EP1.3
現場は大量の技術者や捜査官、そして野次馬たちによって混然一体としていた。皆、百年前からやってきたいにしえの船舶に興味津々なのだ。もちろん光速宇宙船アフェリオス号が帰還したことは連日報道されており、その謎だらけの実情に世界中が注目していた。
「特殊接続捜査官、イヴ=フローレンが到着しました」
白を基調として水色のラインの入った服を着ている、女性のアンドロイド捜査官が現場監督のジェイスに声をかけた。イヴは会釈する。
「——ああ、君か。どうしてもこの宇宙船の捜査をしたいと言ったのは」
「わがままを言って申し訳ありません」
ジェイスは首を横に振る。
「いや、それは構わないのだが——今回の捜査は少しばかり難航するかもしれん」
「と言いますと」
ジェイスはぽりぽりと頭を掻いた。
「仕方のないことなんだが、今回の調査対象の生体デバイスはすべて百年前のものだ。だからいつもとはだいぶ勝手が違う。そもそもデバイスの互換性がないかもしれんし、それに——かりにバイタルゲーティングに成功したとしても、得られる情報は格段に少ない可能性が高い。とりあえず、そのことを憶えていてくれ」
HIA——Harmelia Intelligence Agency——ハルメリア情報局所属の特殊接続捜査官の仕事とは、いうならば高度な技術を用いた死体解剖だ。
生体デバイスである、網膜に装着するレンズエア、そしてその情報を処理し、記録するキューブ。これは装着者のバイタルデータをすべて記録する。すなわち——その人物が何を見ていたか、何を食べ、何を感じ、何を考えていたか——その、すべてをキューブは記録する。
基本的には、ハルメリア合衆国の長ったらしい憲法の条文によって、それを覗き見ることは禁止されている。——一部の例外を、除いて。
その例外の一つが、犯罪捜査だった。
特殊接続捜査官はキューブに接続し、他者の人生をそのまま覗き見る権限を特別に与えられている。——バイタルゲーティングし、死亡した被害者の情報を得たうえで、現場の状況から犯人、もしくは手がかりを正確に特定する。動画を再生するように——その人物の経験や心情を追体験し、そして、事件の真相を明らかにする。
そして、先ほどジェイスが言ったのは、今回はそのゲーティングがうまくいかない可能性がある、ということだ。科学技術の凄まじい発展から見れば、百年前のデバイスなどというのは古代文明のオーパーツのようなものであり、最新技術との齟齬が起こるというのは十分起こりうることだった。
イヴはふむ、とうなずいてから、
「わかりました。できる限りのことをやってみます」
と言った。
ぷしゅっ、という音と共に船内への入り口が開いた。
「……?」
どういうことだろう、と思った。これほどたくさんの人が死んだのならば、船内はとんでもない臭いがするはずだ。
「どうにも、船内のかなりの部屋がロックダウンされていたみたいなんです」
「ロックダウン、か……」
メアは続ける。
「あと、死亡したときからかなり時間が経ってるみたいで、ほとんどの死体が白骨化してます」
イヴは怪訝な表情を見せた。
「白骨化……? そんなの、バクテリアが少ない船内だと途方もない時間がかかるだろう」
ネクスト号の船内における航行期間は一年だけだったはずだ。たしかに、気温や死亡した時期によっては、白骨化まで至ることも考えられるが……。
「そうなんですよね~」
うーん、とメアは唸った。
そうして、イヴとメアは船内に入った。すでに技術官によってロックダウンは解かれているようで、自動ドアをくぐりつつ船内を探索する。
ひとりの男性の捜査官がこちらに手を振った。
「こっち、こっち」
そこは、搭乗員たちの居住区だった。一人一人が眠るために与えられた簡素な個室が通路沿いにずらっと並んでいる。
中に入ると、ベッドに横たわる白骨化した遺体があった。
イヴは尋ねる。
「——キューブは、見つかりましたか」
捜査官は立ち上がる。
「はい、こちらです」
この小さな黒い四角形の、キューブと呼ばれる精密機械を、捜査官は慎重にイヴのところに持ってくる。ここに、すべてのバイタルデータが詰まっている。
「では、さっそく——」
男がそう言いかけたところを、イヴは制止した。
「その前に——この人物の身元は特定できていますか」
あっ、すいません、と横のメアが言う。
「彼のデータをお送りしますね」
ノアはクラウドから指定されたデータを開いた。
『Name: Niehr Owen 《ニアハ=オーウェン》
Sex: Male: 《男性》
Birth: 3/4/2143《当時17歳》
Occupation: Student 《職業:学生》』
《動機》と書かれた項目には面接時の動画が添付されていた。イヴはそれを開く。
白銀の髪の毛の青年が碧色の目をきらめかせながら話す。
「どうっしても未来の世界が見たいんです! 百年後テクノロジーはどこまで進化しているのか、テレポートは実現するのか、僕らが想像もつかないようなとんでもない機械が存在しているのか、AIが本当に人類を支配しているのか……考えるだけで、わくわくしてしまいます」
イヴはそこで動画を停止した。そしてデータを下にスライドする。
《備考欄》
スペースネクスト・ゲニアス選手権優勝、イェナフ大学を飛び級で卒業、その他諸々。
そして次の一行にイヴは目を見開いた。
祖父、ノア=オーウェン
なるほど。キューブを開発した稀代の天才科学者であると同時に、政府が秘密裏に行っていた一般人に対する生体データの監視を告発し、諜報機関を停止させた偉大なる人物の孫……。しかも学業成績も極めて優秀と来ている。たしかに、乗船するに値する青年だ。
「……ありがとう」
イヴはメアにそう言ってから、捜査官が持つキューブに目をやった。
「さて」
イヴは静かに息を吸った。うまくいくだろうか? なんせ、百年前のデバイスだ。データが破損していてもおかしくない。壊れたデータにゲーティングしたときの気分は最悪だ。めまいと吐き気が止まらなくなるし、最悪病院送りになる。
しかしこれが仕事だし、今日は、真実を知りに来たのだ。
腹を決めて、イヴはささやく。
「
右手とキューブの間に蒼く強い光が発散する。吸い込まれるような感覚と共に視界が一変していく——
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