第112話 狩りの時③

「無礼者!! 私を誰だと思っている!!枢機卿であるカーライル=セインハルだぞ!!」

 

 捕えられたカーライルは当初はおとなしかったのだが、突然喚き始めた。このままイルザムの元に連行されれば命が危ないという危機意識からである。


バギィ!!


 隊長がカーライルの頬を容赦なく殴りつけた。殴ったことはあっても殴られた経験の乏しいカーライルは痛みも忘れて呆然としてしまう。


「黙れ!!クズが!!」


 次いで隊長がカーライルを怒鳴りつけた。隊長の剣幕にカーライルはビクリと身を震わせた。


「卑怯者が!!貴様がここにいたということは部下の断末魔の叫びを聞いていたはずだ!!ところがお前は我が身可愛さにここで隠れてたくせに!!」

「うっ」


 隊長の言葉にカーライルは返答することができなかった。それは彼自身も理解していることだったからだ。


「何が枢機卿だ!!自分だけ助かろうとしたクズの分際で枢機卿?はっお前のようなクズが出世するからリゼルトス教会は腐ってるんだよ」

「だ、だ」


 隊長の言葉にカーライルは反論しようとするが口がうまく動かない。隊長の言葉の内容ではない。自分に向けられる軽蔑、嫌悪、侮蔑というありとあらゆる負の感情がカーライルにとって未経験のものばかりであり、対応する術を持たないのだ。


「連れて行け!!」

「はっ!!」


 隊長の命令を受けて兵士達がカーライルを連行していく。


 部屋を出たところでカーライルの目に秘書の死体があった。


「殺される前にお前が名乗り出てれば死ななかったかもな」

「殺したのはお前達だろう!!」


 兵士の吐き捨てるような言葉にカーライルはつい反応してしまう。


「お前が殺したんだよ!!」


 兵士の言葉にカーライルは二の句が告げない。


「枢機卿様にとっちゃ下っ端の命よりも自分の方が大事なんだろうが、こいつはお前が名乗り出てくるのを待ってたんじゃないのか」


 兵士の嘲笑混じりの言葉にカーライルは屈辱のために目も眩む思いだ。


「さっさと歩け」


 兵士の一人がカーライルの背中を蹴ると。衝撃でカーライルはつんのめって転びそうになった。


「く、きさ……」


 カーライルは振り返り兵士を怒鳴りつけようとするが、武器を構える兵士の姿が目に入ったことでその言葉を飲み込んだ。


(くそ……なぜこの私がこのような目に)


 カーライルは歯を食いしばりながら歩き出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 イルザムの前に連行されたカーライルはイルザムとその隣に立つジオルグを睨みつけた。


「王太子殿下!!これはどう言うことでございます!!このような無法が」

「黙れ!!」


 カーライルがイルザムを責め立てようとしたが、イルザムの一喝によりカーライルは言葉を止められてしまう。

 すでに大部分のビムレオル大聖堂の聖職者達はイルザム達の前に座らされていた。ひどい折檻を受けた者ばかりのようで聖職者達は恐怖の表情を浮かべている。カーライルがやってきたことで、イルザムを論破し自分達が逆転できるのではないかという一縷の望みを持っていた者達が一定数いたらしくイルザムの一喝はその希望を打ち砕いた瞬間でもあった。


「よくもガルヴェイトの民をエアルドで穢してくれたな!!」

「我々には何のことか」

「ではなぜここで大量のエアルドが見つかっているのだ!!」


 イルザムの指さした先に紙袋が相当数積まれている。一つ一つの紙袋は小さいが数が多いために相当な量があることがわかる。


「そんなはずはございません!!」

「我々が何も知らないとでも思っているのか?」


 イルザムの自信たっぷりな言葉にイルザムはゾクリとした感覚が発した。


「ローキンスが吐いたぞ」

「は?……へ?」


 イルザムの言葉にカーライルは間抜けな返答をしてしまう。その様子を見たイルザムはカーライルに侮蔑の視線を向ける。


「ローキンスはエアルドの取引中に我らが捕縛したのだ。それで洗いざらい吐いた」

「な、何ですと……?」

「エアルドに関わっているのはお前だけ・・でない。教皇イヴァルク4世もだ。それにスペンサー=レイフリス、セス=ゴルトー、タージー=マクラスの三人の枢機卿の名もローキンスの口から出た」

「な……」


 カーライルは完全に意味が分からず呆然とした声で返答する。その様子を周囲の聖職者達だけでなく、兵士達も見ていた。


 聖職者達は顔を青くしてガタガタと震え始めた。教会が麻薬密売などという恥ずべき行為を行っていた事と自分達が厳罰に処されることを実感したのだ。そして兵士達は顔を青くする聖職者達の様子からイルザムが真実を告げていると言う思いをさらに強くした。


「王太子殿下!!」


 そこに二人の兵士が駆け寄ってくる。周囲の兵達が暗殺者の可能性があるため動こうとするがそれをイルザムが手で制する。


「何事だ?」


 イルザムの問いかけに二人の兵士は跪く。


「セインハルの捜索をしておりましたところ、セインハルの執務室に書状が何通かございましたので持って参りました」

「書状か」

「はっ、教皇と何人かの聖職者の名前がございましたので……」

「ほう、教皇のか」

「はっそれにセインハルの教皇宛ての書状もございました」


 イルザムと兵士の言葉のやりとりにカーライルはさらに混乱してしまう。ガルヴェイトに来てからイヴァルク4世からの書状など届いてもないし、書いてもいない。もちろん他の聖職者からのも同様である。


(い、一体何の事だ……?何が起こっている?)


 カーライルは自分が何に巻き込まれているのかわからない。まるで遠い出来事のように思えて仕方が無かった。


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