#04 いざ、チャリティパーティへ

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美しく変身したアデル。さすが、カミラのコーディネートだ。だが、いまひとつ自信を持てない。パーティ会場の華やかさにも圧倒されてしまう。


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 アデルはまさに借りてきた猫の心境だった。カミラに、ナイツブリッジの最高級ヘアサロンに連れていかれ、いつもはただカールするだけの黒髪を上品な形に整えてもらった。

「なんてお美しいんでしょう」

 日ごろはカミラを担当しているスタイリストは30代で、とてもおしゃれな女性だった。

「そうでしょう?」

 カミラがまるで自分のことのように自慢げに答えた。

「お肌の透明感と美しい瞳が引きたつように、メイクは薄くしておきました。ふっくらした唇もいい色合いですから、グロスだけで充分ですわ」

 スタイリストがアデルにというよりは、カミラに向かって言う。念入りに化粧された自分の顔を鏡で見て、とんでもなく濃すぎるメイクだと思っていたアデルは、薄い化粧と聞いて仰天した。濃い化粧というのは、どの程度のことを言うのだろう。きっと別人になるに違いない。

「そうね、自然な感じでとてもいいと思うわ。アデル、素敵よ」

 カミラがうなずいた。

「そう? 濃すぎるんじゃないかしら」

「とんでもない。さあ、ドレスを着ましょう」

 先日、カミラの屋敷で選んだのは、銀色がかった乳白色のシルクのドレスだった。光の当たり方で微妙な虹色に輝くから、オークションの舞台の上で映えるとカミラが主張し、アデルも、飾りがなくてすっきりしたデザインが気に入って、合意を見たのだった。ドレスに合うダイヤのネックレスとイヤリングもカミラが貸してくれた。

 ドレスに合わせて銀色のパンプスを履き、アクセサリーをつける。鏡の前に立ったアデルは息をのんだ。当然とはいえ、だてメガネをかけて、だぶだぶの服を着たいつもの自分とはあまりに違う。別人と見まがうばかりの姿は、自分でも驚くほど美しかった。

 これなら、オークションで売れ残ってカミラに恥をかかせることもないだろう。アデルは内心安堵のため息をついた。

 準備が整うと、ヘイデン家の車でチャリティ会場のサボイホテルに向かった。カミラの伯母レディ・ヘイデン主催で、会場は最高級のホテルを使い、集まる人々も上流階級に限定したチャリティパーティらしい。

 ホテルなど、ほとんど来たこともないが、きょうは入る時の気分が違った。ドレスのおかげで、気楽に振る舞えるような気がする。チャリティに出品されること自体が恐怖だけれど、会場の雰囲気にのまれないだけでもありがたい。しかし、重厚な雰囲気のロビーを抜けていきながら、すれ違う人々が自分を見ているのに気づき、アデルは眉をひそめた。

「カミラ、わたし変? どこかにごみでもついてる?」

 人々の視線が気になり、アデルはカミラに小声で訊ねた。

「ついてないけど、なぜ?」

「みんなに見られているような気がする」

「それはあなたが美しいからよ。オーラを放っているもの。さあ、自信を持って」

 ドレスとメイクのせいだと納得したものの、これまで、美しいという理由で注目されてよかったことは一度もない。とはいえ、きょうはチャリティなのだから、寄付の金額を少しでも高くするためには、美しいと思ってもらえたほうがいい。自分にそう言い聞かせ、アデルは深く息を吸うと、背筋を伸ばして会場に入っていった。

 周囲がぱっと明るくなり、アデルは室内を見まわした。ロビーの重厚さとうって変わり、ランカスター・ボールルームは明るい色調だ。淡い水色で装飾された白い壁、天井からさがる豪華なシャンデリアが周囲の2枚扉のガラスに映ってきらめいている。すでに集まっている人々も女性は美しいドレス、男性はタキシードで装い、まるで、貴族の令嬢たちが美しく着飾って踊っていた摂政時代の舞踏会に紛れこんだかのようだ。アデルは高揚感が湧くのを感じた。

 ふたりが入っていくと、話し声が一瞬静まった。また、みんなの視線を感じ、アデルは思わずカミラのほうに寄った。

「大丈夫だから落ち着いて」カミラが小さい声で言う。「ほら、あの奥でパープルのドレスを着て男性と話しているのが伯母のレディ・ヘイデンよ。行きましょう、紹介するわ」

 カミラはそう言うなり、ざわめきを取り戻した人混みのなかを慣れた足取りで歩き始め、アデルもあわててあとを追った。

「伯母さま、こんばんは」

 レディ・ヘイデンが満面の笑みを浮かべ、両手を広げてふたりを迎えた。

「カミラ! よく来てくれたわ。楽しんでいってちょうだい」

「ええ、ありがとうございます」カミラが伯母に軽くハグをした。「伯母さま、ご紹介しますわ。こちらが今回のチャリティに出てくれることになったアデル・クライン。アデル、こちらが主催者のレディ・ヘイデン」

 レディ・ヘイデンがアデルのほうを向き、笑みを深めた。

「アデル、ようこそ。今夜はチャリティにご協力くださり、心から感謝します」

「初めまして、レディ・ヘイデン。お役に立てるかどうか不安ですが」

 レディ・ヘイデンの優雅な雰囲気に圧倒され、アデルは口ごもった。

「なにをおっしゃるの、あなたのように美しい方だったら、かなりの金額になるはず。よろしくお願いしますね」

 アデルの不安を察したように、レディ・ヘイデンが優しく言う。

 アデルはうなずいた。

 優しくて上品で、しかも威厳に満ちたレディ・ヘイデンの立ち居振る舞いに感銘を受け、アデルは自分もしっかりしなければと思った。チャリティなのだから、おずおずしないで、堂々と振る舞ったほうがいい。レディ・ヘイデンが言うように、できるだけ高額で落札されることが重要だ。

 そう思い、カミラに習って、そばを通った給仕係のトレイからシャンパンのグラスを取ったが、ほんの少しすすっただけでやめておいた。あまり強くないから、顔を赤くしてみんなの前に立つわけにはいかない。でも、色とりどりに並んだ軽食はあまりに美味しそうだったので、こぼす危険のない小さなカナッペを少しつまんだ。

 笑いさざめく華やかな人々や、美しく飾られた花々を眺める。まさに目の保養。自分とは縁のない世界。そう思いながらも、カミラに紹介された人々に挨拶したり歓談したりするうちに、アデルはいつしか会場の雰囲気に馴染んでいた。

 これは華やかな一夜の夢。だから、思いきり楽しんだほうがいい。

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