第111話 狩りの時②

 イルザムの命令と同時に兵士達はビムレオル大聖堂へとなだれ込んだ。


 ビムレオル大聖堂にはもちろん警備の者達はいるのだが、イルザムに指揮された軍に包囲され、しかも先程のイルザムの檄によりもはや士気など最低レベルにまで落ちている。


 それに抵抗する者は殺すというのならば抵抗しなければ・・・・・良いという判断に落ち着くのは当然の帰結であった。


 警備の者達はリゼルトス教会に雇われているが、組織のものではない。単純に生活の糧を得るために雇われているだけなのだ。警備達は我先に武器を手放すとその場に蹲った。

 蹲った警備の者達は兵士達に立たされると一箇所に集められた。兵士達が槍を構え抵抗した瞬間に殺される事を察した警備の者達は下手な抵抗をすることなくその場に座った。このような時に抵抗する必要はない。イルザムの檄からリゼルトス教会の聖職者はエアルド密売の容疑がかかっているようではあるが、自分達はそうでない。実際にエアルド密売に関わっていない以上死刑になる事は無いという算段であったのだ。

 無抵抗であった警備達は暴力を振る割られることはほとんどなかったのである。


「お見事です。王太子殿下」


 ジオルグが檄を発したイルザムを称賛した。これはお世辞でも何でも無く兵士達の士気を爆発的に上げ、ガルヴェイトの正当性を示すと同時にリゼルトス教会の正当性を粉砕してしまったのである。正義の席は一つしかない以上、敵に取られるわけにはいかないのだ。


「ふ、ここまでは上手くいった。次はザーフィング侯の番だな」

「お任せください。既に手の者を潜り込ませております」

「さすがだな。手際が良い」


 ジオルグの言葉にイルザムは嗤う。


「動かぬ証拠がすぐに見つかります・・・・・・ので、しばしお待ちください」


 ジオルグの言葉にイルザムはニヤリと嗤う。ジオルグの言葉の意味は『証拠を作る』という意味である事は明白であるが、イルザムはそれを咎めるようなことはしない。

 イルザムにとってもこれは犯罪の摘発などではなくであり、教会は敵という認識なのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あそこにセインハルがいたぞ!!」


 怒号の声がカーライル達の耳に響く。


「枢機卿逃げましょう!!」


 秘書の震えた声にカーライルは一瞬の自失から戻ると兵士達から逃れるために一目散に逃げ出した。カーライルの後に部下達が続く。


 カーライル一行を兵士達が一斉に追う。兵士達の凄まじい殺気に部下の一人が慌てふためき足がもつれて転んでしまう。


「ひぃぃぃ!!」


 転んだ部下は即座に兵士達に取り押さえられ次いで立たせられると兵士達に容赦ない殴打を受けた。こうすることで抵抗の意思を削ぎ逃亡することを防ぐ趣旨であるが、イルザムの檄が効き過ぎたからか折檻に容赦がいつもよりも欠けていた。


「探せ!!逃亡する者は殺せ!!セインハル以外死んでも構わん!!」


 指揮官の一人の命令が響き渡った。


「ひぃぃぃ!!助けてくれ!!」


 捕まった聖職者の一人が引きずり回され兵士達が容赦ない折檻を行う。


「このクソ野郎がぁぁぁ!!」

「エアルドなんてばらまきやがって!!」

「ひぃぃ!!信じてくれ!!儂はなにもやってない!!エアルドなんて知らないんだぁぁ!!」


 あちらこちらで逃亡した聖職者達へ暴力が振るわれる。聖職者達にとって本当にエアルドに関わっていないものもいたのだろうが、そんなことはもはや関係ないのである。イルザムが名指しで教会を犯罪組織として断じた以上、今まで守られていた聖職者としての地位など何の役にも立たないことに思い至らなければならなかった。



「はぁはぁ……」


 カーライルは部屋の隠れ場所で一息ついてた。周囲の怒号と聖職者達の泣き叫ぶ声を聞いても怒りではなく恐怖の感情しか湧かない。逃げる間に部下達とはぐれてしまったのである。その事もカーライルの心を恐怖が占めている理由の一つである。


(何なのだ?どうしてこうなる?)


 ガチガチと歯が鳴るのをカーライルはどうしても抑えることができない。捕まれば殺されるという恐怖感に打ち克つことがどうしても出来ないでいたのである。


「王太子の言葉は……本気だった。本気でリゼルトス教会と事を構えるつもりだ」


 カーライルはブルリと身を震わせた。カーライルがエアルドの密売に手を出したのは教会の権威を背景にすれば各国は手を出せないという前提があった。その前提が崩れてしまった以上、恐怖を撥ね除けることが出来なくなるのは当然である。


「カーライル=セインハルはどこに行った!!言え!!」


 扉の向こうで兵士の怒鳴り声が響いた。


「し、知りません!!」


 否定する声は秘書のものであった。


(あ、あいつ……捕まったのか)


 カーライルは一気に血の気が引いた。部下とはぐれてしまったカーライルのために秘書が自分の隠れ場所を知っているはずはないと思ってはいるが、万が一と言うこともあるため気が気でないのである。


「こいつはセインハルの秘書だ。知らないわけない!!」

「ほ、本当に知らないんです!!」

「ふざけやがって!!庇う気だな!!切り刻んでやれ」

「おお!」

「ま、待ってくれ!!ほ、本当に知らないんだ!!」


 秘書の声は恐怖に歪んでいる。カーライルが秘書の叫びを聞いた以上、聖職者として取るべき行動をカーライル自身は知っていた・・・・・。だが、彼はそのすべきことを選択することは出来なかったのである。選択できなかった理由は恐怖故であった。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 秘書の絶叫が響き渡った。そしてドサリと倒れ込む音がカーライルの耳に確かに聞こえた。


「莫迦なやつだ。所詮は売人か」


 兵士の吐き捨てるような声がカーライルの恐怖をさらに煽る。


「虱潰しするしかないな」

「ああ、面倒だがそうするしかないな」


 兵士達の苛つきを隠さない声にカーライルはゴクリと喉を鳴らした。


 耳を澄ませばあちらこちらの部屋でドアを蹴破る音が聞こえてくる。


「こりゃあ、エアルドだぞ」

「こっちもだ」


 あちらこちらで兵士達のエアルドを見つけた声が聞こえてきた。


(ど、どういうことだ? ここにエアルドがあるはずない・・・・・・。ここにエアルドは一切置いていないはずだ)


 カーライルは混乱していた。カーライル一派はエアルドをビムレオル大聖堂に持ち込んではいなのである。エアルドの保管場所は別の教会なのだ。


 ドガァァ!!


 カーライルがビクリと身を震わせる。どうやらカーライルが隠れている部屋に兵士達が捜索に来たらしかった。そのためにカーライルは疑問を考える事を止め、ただただ息を殺して嵐が過ぎ去るのを待つ。


(大丈夫だ。気づくはずない)


 カーライルはガチガチと歯が鳴るのを必死に堪える。歯の鳴る音で隠れ場所に気疲れでもしては目も当てれないからだ。


 ギィ……


 タンスの扉が開けられたのを感じ、カーライルの心臓は大きく跳ねた。


(気づくな…気づくなよ)


「いたか?」

「いや、いないな」


 兵士達の会話にカーライルは胸をなで下ろしかけた。カーライルの隠れ場所と兵士達は1メートルも離れていないのである。


「お前達、きちんと調べろ」


 そこに隊長らしき人物の声が聞こえた。


「ん?」


 隊長の言葉にカーライルの心臓が跳ねる。


 ガチャ……


 タンスの奥にもう一つ隠し扉があり、そこに人一人隠れる程の広さの空間が用意されており、そこにカーライルは身を潜めていたのである。


「セインハル枢機卿、王太子殿下がお待ちです。来てもらおうか」


 隊長の言葉にカーライルは声も出すことが出来なかった。


 ガルヴェイト軍突入から約三十分後、カーライル=セインハルは捕縛された。


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