Ep.13 花の街イフリール
ユーリスを旅の仲間に迎え入れ、イグルたちの旅は再開した。
彼のナビゲート力は確かで、1日と半日歩いてイフリールの門が見えてくる。かすかに花の甘い香りが風に乗って流れ、ところどころに色鮮やかな蝶々の姿も見え始める。
「よーし、見えてきたな。あの門くぐればイフリールだ」
「わぁ……」
さすが花の街、というだけのことがある。門の前の花壇にはきれいな花が色とりどり咲き、外からの来訪者を出迎えてくれていた。
中にも野生の花や木々が生い茂り、街の中がそれだけでカラフルだ。
そして何より目を引くのが、ここからでもよく見える、高台にそびえ立つ桃色の花をつけた大樹。街のシンボルでもあるあの大樹はときの移り変わりで色を変え、1年の周期で再びまた花を咲かせるのだそう。あの大樹を見るために観光に訪れる人間も少なくない。
門番に教会から発行されている通行書を見せると、「ようこそいらっしゃいました、天司様!」と礼をして門を開けてくれる。どうやら自分たちがこの街に来ることはすでに知れているようだ。
「さーて、救済の旅ってのは、目的地に来たら何からするんだ?」
「えっと、まず教会に行く……がいいのかな」
「だな、遺跡の場所も聞かないとならないし。あとはこの街にいるはずの天司を探すのに手がかりがないと」
教会はどこだ、と周りを見渡していれば、「あの!」と声がする。
その声に振り向けば、眼前に大量の重そうな丸太の塊が現れる。
「わぁ!?」
イグルは突然現れた視界いっぱいの丸太と、その丸太が喋ったのかと思い、情けない声と共に小さく飛び上がった。
「あっ、驚かせちゃった、ごめんなさい!!えっと、教会を探してるんですか?」
丸太の横からひょこ、と顔を出す少女の姿があった。桃色のふわふわ髪に、空のように青い瞳。顔立ちは幼く、イグルと同い年――イグルは御年16である――くらいに見えた。イグルが「うん」と少しずれて頷くと、少女は抱えた丸太をドスン!とおろし、
「教会はあっちの坂をちょっと登って、そしたら右に道があるから、そこを曲がった突き当りだよ!」
と、笑顔で教えてくれた。その指先はあかぎれてボロボロだったが、それが霞むほどに驚くのは、彼女の華奢な体で持ち上げていた丸太の数だ。片腕に比較的太い丸太を3本ずつ。明らかに年齢16歳ほどの女の子が持つことができるであろう量の許容範囲は超えている。
そして、彼女の纏う白いワンピースはもう何年も何年も着ているのか、ボロボロで薄汚れていた。破れたところは縫い直して使っているようで継ぎ接ぎだらけだ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして!それじゃあね、旅人さん!」
少女がニコっと笑うと再びその持っていた丸太を軽々と抱え、どこかへ行ってしまった。
「すっげ……あの重そうな荷物軽々と……」
「たまーにいるよな、怪力娘って」
「いや、桁が違いすぎるだろ!!中にムキムキの男入ってますって言われたほうがまだわかるわ!」
その様子を唖然と見ていたフェイルとユーリス。「いやあの華奢な体に男入ってるのほうが無理あるだろ」などと話している一方で、イグルは彼らの話など耳に入っていない様子で、少女が去った方向を呆けた様子で見ていた。
「さて場所もわかったことだし教会に……、……イグル?おーい」
「……え?わぁ!?」
フェイルが顔を覗き込むと、イグルは小さく飛び上がった。それを見てフェイルも「そんな驚かなくてもいいじゃん」と苦笑いを浮かべる。
「教会行こうぜ」
「あ、うん……」
先に歩きだしていたユーリスを追う形で、二人も教会へと足を運んだ。……イグルはあの少女の笑顔が脳裏から離れず、彼女の去っていった方向をチラチラと眼で気にしながら。
少女から聞いた道を進み、教会がみえればユーリスが「そんじゃ、俺はこの辺で待ってるわ」といい、行ってこいと言わんばかりに二人の背を軽く叩いた。
彼曰く、堅苦しくするのは得意じゃないらしい。その間に周辺の散策をしてくる、とのことだった。
イグルとフェイルが教会のドアを開ければ、すでに一行の到着を耳にしていた神父やシスターが一斉に振り返り、深々と頭を下げた。私生活で個人の課題の面倒を見て、個人から崇められるという経験はあれど、この大勢から崇められるということが前回が初めてだったイグルは、やはり未だにたじろいでしまう。フェイルも、自分に向けられたものではないとわかっていながらも、その美しい崇拝の姿勢に、「おぉ……」と思わず声が漏れてしまった。
「ようこそイフリールへ、天司様と付き人様。皆様のご到着、心よりお待ちしておりました」
この教会で一番地位が高いであろう神父が声をかける。イグルとフェイルは、その顔にどこか見覚えがあり、思わず顔を見合わせる。
二人が顔を見合わせたのは、見覚えがある、という次元ではなかったからだ。ポエルードの教会でであったウィエル、かの人にそっくり……どころの騒ぎではなく、まさに、瓜ふたつだった。
「え、と、ウィエル、さん……?」
恐る恐るイグルが訊ねる。神父は首を傾げたが、その問いかけに納得したようで、クス、と肩を揺らした。
「あぁ、困惑させてしまったようで申し訳ありません。私はカムエルと申します。ポエルードの神父ウィエルは遠い親戚でして……、同一人物のように似てますよね」
旅で教会を訪れる方には毎度驚かれてしまうんです、と慣れているように微笑んだ。
「あ、あぁ!そうだったんすね!?ほんとに似てるからウィエルさんが俺達が移動してる間にこっちまで来たのかと……」
「ふふ、そう思われるのも無理はないでしょう。我々神父、皆顔が似ている親戚でして……。今後も向かう先々で同じようなことがあるかもしれませんが、皆血を分けた他人ですよ」
「そ、そうなんですね……、なんか、すみません」
謝るイグルによくあることです、とカムエルが微笑むと、「さて」と話題を切り替えた。
「お二人の受けた天啓はポエルードの教会から聞き及んでおります。この街にて何か成すことがおありだと」
「そう、ですね。まだ詳しいことはよくわからないんですけど……」
「この辺に、まだ未調査の遺跡があるって話も聞きました。そこの信託の間が何か関係あるんじゃないか〜って憶測は立てたんすけど、なんか心当たりとかあります?それこそ、天司が現れた〜とか」
遺跡の話を聞くと「そうですね」と、カムエルは少し表情を曇らせた。
「天司様に関して残念ながら聞き及んでおらず……。そうなると、おそらく遺跡の方なのですが……何やら強い魔物が住み着いているようで我々の手にも負えず……。不甲斐ないのですが、調査が行えてない状況なのです」
「魔物……ですか?」
「えぇ。報告によると、それなりに巨体で凶暴らしく。群れの住処として住み着いてしまってるようです。現在ギルドや騎士団などに交渉して討伐依頼を出しているのですが……」
それも思うように進んでいないようで、眉を下げて俯いた。それを聞いて、イグルとフェイルも顔を見合わせる。
「ひとまず、討伐の動きが見えるまで、皆様には少しお待ちいただくことにはなると思います。申し訳ありません……、宿の手配などはこちらが負担いたしますので。旅はお二人でよろしかったですか?」
「あ、えっと、実は他にもうひとり、一緒に旅をしてくれてる方がいて」
「では三名様ですね。宿の方ご準備させていただきます」
カムエルは、「進展があるまで今しばらくお待ちください」と言うと再び頭を下げた。
イグルとフェイルは「わかりました」と頷いて、しばらく世話になる宿の場所と、その宿泊が教会の支援であることの証明証を受け取ると、教会を一度後にして徘徊中のユーリスと合流したのだった。
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