第108話 狩る者と狩られる者②

「上手くいきましたね」


 カーライル達は王都イーファレイトにあるビムレオル大聖堂に設けられたカーライルの執務室に戻ると同時に戻ったところで秘書がカーライルへと声をかける。


「ああ、どうやらガルヴェイトの協力は問題なく得られそうだ」


 カーライルも満足そうに頷いた。


「しかし、書簡を受け取った少年がジオルグ=ザーフィングであった事には驚きました」


 秘書の声にはジオルグへの侮蔑の感情が含まれていた。侯爵という地位にある者が小間使いのような真似をしたことで侮る気持ちが生まれているのである。


「ふ、確かにな。エアルドの摘発を行っていたという話ではあったが、あの者自身は何もしていないだろうな」

「はい」


 カーライルの言葉に秘書だけでなく着いていった部下達も同様に追従の笑い声をあげた。


「しかし、ローキンス達は一体どこへ行ったのだろうな?」


 カーライルが話題を変え、ローキンスの行方を考える発言を行った。


「現在分かっているのはレキシト教会でエアルドの取引中にローキンス達は何者かに拉致された……何とかという子爵との取引のエアルドもローキンス達と共に行方不明であるし取引先の子爵と娼婦達も……か」

「はっ、娼婦の方から行方を追ってみましょうか?」

「いや、それは外聞が悪過ぎる」


 カーライルは苦虫をかみつぶしたかのような表情で秘書の意見を否定した。聖職者の立場で娼婦を呼んでいたなどと言うのは流石に外聞が悪いし、ガルヴェイト側にそれを悟らせるわけにはいかなかったのである。


「そうなりますと、ザーフィング侯に情報を提出させるというのが第一ですな」

「そうなるだろうよ。あのおぼっちゃん・・・・・・がどんな情報を持っているかを確認する必要はあるな」

「はい。それではザーフィングを呼びつける・・・・・としましょう」

「そうだな」


 秘書の提案にカーライルは即座に応じる。侯爵を呼びつけるという行為に対して何の逡巡もないことはカーライル達がいかにジオルグという人物を軽く見ている証拠であるが、それに気づいた様子はない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「セインハルの使者が来ただと?」

「はっ、司教のレドモンド=ギームと名乗っております」


 ライドはそう言ってジオルグの指示を待つ。ライドはジオルグが命令すれば即座にギームと名乗った司教を血祭りに上げることだろう。実際にジオルグがそう命令することを待っているようでもある。


「ライド、気持ちはわかるがもう少し殺気を抑えろ。よほど気にくわない生物らしいが殺すのはもう少し後だ」

「失礼いたしました」


 ジオルグの苦笑交じりの指摘にライドは恥じ入ったようである。もちろん殺気が漏れているという指摘は素人には絶対に分からないレベルの者ではあるのだが、同業者には気づかれてしまう。それは命取りとなってしまう業種なのだ。


「とりあえず、そのギームとやらに会おう」

「はっ」


 ライドはジオルグの名を受け取るとギームを呼びに退出すると三分ほどでギームを連れて戻ってきた。


「ザーフィング侯入るぞ・・・。私はセインハル枢機卿の従者の一人である司教のギームだ。セインハル枢機卿が捜査の打ち合わせをしたいとのことだ。ビムレオル大聖堂まで来てもらおうか」


 ギームの尊大な物言いにジオルグはつい皮肉気に嗤いそうになる。この態度ではライドが不愉快になるのも当然なことだと察した。要するにこのギームという男はジオルグを舐めているのである。部下達の敬意を受けるジオルグにこのような態度を取れば部下達がつい・・始末したくなるのも当然であった。


「これからですかな?」

「そうだ」

「これから執務があるのですけどね」

「侯爵、卿は枢機卿の呼び出しに応じる義務があるはずだ。その義務を果たさねばどのような神罰が下るか分からぬぞ」


 ギームの言葉にジオルグは嘲笑いそうになるのを必死に堪える。ギームのような小者などいつでも処分できるし、躊躇う必要もないのだが、この珍妙な道化・・・・・が醜く喚く姿にジオルグが不愉快にならないのは、単にギームの事を人間と見ていない・・・・・からである。同じ人間と見ていないので人間の礼儀作法をしらなくても仕方が無いのだ。


「司教、よくわかった。セインハル枢機卿の求めに応じよう。ただし、少しばかり用意が必要だ。セインハル枢機卿はどのような情報を求めてらっしゃるのかな?」

「そのような事は当方は知らぬ。そちらで必要だと思う資料を用意するのは当然ではないかな?」

「なるほど。よかろうこちらで用意しよう三十分ほどかかる故司教は先に戻ってその旨を伝えよ」

「三十分か…よかろう。但し急げよ。セインハル枢機卿は決して暇な方ではないことを忘れるな」


 ギームはそう言うとさっさとジオルグの元から退出していった。


「始末しましょうか?」


 ライドの言葉にまたもジオルグは苦笑する。


「ふ、あの者もどうせすぐに始末するのだ。ライド、あの者の罪状を適当に作っておけ。それに従ってあの司教の処刑方法が決まる」

「承りました。処刑を彩る罪状を作成し、動かぬ物的証拠も作成いたします」


 ライドの返答にジオルグはニヤリと嗤う。


 

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