第106話 閑話 ~最凶王は獲物を定めた~

 ザーベイル王国国王のジルヴォルは王城の執務室でいつものように執務をとっている。


 ジルヴォルは現在王として精力的に執務を執っていた。彼は自分が国を率いるには相応しくないと言うことを自覚しているが、その思いとは裏腹に能力は王として類まれな能力を持っているのもまた事実である。


 ジルヴォルが現在取り組んでいるのは治安の回復であった。ザーベイル地方は戦場にならなかったために治安に大きな変動はなかったのだが、旧ギルドルク地方はそうではない。なにしろ自分たちの旧統治者達がほとんど全滅している状況であり治安が崩壊しているのである。


 ジルヴォルは旧ギルドルク領の治安の回復を行うことで、支配権の完全な確立をしようとしていたのである。


 ジルヴォルは治安を乱す者に対して全く容赦をすることなく苛烈な処置をとった。


 生活が崩壊したことで犯罪に手を染めた物に対しても当然の如く温情など与えることはない。ジルヴォルに言わせればどのような状況にあろうとも犯罪に手を染めなかった者と染めた者のどちらを大切に扱うべきか明らかであったのだ。

 ジルヴォルは軍を派遣し容赦なく野盗の集団を撃滅していく。ジルヴォルは滅ぼした野盗達の財産を没収しそれらを討伐に参加した将兵達に報酬として与えていた。これにより現場の将兵達の士気が上がり積極的に討伐が行われるようになった。


 もちろん、ジルヴォルはこのやり方の危険性も理解している。このやり方では討伐軍が私腹を肥やそうという者達が出て、無辜の民を虐げる可能性も十分にある。それゆえジルヴォルは軍監を派遣して監視を行っている。そして、これは非常時の手段であり、治安の回復がある程度進めば、廃止する予定であった。


「陛下、失礼致します」


 執務中のジルヴォルに声をかけてきたのは秘書のエルヴィスである。エルヴィスもまたジルヴォルの補佐のために昼夜を問わず走り回っている。


「どうした?」

「フラスタル帝国に不穏な動きがあるとのことです」

「そうか」


 エルヴィスから報告書を受け取ったジルヴォルは即座に目を通す。


「リューベスめ……この間の敗戦がよほどくやしかったようだな」

「いかがなさいます?」


 エルヴィスの言葉にジルヴォルはしばし考え込む。それをエルヴィスは邪魔するようなことはしない。


(フラスタルが軍事行動を起こすとして……恐らくは来年の初夏というところか。まともに戦っても負ける相手ではないが、こちらの損害も軽くはないのは確実……ならば搦め手でいくか)


 ジルヴォルはそう判断する。


「エルヴィス、お前はルノシュラーを知っているか?」

「え?あ、はい、犯罪者組織のですか?」

「ああ、そのルノシュラーだ」


 ジルヴォルの言葉にエルヴィスが首を傾げた。フラスタルに不穏な動きありという報告をしたというのにいきなりルノシュラーの名が出れば困惑もすると言うものである。


「我らがギルドルク領の支配権を確固なものとするのにあと1年はかかる」

「はい……確かにその通りです」

「ところがフラスタルは来年の初夏頃に侵攻してくる」

「あと…七ヶ月後ですか」


 ジルヴォルの言葉にエルヴィスはゴクリと喉を鳴らした。ジルヴォルが断言するのだから根拠があるのだという考えがエルヴィスの頭に浮かぶ。


「こちらの人員は限られている。今はギルドルクに集中しなくてはならん。フラスタルの対処まで手が回らんというのが現実だ」

「まさか陛下はルノシュラーを雇うつもりですか?

「いや、そのようなことはしない。そんなことをすればザーベイルが大きな疵を負うことになる。この不名誉という疵は数世代にわたってザーベイルを苛むことになる。そのような事をするわけにはいかない」

「では…一体?」


 エルヴィスの言葉にジルヴォルは小さく笑う。


「ルノシュラーを乗っ取る」


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