#05 オークション開始

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いよいよオークション開始! どきどきしながら舞台にあがったアデルは予想以上の高額で落札されるが……。


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 チャリティーパーティの賑わいが最高潮となった頃、チリンチリンという鈴の音が会場に響いた。

「皆さま、本日はようこそ、チャリティパーティにお運びくださいました」

 レディ・ヘイデンが舞台の脇でマイクを持って挨拶を始め、会場が静かになる。

「こちらのホテルが腕によりをかけたお食事とお飲み物をお楽しみいただけましたか? さあ、これからいよいよ、本日のメインイベントのオークションを開始いたします。司会進行役は競売人のミスター・ウッドです。皆さま、どうぞチャリティだということをお忘れなく、しっかり社会貢献をしてくださいますようお願いしますね」

 満場の拍手を受けてレディ・ヘイデンが脇にさがると、もう一方の隅に置かれた司会台でミスター・ウッドがオークションを開始した。

「ではまず、1番、ミズ・アリス・シャーウッドのご登場です」

 会場前方の舞台に着飾った若い女性が次々とあがった。ポーズを取る大胆な女性もいれば、おずおずと立ちつくす女性もいて、ミスター・ウッドの声がけで値がついていく。落札価格は1千ドルの場合もあれば、2千ドルの場合もある。一度、青いドレスを着たかわいい感じの女性に5千ドルがついて、会場がざわついた。

「アデルは何番?」カミラに小声で聞かれ、アデルは渡されたカードを示した。「15番」

「いま13番だから、もうすぐね。大丈夫、これまで見た限り、あなたがいちばんすてきよ。どんな値がつくか楽しみだわ」

 当の本人はそんな自信もなく、不安のあまり手が汗ばむほどで、余裕はなかった。

「さあ、皆さま、オークションも佳境となってまいりました。本日の目玉、ミズ・アデル・クラインの登場です」

 アデルは思わず小走りになりそうになるのを抑え、レディ・ヘイデンの威厳ある姿を思い浮かべながら、優雅な足取りで前に出ていった。そのせいか、次第に気持ちが落ち着き、舞台にあがった時は会場の様子を楽しめるくらいリラックスしていた。

 会場からいっせいにため息が漏れた。

「皆さん、この美しいレディに3カ月間恋人になっていただく権利です。始めます。いかがですか?」

「1万ドル」

 第一声に会場がどよめく。

「最初から1万ドルがつきました、おあとは?」

「1万5千ドル」

「はい、1万5千ドルが出ました」

「2万」

「3万」

「はい、そちらの方が3万。ほかにいらっしゃいませんか?」

「4万」

「4万、はい、4万、ほかはよろしいですか、はい、4万ドルで落札です」

 会場全体がさらにどよめくなか、競売人がドンと木槌を叩き、アデルが落札された。

 アデルは胸をどきどきさせながら舞台をおりた。4万ドルというのは大変な額だ。その声が聞こえた左隅のあたりに目をやったが、だれが落札したかわからなかった。いくらチャリティとはいえ、たった3カ月おつき合いする権利に4万ドルを払うって、いったいどんな人だろう。大金持ちの孤独な老人? でも、どれほど意地悪で頑固なおじいさんであっても、我慢するしかない。これで伯父の病院が存続できるのだし、恋人といっても、厳しいルールがあって一緒に食事をするとかその程度なのだから、なにがあっても、いい関係を保てるように3カ月がんばろう。

「アデル・クラインさんですね?」

 まだ興奮さめやらぬアデルのもとに紺のスーツを着た女性が近づいてきた。

「はい、そうです」

 アデルはうなずいた。

「担当の者です。どうぞこちらへ」

 女性がアデルをうながして入り口のほうに歩きだした。

 落札した相手に引き合わされるのかと思ったが、女性が案内したのは受付の奥に仕立てられたデスクだった。

「どうぞお座りください。こちらが、このオークションの説明書と契約書です。お読みになって、ご署名をお願いします」

「わかりました」

 アデルは男性が不埒な行動に走らないように細かく決められた規則を読み、ほっとしながら署名した。これを読む限り、それほどむずかしいことではない。自分でも務まりそうだ。

「落札されたのはどちらの方ですか? これからお会いできますか?」

「実は、先方のご意向で、落札されたお品は、つまりあなたさまのことですが、直接先方に配達となります。配達人が待っていますので、どうぞこちらへ」

 女性について廊下に出たところで、カミラがアデルを見つけて駆け寄ってきた。

「アデル、すばらしかったわよ。レディ・ヘイデンも大喜びだったわ。あなたのおかげでオークションは大成功ですって」

「よかったわ」アデルはにっこりした。「でも、相手がどなたか、まだ知らされていないの。これからわたし、配達されるんですって。ドレスを着替えなくていいのかしら」

「そのままで大丈夫よ。じゃあ、がんばってね、また、ゆっくり話を聞かせてね。楽しみにしてるわ」

 ホテルのロビーで金髪の若い男性が待っていた。

「ミス・クライン、わたしは秘書のフレッド・ゴールドです。フレッドと呼んでください。さあ、どうぞこちらへ」

「よろしくお願いいたします」

 ホテルの玄関の真ん前に緑色のジャガーが待っていた。後部座席のドアを開けてアデルを座らせると、フレッドは前の助手席に乗りこみ、アデルのほうを振り返った。

「到着まで十五分ほどかかります。着いたらお声をかけますので、どうぞゆっくりくつろいでください」

「ありがとうございます」

 アデルは言われるままに座席にゆったりもたれ、ほっと息をついた。パーティでも立ちっぱなしだったから、座り心地のいい革張りの座席にもたれるとどっと疲労感が押し寄せた。でも、まだひと踏ん張りしなければならない。アデルは、なにが待ち受けているのだろうとぼんやり考えた。頑固な老人といっても、セクハラでしかない言動をとる上司よりはましだろう。きちんと決められた規約があるのだから、妙な手出しはできないはず。仕事と思えばなんとかなるだろう。


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