第117話 放たれた矢②
ロイは宿屋で食事をとってからイエルゼン広場へと出かけていく。
宿屋の主人と軽く世間話をして出かけるロイはどこからどうみてもこれから枢機卿を暗殺しようとしているようには見えない。
ロイはあくびをしながら歩いてる。途中ですれ違う人たちに「おはようございます」と挨拶を怠らない。これは一種の怪しくないですよというアピールのために行なっていることである。
ロイは五日前にリゼリアに到着してから道行く人にニコニコしながら挨拶を行なっている。
アイシャと双子ということもあり、なんだかんだ言ってロイの容姿も相当に整っているのである。そのような容姿の良い者がにこやかに挨拶をするのだ。された側が不快になるわけはない。ロイは地道に周囲の人たちの好感度を上げて仕事をするのである。こうすることで自分に疑いが来るのを少しでも遅らせようとしているのだ。
「おっちゃん、まだやってないの?」
イエルゼン広場に着いたロイは三色スミレの看板を出しているメルバーににこやかに声をかけた。
「まだそんな時間じゃないだろ。ぐるりと一回りしてこいよ。その頃には準備終わってるからさ」
メルバーはそういうと回ってこいというジェスチャーをとった。この辺りも周囲の者達に不審がられるような点は一切ない。
「ほーい。じゃあおっちゃん、牛串二本、タレでよろしくね」
「わかったよ。毎度あり。
「塩も嫌いじゃないんだけど。やっぱりここのはタレがいいからさ」
「そうか。塩もいけるんだがな。今回はしょうがないな」
「タレでいいんだよ。そじゃあ回ってくるわ」
ロイはそう言ってメルバーに手を振り歩き出した。
(警備に変化なし……か。順調だな)
ロイは先ほどのメルバーとの会話で今日の警備状況がいつもと大差ないことを確認する。もし、いつもと違うのであればメルバーは塩をすすめる手筈になっていたのである。ところがタレを頼んだ時に訂正がなかった。ロイは計画が順調に推移していることを察したのだ。
ロイはぐるりと一周してからメルバーの店で牛串を買い。時間までのんびりと過ごすことになった。その際に警備の者達にもにこやかに挨拶して好感度を少しでも上げることに余念はない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロイはそのような開催を今か今かと待ちわびる
いや、正確には装っているのではない。ロイにとって開催の宣言は任務の実行のキーワードである。ロイはこの手の任務の実行に対して自分自身で実行の合図を出さない。今回のように教皇の開催の宣言を合図に設定することで、周囲に放つ殺気をひたすら抑えるのである。こうすることで不自然さがかなり軽減できることをロイは知っているのだ。
「楽しみですね」
ロイは和やかに両隣の人達に話しかける。ロイの現在の風貌は、赤い髪のカツラに、口ひげとあごひげをつけ、そして目元に泣きぼくろをつけるという変装をしている。
ロイが両隣の者達にはなしかけるのは変装した姿を印象づけるためである。後に捜査で印相を聞かれたとしても、「赤髪、ひげ、目元にほくろ」という特徴が告げられることにより、ロイへの追求が及ばないようにという狙いである。
「ああ、今年は大きな旅一座が来るって話で楽しみだよ」
「そうそう、三年ぶりだよ」
「へーそうなんですか」
「兄さん知らなかったの?」
「ええ、フラスタルからの仕入れで来たんですよ」
ロイの返答に両隣の人は納得の表情を浮かべた。
「ほー結構遠くから来たねぇ」
「ええ、
「なるほど、上手いことやったもんだな」
「ええ、妻と子どもにお土産は買ってか入りますけど、やはりこういう役得は欲しいですよ」
「そりゃそうだ」
ロイと両隣の男達は笑いあった。
(うーん、ちょいと罪悪感だわ)
ロイは楽しみにしている
だが、これにより任務の遂行を躊躇うことなど一切無い。むしろ、暗殺という行為よりも
「おっ始まるぞ」
教皇が壇上に上がると群衆の目が教皇に集中する。次いで枢機卿達が一段低いところに並び始めた。
群衆達も口をつぐみ教皇の発言を待つ。
(ファルガットの位置は情報通りだ、さすがはエルモースさん達だ)
「今日は
教皇イヴァルク4世の演説が始まるがロイはそれを聴いているようでまったく聞いていない。ロイが気にしているのは
(演説ってやっぱり長いよなぁ。まぁ俺はこいつが嫌いだから余計に感じるんだろうな)
ロイは心の中でそう呟く、同じ演説でもジオルグのは聞き入ってしまうのはやはり人物の好き嫌い故であろう。
「それではこれより
そんな事を考えていると教皇の口から
ロイは教皇のその言葉を聞いた瞬間に自分の中でモードを切り替えると懐からボウガンを取り出すと同時に狙いをつける
放たれた矢はまっすぐにファルガットの右胸に突き刺さった。
ロイはそのままボウガンを再び引く。このボウガンは暗殺用のもので小型であり、専用の道具を使わなくても、引くことが可能なのだ。その分射程距離は短くなると言う欠点はあるがロイにとってはさほど問題ではない。
次の矢を装填すると呆然とした表情のファルガットへ矢を放った。放たれた矢はファルガットの腹部へと突き刺さる。
「とどめ……」
ロイは三発目を流れるように装填するとファルガットの掌を射貫いた。ここで掌を射抜いたのは毒を確実にファルガットの体内に入れるためである。
ファルガットが崩れ落ち、激しく痙攣している、痙攣は毒によるものであった。
だが、群衆の中でロイの行動に注目している者はだれもいない。
(あと二人、始末しないとな)
ロイは開催を喜ぶ群衆の中を開催を喜ぶ表情を浮かべながら消えていった。
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