Ep.4 港町

 港町の支部に向かうため、馬車に拾って乗せてもらって揺られること小一時間。


「二人とも、見えてきたぞ。ポエルードだ」


 御者が二人に声を掛ければ、覗き窓から顔を出して進行方向を見る。

 風の香りがしょっぱく感じるのは、海が近いからだろうか。潮風を感じられるほどに海が近づいてきた。

 港町ポエルード。イグルたちの住む街から少し離れた、イグルの故郷の近辺では一番大きい港町だ。

 この世界での最大の移動機関は船である。貿易や渡来には、船が使われる。

 イグルたちがこの港町に来たのは、教会の支部に向かうためだ。選定された天司であることを伝えれば、教会からの支援が得られ、多少は旅にかかる負担が軽減されるだろうという地元の教会の老人の助言を元に、イグルとフェイルはこの町を訪れていた。

 馬車にのせてもらったお礼に荷物下ろしを手伝い、御者に礼を言えばイグルたちも表通りへと歩を進めた。

 町に着けば、より一層風に乗って潮の香りを強く感じる。フェイルは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。


「やっぱポエルードの匂いってワクワクするよなー!!」

「……兄さんはそうだろうね……」


 すでに兄に振り回されてげっそりとしたイグルは、大きくため息をついた。寝不足も相まってもはや満身創痍だ。もう少し揺られる時間が長かったり、御者の馬の制御が雑だったら再起不能なほどに酔っていたかもしれない。


「ったくイグルはひょろいなー。もっと運動しろ、運動。歩け」

「だ、だって外行くより家で本読みたいし……勉強したいし……」

「篭ってたって何もいいことねぇぞー」


 それはアウトドア派の意見でありインドア派の自分とは違う。……と反論したかったが、おそらく不毛な争いだろう。その言葉を飲み込んで、イグルは周りを見た。

 村からも、馬車に揺られているときにも見えていたが、ここからも天高く伸びる塔が見える。実際間近で見たらどれだけ高いのだろうか。想像がつかない。

 港町の表通りは活気に満ちていた。ちょうど昼時だからか、酒屋には大勢の人が昼食を取りながら昼間の宴会と洒落込んでいた。……この喧騒を聞くと、イグルは絶対に都会には住めないな、と滅入りながらも常々思う。


「教会の支部はどこなんだろう」

「こっちだ」

「え、兄さん知ってるの?」

「そりゃあもちろん、こっちの教会もたまーに行ってるからな」


 つくづく思う。兄はフットワークがすごく軽い。どうして兄弟でこんなにも差があるのだろうか……。 


 教会支部の扉を開けば、中ではシスターと神父が随分と慌ただしく動いていた。恐らく塔の出現により附則な自体についての対応に追われているのだろう。


「こんちゃーす」


 フェイルは馴れ馴れしい口調で受付に声をかけた。受付のシスターもそれに気いたようで「あら」声を上げた。


「慈悲と救済のご加護があらんことを。いらっしゃいフェイル君」

「どもっすマリさん。……すごいバタついてますね」

「そうなの、あの高い塔が突然現れたでしょう?今年はちょうど節目の百年だし、伝承上と似たことまで色々起こってるせいで大変で。やれ天司様はどこだとか、あの塔は本物か、とか、100年前の同時期の記録はないのか、とか。天災被害も続いてるし、不安に思う人達がこうやって話をしに来るの。それの人数もなんだかすごく多くて」


 困った、というように頬に手をついてため息を付くシスター・マリ。たしかにシスターや神父の他にも民間人がそれなりにいる。嘆き悲しむ老婆や、怒りに荒れる男性の姿もちらほら見えた。マリの言うとおり、本当に大変そうだ。


「と言うことだから、残念ながらフェイルくんの相手をできる人は少なそう。ごめんなさいね」

「いや今日はそれが目的じゃないっすよ。むしろ協力しに来たというか」

「協力?」


 マリが首を傾げると、フェイルがイグルの背中を押した。唐突に前に出されたイグルはバランスを崩しかけるがなんとか受付に手を付けて転倒だけは免れる。


「あら、お友達?慈悲と救済のご加護があらんことを。こんにちは」

 マリは微笑んで教会の合言葉にも近い挨拶をする。初対面の相手にイグルは「こ、こんにちは……」と少しずれた挨拶をした。


「俺の弟!ほらイグル、あれ出せよ」

「う、うん……、あの、これ」


 おずおずといった様子でイグルは手元にあった宝石を差し出した。マリも首を傾げつつもそれを受け取る。


「あら、きれいな宝石ね。ミロンシファル様の紋章まで……。坊やが作ったの?」

「あ、いえ、その……、……昨日起きたら、手元にあって。それで……」


 話すのを戸惑っているイグルに痺れを切らしたのか、フェイルは後ろから身を乗り出して「それ、へヴァイスジュエルなんすよ」と言った。それを聞けばマリは目を見開く。


「へヴァイスジュエル?選定された天司様の元に現れるって言われてる、あの?」

「そう、昨日神託を受けたんすよ!村の近くにある遺跡の開かずの間が開いて、ミロンシファルと話したって!」


 ほぼ兄に話されてしまった。冷静に考えてこんなこと話したところで信じるほうがおかしい。変な人だと思われていないかだけが至極不安だ。恐る恐るマリの顔を見る。

 マリは「ミロンシファル様、よ」とフェイルの言葉を訂正しながらも、困惑した表情をして宝石とイグルを交互に見ていた。あぁ、やっぱり普通はそうなりますよね、兄と村の教会神父ケビンがちょっと変なんだ。イグルは申し訳なさ半分、胸をなでおろした。


「これが、へヴァイスジュエル……、それがもし本当なら、やはりあの塔は救済の……?」

「……え?」


 思わずイグルは声が漏れた。

 もしかしなくても、この人も信じてしまっている……?


「ちょっと君、ついて来てもらえる?神官様に確認していただきたいの。私だけじゃ判断ができないわ」


 何ということだろう、兄の言葉を信じている。イグルは困惑した。自分がおかしいのか?これを信じられない自分が、むしろ変なのか??


「俺も行っていいっすか?」

「もちろん」

「あの、え、えぇ……??」


 当然のように話が進んでいく。思考が、追いつかない。……これはもう、諦めろというお告げなのだろうか。よくよく考えれば、彼女もまた教会お勤めのシスターだ。その手のものへの信仰があるのも当然と言えば当然なのかもしれない。そうなると、この場で異端なのは信仰心の薄い自分だ。気づきたくなかった、こんな事実。

 フェイルに背を押され、マリに案内されるがままイグルは重い足どりで教会の中を進んでいくのだった。


 聖堂は、神々しい人物の描かれたきめ細やかなステンドグラスから透けて通る、色づいた日光が入り中を照らしていた。銀でできた燭台が光を反射しキラキラと輝いている。レコードから流れるパイプオルガンの音色が神聖さをより引き立てていた。

 懸命に祈る人や単に興味や趣味で訪れた人たちが中を見物している。イグルは先頭を歩くマリ、後ろを歩くフェイルに挟まれて奥へ奥へと進んでいった。

 扉の前につけばマリはコンコンコン、と扉を叩く。


「ウィエル様、お時間よろしいでしょうか」


 少ししてから「どうぞ」優しい男性の声が中から聞こえてきた。「失礼します」とマリがドアを開ければ、イグルとフェイルを中へ誘導した。


「おや、慈悲と救済のご加護があらんことを。何か御用ですか?」

「こちらの少年が神託を受けた、と言う話を聞きまして。へヴァイスジュエルらしき物と共にいらしたので一度魔力測定器を拝借してもよろしいでしょうか?」


 マリの説明にウィエルと呼ばれた神官もぱちくりと瞬きをした。それはそうだろう。突然押し寄せて「この子神託を受けたんですって」なんて言われて「はいそうですか」とは流石にならない。


「その少年が……?君、名前を伺っても?」

「あ、イグルです。イグル・リヒカイド」

「リヒカイド君……、わかりました。ひとまず測定してみましょう」


 復唱しながら頷くと八角形の板のようなものを持ってくる。中央には水晶のようなものがはめ込まれていて、その周りには時計の秒針のような細い針が金と銀で2本ついている。

 イグルの後ろからフェイルが興味津々という様子で覗き込む。


「それは?初めて見た」

「魔力測定器よ。器の許容量と、今どれだけ入っているかを測定するものよ。銀の針が許容量で、金の針が現在の量ね」


 測定器を指差しながらマリが説明をした。

 この世界オラトリアに住む人々には必ず魔力の器というものが概念的に存在している、という話は、魔術的にもそれに則った医学的にも証明されていることをイグルは知っている。器が大きければ大きいほど、発動できる魔術が強くなったり、術やマナの過剰反応による病魔や異常に対して抵抗力が強いとされている。外傷の自然治癒速度もこの器内の魔力量が関わってくる。


「もし神託を受けたのならば、その器に膨大な魔力が溜まっているはずなの。神託を受けたということは、かの神の加護を受け取っているって言うことだから」


 マリの説明を聞いて二人は「へぇ」といった様子で測定器を見た。


「それぞれの針が仮に3時を超えたならば確実でしょう。一般人なら1時を超えることすらできません。時折魔術抵抗が強い方がいますが、それでもいけて1時の方向が限界です。……さ、リヒカイド君。人差し指でこの水晶に触れてください。光が収まったら離して大丈夫ですから」


 イグルはウィエルに促されるまま、恐る恐る人差し指を水晶に押し当てた。すると、水晶は光を放ち、針がゆっくりと回り始める。

 器の大きさ、許容量を示す銀の針はゆっくりゆっくりと回り、8時の方向で動きを止めた。それに連動するように魔力量を表す金の針が一般限界とされている1時を優に超え、6時を少し過ぎたあたりで動きを止めた。そして次第に水晶の光は弱まり、完全に消えた。

 イグルは恐る恐るまた指を離す。この場にいた全員がシン……と何も発することなく動かなくなった測定器を見つめていた。


「……何ということだ、この量、並の人間ではありえない」


 震える声でウィエルは呟く。故障か?と測定器を持ち上げている始末だ。マリも口に手を当て驚いていた。


「……すっげー、イグルお前すげぇじゃん!ちゃんと加護もらえてるってことじゃん!!」

「うえぇ!?ええ、えええ……!?」


 興奮気味にイグルの肩を揺らすフェイル。どういうことか混乱する頭がくわんぐわんと揺らされ、思考どころではない。


 ――あぁ、神様。聞こえているなら教えてください。

 どうして僕を選んだのでしょうか……――


 自分の平凡な日常が遠ざかっていく気配に、涙が出そうになるイグルだった。

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