第118話 放たれた矢③
ファルガットが斃れた事に群衆が気づくのに五分ほどの時間がかかった。
倒れ込んだファルガットに目をやった周囲の枢機卿達が不審に思い体を揺り動かすファルガットは真っ黒な血をはいて絶命していた。その表情は苦痛の極致ともいうべきものであり、ファルガットは苦痛の中で死んだことが容易に想像できた。
枢機卿達が騒ぎ出し、それが群衆に伝播していき、あっという間に大騒動となった。
枢機卿が白昼に群衆達の前で暗殺された衝撃は大きかった。特に教会上層部に与えた衝撃は凄まじいものであった。
ファルガットを暗殺したロイはそのまま次のターゲットを狙って動き出す。
物陰に入ると同時に用意してあったカツラとひげをいれかえる。既に広場は騒ぎでごった返していたが、ロイを追う者は誰もいない。
「さてと…じゃああと二人いっちゃいますか」
ロイはそう軽口を叩きつつ大司教のルウェリン=シーヴと司教のロディヌ=マーキィの二人の元へと急ぐ。ファルガットの部下であるこの二人は確実にこの近辺にいるのはもちろんであるし、ロイはエルモース達からの情報で既に場所を把握している。
バタバタと聖職者達が走り回っているのをロイは皮肉気に見ながら目的の人物を見つけた。
司教のロディヌ=マーキィである。
(さて、始末するとするか)
ロイはロディヌの後をつける。そして警護の者に何やら声をかけて分かれた瞬間に声をかけた。
「司教様!!」
ロイの問いかけにロディヌは振り返った。
「どうした?」
いかにも煩わしいと言った表情でロイを見る。実際に枢機卿が白昼堂々と暗殺されたのだからそれどころではないというのが本音だ。
「は、はい。これを……」
ロイは自分が先程暗殺に使ったボウガンをロディヌに見せる。
「ボウガン?しかし、普通のものよりもかなり小さいな」
「は、はい。実はあっちの物陰にあったんです。ひょっとしたらと思って」
「そうか、どこにあったのだ!?」
ロディヌは前のめりにロイに聞いてきた。ロディヌにとってこの手がかりは自分の出世の足がかりになると考えたのであろう。ロディヌの目の奥に確かに野望の光をロイは感じ取った。
「は、はい。あっちですけどよろしければご案内いたします。他の方は呼ばなくて良いのですか?」
ロイの問いかけにロディヌは首を即座に横に振った。
(浅ましいやつめ)
ロイは心の中でロディヌへの軽蔑の言葉を吐く。他の者を呼ばない選択は間違いなく手柄の独り占めを狙ったものであり、ロイはロディヌの評価が正しかったことを確信した。
「こっちです」
ロイはロディヌを先導する。そして角を曲がったところでいきなり振り向くとそのまま構えたボウガンの矢を放つ。
「が…」
ロディヌの腹に突き刺さった矢を見てロディヌは膝ががくんと落ちる。ロイはそれをすっと支えて歩いて行く。傍目にはロディヌが体調を壊しロイがそれを支えているようにも見える。
「あれ?どうしたんです?いきなり?」
ロイの言葉にロディヌは苦悶の表情を浮かべていた。もちろん、ロディヌは叫ぼうとしているのだが矢に塗られた毒による苦痛で、声が出せない。
「大丈夫ですか?人呼んできましょうか?まぁ人が来てもどうにもなりませんけどね」
ロイの言葉の調子が突然冷たくなった。その事を感じ取ったロディヌは恐怖の表情を浮かべた。ロイの言葉をそのまま解釈すると自分はもう助からないということであるからだ。
「大丈夫、うちの頭領は優しいからお前の仲間達も地獄にちゃんとおくってやるから感謝しろよ。安心したか?それじゃあ苦しみ抜いて死ねよ。薄汚い人身売買野郎」
ロイの冷たい言葉にロディヌは目を見開いた。自分の罪を知られている事に恐怖を感じたのである。
そしてロディヌはファルガット同様に真っ黒い血を吐き出した。
「あらら、毒が回りきったみたいだな。お祈りは自前だ。てめぇで唱えろ」
ロイの言葉にロディヌは絶望の表情を浮かべた。自分の人生がここで終わることにまったく納得していない者の表情であった。
ロイは動かなくなったロディヌを冷たく一瞥するとその場を離れた。
翌朝……
大司教であるルウェリン=シーヴの死体が見つかった。教会にある自室で殺害されていたシーヴの苦悶の表情を見た聖職者達はみな恐怖にとらわれ、部屋から出てこなくなる者が続出するほどであった。
何しろ警備のいる教会において誰の目にも触れずにシーヴは苦悶の表情を浮かべるような殺され方をしているにも関わらず、
次は自分かも知れないと恐怖するのも当然であった。
事態を重く見たイヴァルク4世は箝口令を引いたのだが、すぐに今回の暗殺はイヴァルク4世とカーライル=セインハルであるという噂が広まり始めることになった。
何かが壊れ始めたことを誰もが感じ始めていた。
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