Ep.12 睨み合いの契約
川から戻った兄弟は、荷物まとめを始めていた。ユーリスは二人が席を外している間荷物番をしてくれていたらしく、入れ替わりで顔を洗いに行った。つくづく面倒みのいい傭兵で頭が上がらなくなる。
荷物まとめを終え、自分も荷物番をと座って待つイグルの横で、フェイルは布袋の中身を確認しながら、彼の帰りを待っていた。
「兄さん、その袋がどうかしたの?」
随分と神妙な面構えで袋を見つめる兄に問いかけると「別に?」と返されるから、イグルは余計に首を傾げた。しかし兄のことだ、本当に重要なことは教えてくれるはずだから、とイグルもそれ以上言及することもしなかった。
そうして待っていれば、茂みをかき分けてユーリスが帰ってくる。
「悪い、待たせたな。荷物番サンキュ」
「いえ、僕達も荷物番してもらいましたし、これくらいやらせてください」
「んなもん気にしなくていいのに」
律儀な弟だな、と笑いながら荷物を持つ。ユーリスは太陽を見上げて「よし」と一息ついた。
「二人はイフリールに行くんだったな。この獣道まっすぐ行ったところに山小屋があるから、そこで馬車かなんか拾っていく事をおすすめするぜ」
「ほんとに何から何までありがとうございます、ユーリスさん」
「いいってことよ。俺も天司一行の手助けをするなんてほかでない体験させてもらったしな」
ユーリスはにっと笑うと「頑張れよ」と言ってイグルの頭をワシャワシャとなでた。
「わ、ありがとうございます。……ユーリスさんはこのあとはどうするんですか?」
「俺か?んー、特に今は依頼貰ってるわけでもねぇし……、一旦アイドグレースか、ヴァレイロスでも目指してギルドの依頼板の手伝いでもしに行こうかなって思ってる」
アイドグレースは帝都の次に大きな街で、アイドグレース家という領家が治める、いわゆる都会だ。イグルたちが目指しているイフリールからさらに西にあり、気候も穏やかで様々な商売産業が盛んな街でもある。
一方ヴァレイロスは、そのアイドグレースよりも西の方にある山岳地域の街だ。炭鉱や鉱石の採掘が盛んな地域でもあり、多数のギルド――同じ志を持つ人間たちがチームを組んで様々な仕事や任務を請け負っている集団――の拠点がある街でもある。
どちらにせよ、イグルたちが目指すのは東寄りなため、ここで道は別れてしまう。
「ほんとに色々おせわになりました。この先の旅もお気をつけて――」
イグルが改めて礼を述べようとしたのを、フェイルが前に立って止めた。
「兄さん?」
「……依頼がないってことは、フリーなんだよな」
フェイルは真っ直ぐにユーリスの顔を見る。見つめられたユーリスはもちろん、イグルも驚いた顔でフェイルを見ていた。
「まぁ、そういうことになるな」
「なら次の……、もっと条件のいい依頼が入るまででいい」
そう言ってフェイルが差し出したのは、布袋。チャリ、と硬貨のぶつかり合う音がする。その中に入ってるのは当然、お金だ。
「――俺達に、雇われてくれ」
一陣の風が吹く。その場の誰もが予想していなかったフェイルの発言に、森がさざめく音だけが木霊した。
「……金で動く傭兵は信用できないんじゃなかったのか?」
「信用はできない。……でも、イグルが怪我するよりはずっといい」
「お前の言う"次のいい条件の依頼"が、弟を暗殺する依頼だったら?」
「そんな依頼が来る前に、俺があんたよりも強くなる。あんたがいなくてもイグルを守れるくらい」
二人の目線がぶつかる。バチ、と火花が舞ったとさえ思えるくらいピリついた目線、今にもお互い剣を抜きあってしまうくらいの剣幕に、イグルはおろおろと二人の様子を見ていることしかできなかった。……その会話の渦中に、自分がいるから、余計に。
「……ふ、ふは!」
しかし、その剣幕とは反対に、面白そうにユーリスは肩を震わせて笑った。何がおかしいんだと言いたげにフェイルはユーリスを見る。
「いやぁ悪い悪い、余りに真剣だから。そんなに怖いツラして頼むようなことじゃないだろ、護衛なんて!」
お前さんやっぱ面白いやつだな、と満足げに言うと、フェイルの布袋を押し返した。
「え、おい」
「言っただろ?俺は個人の依頼で金は受け取らない。俺が金もらうのは、国とかギルドとかが出す仕事だけだ」
ユーリスはそう言うと、布袋を受け取る代わりに手を差し出した。
「受けてやるよ、天司の護衛役。期限は、そうだなぁ……、世界が平和になったら、ってとこか?」
にっと笑うユーリスに、今度はこの話持ちかけたフェイル画面食らった顔で彼を見る。「いいのかよ」と言葉を絞り出すように口を開いた。
「ん?なにがだ?」
「……長いぞ、この旅。まだ俺達は残り三人の天司を見つけてないし、救済の塔の場所だって把握しきれてない」
「それはお前さんが見つけてくれるんだろ?研究者ならさ。それに、勘違いしてるみたいだが、目の前に転がった仕事だから引き受けたわけじゃあないぜ?」
ユーリスはそう言うと差し出した手を一度引っ込め、自分の左胸をトン、と拳で叩いた。
「俺は、俺の意志で、お前の依頼を受けるって決めたんだ。だから、果のない旅だろうが、俺は俺の決めた道を歩くだけだ」
「納得してくれたか?」と笑うと、その胸を叩いた手を再び前に差し出した。
「……あっそ。なら、救済の旅の完遂まで、きっちり護衛しろよな」
「あいよ、弟思いの雇い主サン」
少し不満げだが、フェイルは差し出されたユーリスの手を取った。固く握手を終えると、ハラハラと見守っていたイグルの方へ振り向く。
「お前もそれで大丈夫か?天司さんよ」
「えっ!?あ、はい!!」
「そっか。お前の意見無視して契約進めちまったから良かったかなーって思ったんだけど。あ、そんなかしこまらなくてもいいぜ?お前は世界を救う救世主で、俺は一介の傭兵なんだからさ。むしろ俺のほうが敬語とか使ってかしこまったほうがいいか?」
いたずらっぽく笑いながら手を差し出すユーリス。イグル慌てて大きく首を横に振るとその手を握った。
「よ、よろしくお願いしま」
「敬語抜き!」
「うぇ!?」
「護衛対象と護衛兵ではあるが、それ以前にしばらくは同じ旅をする仲間になるんだぜ?堅苦しいのは無しだ。雇い主と傭兵だってこんななんだからよ」
「な?」と振り向きフェイルを指差すと、フェイルは「うっせ」といって首を掻きながらそっぽを向いた。イグルは困ったように笑ってしまった。
「えと、じゃあその、よろしく。ユーリス」
「おう!」
ユーリスは太陽のように、明るく笑って手を握り返した。いつの間にか日の位置も高くなっている。ユーリスは空を見上げると「さて」と言いながらポケットから方位磁針を取り出す。
「思ったより日が高くなっちまったな」
「目的地まで行けそうか?」
「あぁ、むしろ馬車待ちしなくていいならもっと近道かつ安全なルートがあるぜ。そっちでいいだろ?」
「だ、大丈夫で……、大、丈夫、だよ」
返答を聞けば、「んじゃ決まり」と笑い、パチン、と方位磁針の蓋を閉め、ユーリスは先導を始めた。
「……これで少しは安心できるか?イグル」
「え?」
「ユーリスが一緒に来てくれたら、って、お前言ってただろ。……俺も昨日思い知ったからさ、自分がまだ全然弱いってこと」
イグルはフェイルの顔を見つめる。フェイルも少し自虐的に笑って頬を掻く。
「でも、俺も強くなるから。お前が安心して旅できるように」
「……兄さん……」
フェイルは照れくささを隠すように「傭兵野郎と逸れる前に行くぞ」と言ってそそくさ前を歩いていってしまった。
「あっ、ちょっと待ってよ兄さん……!!」
イグルも慌ててそれを追いかける。
美しくさす森の木漏れ日が、優しく三人の進む道を照らしていた。
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