第109話 閑話~ロイの置き土産~

 カーライル達がガルヴェイトで活動して一週間ほど経ってロイが仕事のために、リゼルトス教会の総本山である法都『リゼリア』へ向けて出発する日になった。


「それではジオルグ様、行って参ります」

「頼むぞ。お前に関して杞憂であるだろうが、ファルガットを消せなくても私にとって失敗ではない」


 ジオルグの言葉にロイは苦笑をする。ジオルグの気遣いを察したからである。王命を遂行できない事が失敗にならないわけは無い。なによりジオルグの信頼に答えることが出来ないことはロイにとって恥以外のなにものでもない。


「大丈夫ですよ。ジオルグ様が俺を指名したのは確実・・だからですよね?ジオルグ様の信頼に応えて見せますよ」

「お前ならそう言うと思ってはいたが、今回の件は事が事だからな」

「その辺りは了解していますよ」


 ジオルグとロイはそう言って互いに笑う。ロイの今回任された仕事は次期教皇の有力候補とそのてしたを始末することだ。しかも降誕祭イエファルという教会の年最大級のイベントでそれを行う事であり、普段よりも警備は厳重になっているため、その難易度は跳ね上がっているのである。それにもかかわらずロイの態度は余裕そのものでありつつ、ジオルグもそれほど心配していないのである。


「まったくジオルグ様に対して気安いにも程があるわよ」


 そこにアイシャがロイに苦言を言う。ジオルグがロイの態度に怒るなどと言うことはないのは知っているが、ロイの態度はジオルグへの無礼のように感じる事があるのだ。


「なんだ、嫉妬か?うむうむ、そうだなジオルグ様へ……うぉ!!」


 ロイがアイシャに軽口で返答しようとしたがその途中でアイシャの裏拳が放たれた事により中断された。


「おまっ……俺じゃなかったら顔面潰れてたぞ」


 アイシャの裏拳を躱したロイが抗議を行う。ロイの頬に一筋の汗が流れたのはアイシャの攻撃が鋭く、また初動を読ませない高等技術の結晶のような攻撃であったからである。


「何?不満?あたらなかったし問題ないでしょ」

「はい……何も問題ございません」


 アイシャのドスの効いた声にロイはゴクリと喉を鳴らして反論を控えた。『ジオルグ様にバレたらどうするつもりだ?ああん?』というアイシャの放つ威圧感に屈してしまったのだ。


「アイシャもそう怒るな。ロイはこれから大事な仕事なのだからな。少しくらいの事は大目に見てやれ」


 ジオルグの苦笑交じりの言葉にアイシャは流石に恥ずかしかったのか畏まった。


「そうだぞ。ジオルグ様もこう言っているのだから広い心をもって……なんでもありません」


 懲りないロイはまたも軽口を述べようとしたのだが、アイシャの一睨みにすごすごと退散した。


(まったく仲の良いことだ)


 ジオルグはアイシャとロイの二人の掛け合いが好きで愉しんでいる。二人の掛け合いは本当に傷つけるような事は絶対に言わないのだ。そのためジオルグも安心してみていられるのである。


(あんたね。私の純粋な乙女心がジオルグ様にバレたらどうするのよ)


 アイシャの刺すような視線を受けてロイは笑いを何とかかみ殺した。


(そろそろバレても良いじゃないか)


 心の中でロイはそう思っている。ロイの見たところ、ジオルグもアイシャを大切に思っているのは間違いない。恋愛感情まで達しているかは判断はつかないが、少なくとも好ましく思っている相手であるというのがロイの見立てである。

 これは別にロイが鋭いというわけではなくザーフィング邸で働いている者達の中でジオルグとアイシャの微妙な関係を微笑ましく思っていない者など一人の例外もなく存在しないのだ。


(そうだ)


 ロイは心の中でアイシャへの意趣返しを思いつくと恭しくジオルグへ一礼する。


「ジオルグ様、一つお願いがございます」

「ん?なんだ?」


 突然畏まったロイの態度にジオルグも尋ねる。そしてアイシャも当然ながら不思議そうな表情を浮かべた。


「今回の任務はかなり危険な任務であることは間違いございません」

「ああ、そうだな」

「もし私に何かあったら、ジオルグ様、アイシャのことを幸せにしてあげていただけないでしょうか?」

「もちろんだ。アイシャの面倒は私が見るから安心しろ」

「ありがとうございます!!」


 ロジオルグの返答を聞いたロイは本当に嬉しそうな表情を浮かべた。


(ん?……今の答え…結婚の約束みたいになってないか?まだ・・恋人でもないのに)


 ジオルグはロイの突然の畏まった態度についあり得ない返答をしてしまった事に気づく。ここでいうあり得ないというのは結婚相手にアイシャはあり得ないと言うことではなくまだ恋人同士でもないのに順番を誤った事に気づいたのだ。


「ジオルグ様に後顧の憂いを払拭いただいたので安心して任務に赴けます!!さてそれでは行って参ります!!」


 ロイはそう言うとそそくさと出かけていった。


 ジオルグが呆気にとられる間に執務室にはジオルグとアイシャだけになってしまった。


 アイシャはジオルグの言葉が嬉しかったのだろう。頬を赤くしてうつむいている。


「あのな…アイシャ」

「あ、はい。ロイったら突然変なこと言うんですからビックリしてしまいました」

「あ、ああそうだな」


 二人の間にしばらく気まずい空気が流れたが、それは恋人同士になるかならないかの絶妙の空気感であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る