Ep.11 初めての野宿

 フェイルの腕の傷の治療を終えた頃には日が傾いていた。ユーリスの提案で、その日の晩は三人で野宿をすることになった。

 イグルたちにとって初めての野宿のため、経験豊富な傭兵がそばにいてくれるのは心強いが、邪魔にならないか?とイグルが申し訳なさそうに尋ねると、


「お前らこのまま放置すると野垂れ死んじまいそうだしな」


 と、ユーリスは笑っていた。


 三人で焚き火のための枝を探して少し歩き、彼が先に確保していた野宿場に帰った頃には完全に日は落ちていた。ユーリスは手際よく木を組み火をおこす。

 森の澄んだ空気とパチパチとなる焚き火の優しい光が心地よい。イグルは少しホッとした様子で夕飯用の携帯パンを頬張っていた。


「ユーリスさん、本当に旅慣れしてるんですね」

「まぁ旅の傭兵やってりゃそれなりにできるようになるさ。野宿ともなりゃ夜通しの見張りから見回りまで一通りできなきゃ、護衛の仕事なんて務まらねぇからな」


 そう言いながら細長いクッキーのような質感の栄養食を頬張るユーリス。へぇ、と、興味ありげにイグルも話を聞いていた。


「そういうお前さんたちは旅は慣れてなさそうだな」

「うっ、仰る通りです……」

「兄貴の方は慣れてるように見えたが……」

「……あいにく、地元周辺から出たのは初めてだし、宿に戻れる範囲での移動が主だったんでね」


 悪かったな、と悪態をついたフェイルに「そうか」とユーリスは目を伏せて笑った。


「昼間も実感したろうが、自然ってのはあぁいう獰猛な動物や魔物の住処だ。慣れてないなら最初のうちは護衛を雇うか、馬車やらなんやらの移動手段に頼るのが正解だったな」

「んなもんわかってる。だけど、乗り物に関しては運良くなかったし、護衛も……まぁ教会に頼めばつけたもらえただろうけど、世界救う旅ならばある程度自分たちでできないと、この先困るだろ」


 フェイルにもフェイルなりの考えがあったようだ。今はいけ好かない傭兵に助けられたことに随分と不貞腐れているようだが、それでも自分の非はある程度認めている様子だった。

 二人が昨日の船の上のように険悪にならないか、一抹の不安があったが、どうやら杞憂だったようだ。イグルはひとり胸を撫で下ろした。……おそらく、怪我の消毒の際に体力を使い果たしたことにより、相手に悪態で喧嘩を売るほどの気力が残っていないのもあるのだろうが。


「……でも、ほんとに助かりました。あのままだったらどうなってたか……」

「俺も運良く通りかかれてよかったぜ。同じ森の中にいた顔見知りが食い荒らされた亡骸で見つかるーなんて、夢見心地が悪いからな」


 茶化すように笑うユーリス。確かに……とイグルも困った顔を浮かべた。

 しばらくイグルとユーリスは談笑を続けていたが、ふいにフェイルが口を開く。


「……なぁ、あんた、仕事に金取らないって言ってたよな。普段どうやって生計立ててんの。……宿代とか、旅支度には最低限必要だろ、金」

「ん?まぁたしかにな。だから、俺が基本的に金もらってんのは依頼板に張り出された討伐依頼とか、そういう"公的な依頼"だけだ。個人依頼の仕事……護衛とかそういうのは受け取らないようにしてる」

「それって、何か理由があるんですか?」

「理由、理由か……、まぁ話せば長くなるんで割愛するけど、個人的な信条だな。金なんかじゃ計れないもんさ、命のやり取りの依頼なんて特に、な」


 夜空を見上げながらユーリスはそう答える。

 本当にこの傭兵はイレギュラーなんだな、とイグルは改めて感じていた。お金に頓着のない傭兵、なんて今まで聞いたこともない。ただより安いものはない世の中だ、それでも何か貶められたりもせず、船の護衛のように仕事を得ているということは、騙されない審美眼と価値観、そして確かな腕と、積み上げた信頼を持ち合わせているのだろう。

 ――かっこいいなぁ、と。イグルは憧憬の眼差しを向けていた。


「納得してもらえたか?」

「……まぁ」

「なら良かった。さ、もうお前らは寝な。夜の見張りは俺がやっとくからさ」

「えっでも……」


 何から何まで至れり尽くせりだ、流石に申し訳無さが勝ってくる。それが顔に出ていたのか、イグルの顔を見るとユーリスは、「俺が勝手に買って出てるだけだ、気にすることじゃねぇよ」と笑った。


「それに寝れるときには寝とかねぇと後で大変だぜ?旅の先輩からの助言として受け取っときな」

「……ありがとうございます、何から何まで……」


 これではお礼を言っても言い切れない。命の危機を2度も助けてもらって、そして野宿を共にまでしてもらった時点でもう足を向けて寝られないのに、これでは頭も上がらなくなってしまう。何かお礼ができればいいのだが……とイグルは考えながらも、ユーリスの好意に甘えてその日は寝ることにした。フェイルも軽く礼を言って、寝袋に身を丸めた。

 焚き火はゆっくりとその火を小さくしていき、やがて静かに消えていった。


 朝の日差しに、ゆっくりと目を開ける。目が覚めて見えたのは青い空だ。なぜ自分は青空の下で寝てるのだろうと寝ぼけた頭でゆっくりと状況を思い出す。……そうだ、自分たちは野宿をしていたのだ。


「おはよーさん。その様子じゃ寝れたみたいだな」


 焚き火で出た灰の後処理をしながら、ユーリスが声をかけてくる。


「おはようございます……、……?」


 ふと周りを見れば、兄の寝袋は既にたたまれていた。


「あれ、兄さんは……」

「兄貴なら顔洗いに行ったぞ。この茂みまっすぐ行ったところに川があるから、いくなら行ってこいよ」


 指を差した方向を見ると、たしかに茂みばかりだ。だがユーリスが言うなら間違いないのだろうと寝ぼけ頭なりに納得すると「わかりました」と返事をして自分も寝袋を丸めて、そちらへと向かった。

 少し進んだらたしかに川の音が聞こえてくる。そのまま音を頼りに歩いていくと、細めだがきれいな川が流れていた。そして、その辺りでじっと川を見つめる兄――フェイルの姿も。


「おはよう、兄さん」

「ん、おはよ。寝れたか?」

「おかげさまで。兄さんは?」

「……考え事してたからあんまし、って感じかな」


 包帯を巻かれた手を見ながら、憂いげに答える。まだ怪我をしたことを気にしてるのかと思い、イグルも隣に座った。


「腕は大丈夫そう?」

「まだ少し痛むけどなんともねぇよ」


 なら良かった、と笑ってイグルも水を掬った。顔にかければ冷たい水で頭が冷やされ、脳がゆっくり覚醒していくのを感じる。タオルで水分を拭いながら、ふぅ、と一息ついた。


「戻ったら状態見るね。包帯とかガーゼとかも変えないといけないし……」

「おう」


 どこか上の空な返事をするフェイルを不思議そうな顔で見ながら、イグルは「よいしょ」と立ち上がり、屈伸などしてストレッチをしてから戻ろうとした。が、フェイルが一向に動かないことにまた首を傾げる。


「……?兄さん、戻らないの??」

「……イグルはさ。この先の旅、二人じゃ不安か?」


 質問に質問を返すフェイルの表情は憂いているようで、何か真剣に考えてる表情にも見える。イグルは少し驚きながらも「不安、というわけではないけど……」と続けた。


「僕はこんなだし、兄さんも怪我をしてほしくないから……、もしユーリスさんみたいな強い人がいてくれると、安心はできるかなぁ、って」

「……そっか」

「あ、で、でも、兄さんが頼りないとかそういうわけじゃないからね!いつも助けてもらってるのは確かだし……、昨日だって、兄さんいなかったら、今頃僕も生きてなかったし……」

「……ふは、それフォローのつもりか?」


 フェイルが慌てて弁解を述べるイグルの様子を見れば、可笑しそうに笑った。イグルは少し恥ずかしそうにうつむく。思ったことを伝えただけなのだが、もしかしたら蛇足だっただろうか……と、恐る恐るフェイルの顔を見れば、先程までの憂い顔は少しスッキリしたような表情になっていた。


「……そうだよな。……うん、ありがとな」


 そう言うとフェイルは立ち上がる。「んーー!」と声を上げながら腰を反らせれば、イグルの方へと振り返った。不思議そうに見つめていれば、フェイルはニッと笑って「戻ろうぜ」と先を歩いていく。


「ま、待ってよ兄さん……!」


 イグルも慌てて、その後ろ姿を追うのだった。

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