第114話 狩りの時 裏

「かかれ!!」


 王太子であるイルザムの命令に応えるように兵士達が一斉にビムレオル大聖堂へと突入してくる。放たれる威圧感は凄まじいものであり、多くの聖職者は呆然として何をすべきか、どう動くべきか判断することが出来なかった。


「枢機卿逃げましょう!!」


 秘書のこの言葉に呪縛を解かれたかのようにセインハルの部下達も逃げ出した。


「ひ、どういうことだ!!」


 カーライルの部下の一人であるレドモンド=ギーム司教は混乱しつつも夢中で逃げ出した。


「やめてくれ!! 私は何も知らない!! 助けてくれ!!」


 あちこちで聖職者達がエアルドに関わっていない事をアピールしているが兵士達は構わず聖職者達を殴りつけているのが目に入る。


「セインハル以外殺しても構わん。逃亡を図るものは容赦なく斬れ!!」


 苛烈な指示がギームの耳に入る。この指示は一種の示威行為であり、聞いた者の抵抗の意思を削ぐためのものであるのだが、混乱している聖職者達にはそこまで考えるような余裕はない。


 ギームは恐怖のために正常な判断ができていない。ひたすら兵士達の形をした暴威から逃げるしかないのである。


「とにかく隠れなければ」


 ギームは聖堂の中に入りとにかく身を隠せる場所を探して走り回ることになった。


 ガシャン!!

 ドガァ!!


 あちこちで兵士達が踏み込む音が聞こえてくる。ギームは顔を青くしながら走り回る。


「おやおや、エドモンド・・・・・=ギーム司教ではないですか」


 その時、微妙に名を間違えて呼ばれた。ギームが振り返るとそこには五人の兵士が立っていた。


「消すか?」


 その中の一人が何の感情も含まない言葉で問いかける。その内容にギームはどくんと心臓が跳ねる。


「いや、お屋形様は殺すなという命令を下されているから殺しはせんよ」

「そうか。わかった」

「すまんが、こいつは個人的に許せんことしたので少しばかり意趣返しをしたい。お前らは先に任務を遂行していてくれ」

「いいだろう。勢い余って息の根を止めるなよ」


 他の四人はそういってスルリとギームの横をすり抜けた。


(な…いつ俺の横を)


 ギームの横をすり抜けた事に気づいたのは既に四人がギームから三歩の距離の場所である。四人がその気であればギームの命は既に奪われていることに気づくとガタガタと震え出した。


「お、お前達は…一体」


 ギームの言葉は残った男は答えない。そして次の瞬間に男はギームの間合いにいつの間にか入っていた。間合いに入った男はそのままギームの右脇腹に痛烈な拳を叩き込む。


「が…」


 あまりの衝撃にギームは息が出来なくなってしまう。そして次の瞬間に男の追撃がギームの顔面に放たれる。男の放った追撃とは右肘である。ギームは当然躱すことが出来ずにまともに顔面に受けるとギームは吹っ飛び扉にぶつかった。

 凄まじい衝撃だったためにギームは崩れ落ちそうになるがそれよりも早く男がギームの首を掴むと扉に押しつけた。


「が…ぐぅ…」


 苦痛の声をギームが発すると血に混じって数本の歯が落ちる。


「お屋形様への無礼、少しは思い知ったか?」


 首を掴まれたギームは自分を暴行した男が誰か気づいた。


「お、お前……ザーフィングの……使用…人」

「ふん、間抜けが今頃気づいたか」


 ギームを締め上げている男はライドである。


「な、なぜお前が…ここに?」


 ギームは明らかに困惑した表情でライドに問う。その問いに対してライドはニヤリと嗤うだけだ。だがそのライドの嗤いを見た瞬間にギームはガタガタと震え出した。まるで超常的な力により自分の運命を悟らされたかのようである。


「お前らに嫌がらせ・・・・するためだよ」


 ライドはそう言ってもう一撃ギームを殴りつけた。そのまま手を離すとギームは崩れ落ちる。


 崩れ落ちたギームを見下ろし処置・・をしてしばらくするとドタバタと兵士達がやってきた。


「おお、そいつは?」


 ライドに兵士が声をかけた。ライドは少しばかりホッとした表情を浮かべた、その表情は援軍が来たことに対する安堵の表情にも見える。


「わからん、この部屋から飛び出してきたんだが、俺の姿を見ると襲いかかってきたんだ。殴り飛ばしたら気絶しちまったよ」

「そうか、お疲れさん」

「こいつを連れて行こうぜ」


 ライドを兵士達は労う。倒れ込むギームを乱暴に立たせようとしたとき、懐からボトボトと数個の紙に包まれた物が落ちた。


「ん?なんだこれ?」


 兵士が包み紙を開くと何やら固形物が姿を見せる。


「ん?こりゃあ、もしかして……」


 兵士が固形物のにおいを嗅ぐと顔をしかめた。


「やっぱりだ。こいつはエアルドだぜ」

「なんだと!?」


 兵士の言葉に他の兵士達も色めき出す。


「そうか、こいつは証拠隠滅しようとしたんだ!!」


 ライドの言葉に兵士達も納得の表情を浮かべた。


「ふざけやがって!!この期に及んでなんて汚ぇやつだ」

「とんでもねぇクズだ」

「ああ、王太子殿下の言ったことは本当だったんだ。こいつらがエアルドをばらまいてたんだ」


 兵士達の怒りはどんどん増していく。


「こいつを連れて行くから、すまないがこいつの持っているエアルドを持ってきてくれないか?」

「ああ、わかった」

「それから、そこの部屋にまだ何かあるかも知れないから俺の代わりに何か出ないか探しておいてくれ」


 ライドの言葉に兵士達は頷いた。


「それじゃあ頼む。俺はこいつを聞きだしたら他のところを探す」

「ああ、任せてくれ」


 ライドの提案に兵士達は快諾すると部屋に突入していった。


(さて、これでよし……少し探せばエアルドも見つかるからこいつらの手柄にもなるな)


 ライドは心の中でそう呟く。兵士達にも功績をあげさせようというライドの計らいである。


(アホウが誰の怒りを買ったか処刑台で気づくがいい。俺だったらあんな怖い方々の怒りなんか絶対に買いたくないがな)


 ライドは心の中でそう呟く。


 ライド達を潜り込ませるために今回の作戦には複数の舞台を混在させた臨時編成を行っていた。もし一つの部隊であればライド達が潜り込ませてもバレてしまう可能性があるが、複数の部隊の臨時編成であれば、見知らぬ者がいるのは当然であり、ライド達の行動がバレにくいのである。


 幾重にも幾重にも張り巡らされたある罠をくぐり抜けられる者などいないとライドはいないと思っていた。

 

「おっと、まだ終わりでなかったな」


 ライドは小さく呟く。この後ライド達はリゼルトス教会の悪行のを流さなければならないのだ。


「どうしてこうなったか…こいつらはわからんだろうな。だが俺達は知ってるぞ。あの方々を怒らせただけだということをな」


 ライドの呟きは小さく誰の耳のも届かずに消えていった。


 

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