってとこだな。そんなことにリソース割くならもっと別のことに当てるだろうよ。領土開拓、とかな」
「そっか……、ユーリスって騎士団にも詳しいんだね」
感心するようにイグルがユーリスの方を見ると「まぁ全部知ってるってわけじゃねぇけどな」と笑っていた。
「んで、どうすんだ?魔物討伐ギルド連中やら、騎士団が来るまでここで待機か?」
「んなまったりしてられるか!いつ世界が終わるかわかんないんだぞ、そんないつ来るかわからない助け待ってる暇ないって」
「で、でも調査団が進めないくらい大変なことになってるんだよ?おとなしく待つしかできないよ……」
二人、考え込む。調査団という未知の場所へ飛び込むことのできる者達が苦戦している場所だ、自分たちが、ましてや戦闘力のない自分が飛び込んで五体満足で帰ってこれると思えない。いやそもそも命すら危うい。しかし、ただの待ちぼうけをするのも何か違う気がする。……どうにかできないものか、と頭を捻った。
そうこう唸ってる間に、ユーリスが「おいおい」と半ば呆れた様子で肩を竦めた。
「そんな悩むことか?目の前に困ってる人がいるんだぜ?なら率先して助けるのが救世主様ってもんじゃねぇのか?」
傭兵の言い分に、イグルはぎょ、っと腰を引いた。
「ユ、ユーリスは強いからそんなこと言えるんだよぉ……」
「そこまで強い自覚もねぇけどな……、でもま、今の戦力じゃあ若干心許ないかもな。フェイルの稽古次第だ」
「稽古?」
心許なくて悪かったな、と悪態気味に顔を顰めたフェイルが、稽古という単語に首を傾げる。
「強くなるんだろ?ならこんな災難の1つや2つ跳ね除けられなくてどうするって話だ」
「そ、それはそうだけどさ……、稽古ったって、あんた短剣で、俺長剣だぞ」
「そこは気にすんな、元の基礎は同じだ。それに長剣の使い方は心得てる。ちったぁモノ言えると思うぜ?」
どうよ、とフェイルを見た。後はお前のやる気次第だぜ、と、そう言うように。
フェイルは、イグルの顔をちらっと見たあと、考えるように腕を組んだ。
(たしかに、これくらいのアクシデント、この後だって起こらないとも限らない。し……)
――弟のことは自分が守る。そう決めたんだ。
その覚悟を持っているならば、フェイルの答えはただ一つだった。まっすぐユーリスと目線をぶつける。
「……頼む、俺に剣を教えてくれ」
フェイルの答えを聞くと、ユーリスは「いい顔するじゃねぇか」と薄く笑う。
「雇い主殿の仰せのままに、ってか?」
「やめろよそれ、気持ち悪ぃ……」
「失礼な、俺なりの敬意だって」
露骨に嫌がるフェイルをユーリスは揶揄うように笑った。その様子をイグルは仲良さそうなのを嬉しく思う反面、少し憂鬱にもなっていた。
――あぁ、また自分抜きで、自分の関わる話が進んでいく……。
会話に入らない自分も自分なのだろうが、なんとなくトントン拍子で進んでいくのが、ほんのちょっとだけ寂しいような、困るような。なんとも言えない気持ちになっていた。
「イグルもやるか?剣の稽古」
「えっ僕?」
「護身としては役に立つと思うぜ?」
「うっ、それは、たしかに……」
護身術はある程度磨いた方がいい。その事実はわかっているのだが、イグルは殺生や誰かを傷つける戦闘という行為に苦手意識を抱いていた。可能ならば戦場にすら立ちたくない。それくらいの思いだ。
「……ぼ、僕はその、……じょ、情報収集とか、そっちの方をやろう、かな……」
ほら、町の人とか何か知ってるかもしれないし、としどろもどろ言い訳を試みる。……我ながら情けない。もう少し自分に度胸というものがあればとつくづく思う。
それを聞いてフェイルも「ま、そうだよな」と納得してくれた。ユーリスも無理強いするつもりはないらしく「ま、やりたくなったら言えよ」と言ってくれた。
こういうところは二人に感謝だな、などと、自分の情けなさに落胆しながらも胸をなでおろした。
朝日が上り、次の日。ユーリスとフェイルは早速宿の裏にある空き地を借りて稽古に励んでいた。
イグルは宿の部屋からその様子を眺めると、自分の手に巻きつけたへヴァイスジュエルのペンダントを見る。太陽の光を受けてキラキラと輝くそれは、ただの宝石でしかない。
フェイルの話によれば、天司は神からの加護を受けて何かしら力が使えるようになっているというが、今のところそれらしい兆しはない。
炎とか、出せるのだろうか。なんて少し期待をしながら、イグルは手を前に掲げる。心の中で「炎よ、出ろー」なんて思いながら。
……しかし、やはりその場には痛いほどの静寂だけがあるだけだった。
「……そんな簡単に行くわけ、ないよね」
わかりきっていたことだが、あまりにも虚無な時間が流れた事に、自嘲気味に笑って肩を落とす。
「……僕も、行こう」
兄たちが頑張っているのだ、自分もやれることをやらなくては。身支度を整えて、イグルも部屋から一歩踏み出した。
「おや天司様、お出かけですかい?」
宿の階段を降りれば受付嬢をしていたふくよかな女性――この宿は夫婦で営んでいるため、この人は店主夫人である――が、ニコニコと微笑んで声をかけてきた。
「はい。あ、夕飯の時間までには戻ります」
「お勤めご苦労様です、お気をつけて」
労いの言葉に頭を下げて宿を出ようとすると、「こんなこともできねぇのか!!」と厨房の方から怒号が聞こえる。イグルがそれに驚いていると、夫人も呆れたようにそちらを見やりながらやれやれと首を振る。
「朝からうるさくてすみませんねぇ」
「い、いえ。……その、何があったんですか?」
「あぁいや、大したことじゃないんですよ。うちに居候してる、天司様と同い年くらいの子供がいるんですけどね。ただで住ませるわけにも行かないんで、そいつに裏方の仕事をやらせているんですが……、出来がまぁ悪くて。要領も悪いし、不器用だしで旦那も虫の居所が悪いもんで……」
聞き苦しい声を聞かせてしまってごめんなさいねぇ、と困ったように笑う夫人。厨房から聞こえる謝罪の声は、どうやら女の子のようだった。
「天司様にお泊りになってもらえるっていう光栄なときに限ってあんな疫病神みたいな子の面倒を見なきゃならなくなっちまって……、何やらせてもモノは壊すし、細かい作業はできないしで正直参っちまってるんですよねぇ……。あの怪力でやれることなんて薪割りくらいですよ」
「そ、そうなんですね……」
「あぁごめんなさい!天司様にこんな愚痴みたいな話しちまって!!お出かけ、お気をつけていってくださいな」
あれやこれやと漏れてくる愚痴を困った笑みで受け流しながら、イグルは宿屋を出た。
怪力といえば、この街に来て最初に出会った、大量の木材を抱えた少女は今頃どうしているのだろう……、と思いつつ、イグルは遺跡のことや天啓に関する噂などを聞いて街を歩いたのだった。
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