Ep.2 天啓

「な、ないないない!!ありえないよ!!だって僕インドア派で臆病で行動力もないし伝承を信じてるわけでもないし……!!というか、兄さんの憶測でしょ!?まだその宝石がへヴァイスジュエルだっていう確信さえもないよ!?それなのに、て、てて天司に選ばれたなんて!!」

「おうすげぇスラスラ出てくるじゃん、卑屈文句」


 必死に抗弁するイグル。それを聞いてフェイルは乾いた笑みを浮かべた。そして、さっき受け取ったへヴァイスジュエル(仮定)を、木漏れ日に透かす。


「これが本物だっていう証明をするためにお前についてきてもらったんだ。……俺はこれが本物だって信じてるし、確信してる」

「……僕は夢であってほしいし、偽物だって願ってるよぉ……」

「一先ず進むぞー、早くしないと日が暮れる」


 泣きそうな弟を他所に、フェイルは慣れた足運びでどんどん前に進んでいく。今更一人で引き返すほどの度胸はなく、渋々と兄の背を追った。

 そしてたどり着いたのは遺跡の最深部。ここはフェイル曰く、何を試しても開かず、開き方もイマイチわからなかったと言っていた場所、所謂開かずの間だ。

 ただ一つある謎を解く鍵となりそうなものは、救済と慈悲の神ミロンシファルを祭る紋章が掘られた古い石壁のみ。


「イグル、これ紋章に当ててくれ」

「えっ、僕が……?兄さんがやればいいじゃないか……」

「俺が串刺しになってもいいならやってやるけど?」


 フェイルは自分の横の壁を見た。そこには縦に並ぶ穴。その中を除けば、かすかに光る、鋭利な何かがある。


「……罠?」

「そういうこと。天司以外がへヴァイスジュエルを持って紋章に触れると作動する仕組みなんだろうさ」


 と言いながら、宝石へヴァイスジュエルをイグルに渡して後ろに下がった。イグルは反射的にそれを受け取る。

 ……これが作動したら全身串刺しだろう。考えるだけで身の毛がゾワ、と総毛立った。


「えっ、いやだから僕は天司じゃ」

「少なくともそれを持っていたのはお前だろ?ならお前がやるのが一番安全なんだよ」


 ウグ、と言葉が詰まる。たしかにそうだ。寝て起きて手元にあったことは紛れもない事実。もしこれが本当に選定の証だったとしたら、選ばれたのは紛れもなくイグルだ。それならば、選ばれたものが試すのが筋というものだろう。イグルもそれを理解していた。

 しかし、度胸など持ち合わせない気弱なイグルは、どうしてもそれに躊躇ってしまう。


「……ど、どうしてもやらないとだめ……?」

「お前の歴史研究者な兄貴のためだと思って1つ頼むよ、な?」

「うえぇえ……、うぅ……」


 フェイルは手を合わせてイグルに頼み込んだ。それだけ兄は大真面目だし、真剣なのだと気づけば断りづらく、イグルは唸りながらも渋々震える手で宝石を紋章に当てた。

 ――偽物でありますように、偽物でありますように。

 そう願いながら。

 刹那、宝石と紋章が光を帯び始める。それは次第に強くなって広がっていく。もう目も開けられないほどだ。

 怯えるように目を瞑れば、何かが引きずられて動く、低く重い音が聞こえてくる。


『驚いた、まさか自分からここまで来てくれるとは。いやはや、よく来てくれた、我の愛し子』


 不意に聞こえたのは、兄の声でも自分の声でもない誰かの声。


(……誰か、いるの?)


 目を開けようにも光が眩しくて開くこともままならないが、無意識にどこからか聞こえた声の主を探ろうとする。

 その声の主は自分の心の中を読んだかのように続けた。


『あぁ、君の目の前にいるよ。目は開けなくていい。光で潰れては事だからね』

(……え、会話が……)

『ふふ、不思議だね?さて、ここに来てくれた愛しい我が子、天司の誕生を祝福しなくては。我、神だからね』

(……神、様?)

『そうとも。君は慈悲と救済の神たる我に選ばれた可愛い可愛い天司なのだよ。君はまず、他の三人の天司を集めるんだ。その道中で私の遺跡に立ち寄り、救済の間で祈りを捧げてほしい。天司に選ばれた人の子は皆、君と同じヘヴァイスジュエルを持っている。きっとすぐに見つかるはずさ。すべての天司が揃ったら、我の元へおいで』

(他の天司……?救済の、間……?)


 自分の心の声に反応して語り続ける声の主の言葉に動揺を隠せずにいると、なにか温かい手がイグルの頬を包んだ。


『まぁ、やっていけばわかるさ。それじゃあ、救済の塔で待っているよ。"治癒の寵愛"のイグル・リヒカイド』


 声の主はイグルの額と額を合わせるようにすると、優しい声が響く。その声を最後に、イグルの意識が遠のいた。


「………ル、……い、…グル、イグル!!」


 自分を呼ぶ声に、朧気な意識のまま薄っすらと目を覚ます。最初に目に入ったのは、心配げに顔を覗き込む兄、フェイルの顔。そして、見慣れた天井。


「……兄、さん」

「よかった、よかった!!確信はあったけどもしものことがあったらどうしようかと……!!」


 イグルが目を覚したことに心底ほっとしたようで、フェイルはイグルをガバッと抱きしめ、「よかった」と繰り返した。


「ちょ、兄さん、苦しい……」


 困ったように笑い兄の包容を受け止めながらも、状況を再確認する。ここは自室のようだ。おそらくフェイルが担いで帰ってきてくれたのだろう。

 手の中にはあの宝石。持っていたときは宝石のみが剥き身になっていたはずだが、今は石座にはめ込まれて、宝石には何やら紋章のようなものが浮かび上がっている。ご丁寧に紐を通せそうな穴までついていた。

 そして記憶の中で蘇る、神と名乗った誰かの言葉。


『君はまず、他の三人の天司を集めるんだ。その道中で私の遺跡に立ち寄り、救済の間で祈りを捧げてほしい』


 確かにそういった。自分が選ばれた天司で、他の天司を集めてほしいと。


「……夢、は流石にないよね……」


 兄を宥めながらぽつりと呟く。あまりに現実味がなさすぎて夢であることを信じたくなるが、手元の宝石の変化や、脳内に鮮明に残る声と温かい感触が、それが現実であると訴えていた。


「それで!?」

「へっ!?」

「あのあとどうなったんだ!?すごい眩しくなってすぐ収まったと思ったらイグルが倒れてたから、めちゃくちゃ焦って帰ってきたんだけどさ!!あの光の中でなんか見たか!?」

「あ、えと」


 興奮気味の輝く黄色い瞳で問い詰めるフェイル。その顔はさながら、読み聞かせの絵本の続きを待つ子供の顔である。


「……神様の声?がきこえたんだ。それで、僕は天司に選ばれたんだ、って。それで、他の天司を集めてって……」

「その声はなんて名乗ってたんだ!?」

「え?えと、名前は名乗ってなかったけど、たしか……慈悲と救済の神、って……」

「……まじかよ、伝承の通りだ……!!やっぱり伝承は実在してたんだ!!」


 ついに興奮が頂点に達したようで、「すげー!!」と叫びながらその場でぴょんぴょんと踊り始める。

 理解が追いつかないイグルは開いた口が塞がらず、フェイルの様子を見ている。

 フェイルは本棚から大量の本を持って戻れば、ドン!!と本を起き、バラバラと捲り始める。


「遺跡の最奥の開かずの扉、あそこがやっぱり救済の間なんだ!!そこで選ばれた天司が祈りを捧げると、ヘヴァイスジュエルが呼応して慈悲と救済の神ミロンシファルの加護が与えられる。そこで神託を聞いて、次の遺跡を目指すんだ。その遺跡巡りが全部終わったとき、救済の塔への扉が開かれる!!すっげぇ、今の所伝承のとおりだ……!!」


 イグルはひとりでに自分の中の知識や付箋のついたページを口に出しながら大興奮のフェイルを困惑気味に見た。


「……あ、うん。確かに神様って人、救済の間で祈りをって……。……え?つまり僕はその神さまの言うとおりにしないといけないの?」

「ったりめぇよ!!世界の破滅がかかってるんだぜ!?お前が世界を救うんだよ、イグル!!」


 フェイルはイグルの肩をガッと力強く掴み叫んだ。その勢いに圧倒されているイグルは当然サッと血の気が引き、顔面蒼白になる。今にも意識を飛ばしてしまいそうな状況だ。

 そんな弟とは対照的に、兄は自分のことではないのに、これから大冒険が始まると言わんばかりに目を輝かせていた。

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