第115話 得る者と失う者

 ビムレオル大聖堂の聖職者達が逮捕された事はガルヴェイトの王都であるイーファレイトを駆け巡った。

 王太子イルザム自らが軍を率いてビムレオル大聖堂の聖職者達を連行する様を王都の住民が目撃することになった。


「何事だ?」

「何でも教会の方々がエアルドを売りさばいていたらしい」

「なんだよそれ、嘘だろ」

「いや、本当らしい。王太子殿下が陛下の名代として直々に捕縛したって話だ」

「ふざけやがって、何が枢機卿だ!!俺達を虚仮にしやがって」

「何が神を信じろだ!!クソヤロウ共が!!」


 住民達の声が一秒ごとに怒りを含んだものへと変わっていく。聖職者達は住民達からの怨嗟の言葉に耳を塞ぎたくて仕方がないのだが、縛られているためにそれは叶わない。


「おい、あのセインハルってやろうは陛下と王太子殿下を暗殺するつもりだったらしいぞ」

「なんだと!?」


 そして、暗殺という言葉が発せられると一気に広がり、しかも怒りも一気に跳ね上がった。


(な、なんなのだ?なぜ私はこんな目に遭ってる?教皇の命令など知らないし、そんなもの今の今まで存在すらしなかったはず……)


 カーライルは罵声を浴びながら重い足取りで歩く。


(まさか…嵌められた。ここに私を派遣したのはイヴァルク4世だ。間違いないやつが私を嵌めたのだ)


 カーライルは心の中でイヴァルク4世への呪詛を吐き出そうとした瞬間、頭部に激しい衝撃が走った。


「ぐ…」


 あまりの痛みにカーライルは蹲りそうになるが縛られた両腕が引っ張られてしまい、そのまま歩き続けることになった。カーライルに走った衝撃は住民の誰かが石を投げつけたのだ。


「やめよ!!」


 士官が叫び投石を制止しようと声をあげる。


「邪魔しないでくれ!!」

「そうだ!!」

「陛下や王太子殿下を暗殺しようなんて許せるはずないだろ!!」


 住民達の言葉に士官は唇を噛みしめて住民へ言い放った。


「我らとてお前達と同じ気持ちだ!!だが王太子殿下はとらわれた相手を一方的に痛みつけることをよしとしない!!王太子殿下のその心意気を臣民であるお前達は理解しないのか!! 王太子殿下の覚悟に泥を塗るつもりか!!」

「う…」

「し、しかし!! こいつらはガルヴェイトに麻薬を撒き散らしたし、陛下や王太子殿下を暗殺しようとした…俺達を虚仮にするにも限度ってもんがある!!」


 住民の訴えに士官も口を開けない。住民達の声は何よりも自分も思っていたことだったからだ。


「何事だ」


 そこに当の本人であるイルザムがジオルグを伴って現れた。


 王太子の登場に住民達は驚き一斉に頭を下げる。


「うむ、それでどうしたのだ?」


 イルザムの優しい声に問われた住民は恐縮しながらも答える。


「王太子殿下!!お、おれ……いえ私はガルヴェイトが大好きです!!」

「うむ」

「それは陛下や王太子殿下がこの国を治めてくれてるからです」


 住民の言葉に周囲の住民達も同意するかのように頷いた。


「あいつらは陛下や王太子殿下達が築いた国をエアルドなんかで穢しやがった!!それどころか陛下や王太子殿下を殺そうなんて聞いて黙ってられないです!!」

「そうだ!!」

「許せねぇ!!」

「莫迦者!!」


 住民達の言葉にイルザムが一喝する。イルザムの一喝を受けて住民達は凍り付いた。


「この者共は確かに我がガルヴェイトの民達をエアドルで穢した!!許しがたい蛮行だ!!到底許せぬ気持ちは私もお前達と同じだ!!だが、我らは正々堂々と教会に対し事の次第を問いたださなくてはならない!!我らは正義を持って悪辣なリゼルトスを罰せなくてはならぬのだ!!それは動けぬ者に罵声を浴びせることではない!!」


 イルザムの言葉に住民達は恥ずかしそうに頭を下げた。イルザムの言葉は誇り高き王の言葉そのもののように感じられ、自分達が王家の名誉を傷つける行為を行ってしまったことを恥じたのである。


「だが、お前達の信頼嬉しく思う」


 そして一転して優しい声で住民へと語る。その言葉に住民達は最初戸惑った。


「お前達の信頼を裏切ることはしないことを我が名イルザムとアルゼイス王の名誉にかけて誓おう。この者共は正式な法の裁きによって罪を贖わせる。お前達が受けた屈辱は我らが晴らして見せよう」


 イルザムの言葉に住民達は涙ぐみ、何人かは間隙のあまりに泣き始めた。


 パチパチ…


 やあがて小さな拍手が起き、それは止むことなくどんどん大きくなり同時に王太子やアルゼイスを讃える言葉となった。


『王太子殿下!!』


 大きくなった言葉にイルザムは手を挙げて応えると歓声が一際大きくなる。


 イルザムが一つ頷くと再び行列は進み始める。ジオルグはイルザムに話しかけた男に小さく視線を向けると男も一瞬であるが小さく笑い頷いた。


(あ、あぁ……私を、いやリゼルトス教会を嵌めたのはこの男だ)


 カーライルはジオルグと男のやりとりを見た瞬間にその事を察した。


 ジオルグはカーライルが気づいた事を察したが侮蔑の視線で一瞥するとそのままイルザムを追った。


(よくやってくれた。ジオルグ)

(御意)

(お前の配下は名優だな。あとでそう伝えておいてくれ)

(承りました。王太子殿下も名演技でした。まぁ半分以上は本心でしょうけど)

(ふ…さてな)


 ジオルグとイルザムはそう小さく会話する。ジオルグの仕込みによりイルザムのメイセイをあげることで相対的にリゼルトス教会の権威の失墜を狙った故の劇場で会ったが、ジオルグは半分以上はイルザムは本気で民達に語っていた事は分かっていた。


(どうやらセインハルが自分が我々に嵌められた事にやっと気づいたようです)

(所詮は素人だな)

(御意)


 イルザムの言葉にジオルグは簡潔に答えた。

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