第104話 地獄への派遣が決まる
「ガルヴェイトでローキンス大司教が行方不明だと?」
リゼルトス教会の教皇であるイヴァルク4世は報告を受けて訝しんだ。
「はっ……ローキンス大司教だけでなく司教のクライヴとクライヴの管理する教会の者達全てでございます」
続いてもたらされた報告にイヴァルク4世は考え込む。
イヴァルク4世は年齢54歳のふくよかな体型の男である。若い頃は美男子であったのだが、加齢と不摂生がたたり現在はその影はなりを潜めている。
「殺されたとでも言うのか?」
「それが報告では争った形跡は一切無いとのことです」
「では自ら行方をくらませたか……いや、そんなわけはないな。一人であればともかく複数人で行方をくらませるなどありえん」
「はい…」
イヴァルク4世の言葉に報告者は薄ら寒そうな表情を浮かべた。ローキンスを入れて十三人以上が拉致されたとしてまったく争った形跡がないのは不可解と以外の何ものでもない。
「ローキンス大司教はセインハル枢機卿の一派であったな」
「はい」
「セインハル枢機卿が何か知っているかも知れんな」
「枢機卿がですか?」
「うむ、セインハル枢機卿には黒い噂があることはお前も知っているだろう?」
イヴァルク4世の問いかけに報告者はぐっと口を引き締める。迂闊な事は言えないという意思表示出ある事は間違いない。
(ふん、セインハルめ…どうやら教皇の座を狙っているというのは確かなようじゃな)
イヴァルク4世は心の中でそう判断する。そして、そう判断すれば噂の信憑性も増すというものである。古来より選挙というものは大量の資金が必要になる。そのために選挙資金を捻出するために色々と違法行為に手を出すことも知っているのだ。イヴァルク4世自身は大富豪の家に生まれた事もあり、その援助を受けることができたために違法行為に手を出すことはなかったが、セインハルはそうではないのである。
(この際、セインハルを切り捨てるか?)
イヴァルク4世は心の中でそう考える。イヴァルク4世にとってセインハルは邪魔な存在であるとみなしていた。イヴァルク4世は自分の派閥である『レイヴァ=ファルガット』を次期教皇にしたいと考えているのである。その対立候補であるカーライル=セインハルという男をイヴァルク4世は警戒しているのである。
「今回の件、我がリゼルトス教会としても看過することはできんな」
「はい」
「誰かを調査のために送らねばなるまい」
「確かに猊下のおっしゃるとおりでございます」
報告者は恭しく答える。イヴァルク4世が誰を送るか理解したからだ。
「やはりセインハル枢機卿だな」
「……」
「どうした?何も言わぬな?」
「猊下がお決めになった事ですので私ごときが口を差し挟むことではございません」
「そうか。よし、セインハルを呼べ」
「はっ」
報告者は一礼してイヴァルク4世の元から立ち去った。
(セインハルが上手くローキンスを見つければそれで良い。ガルヴェイトの地でセインハルが害されでもすれば、邪魔者を排除できるか……)
イヴァルク4世は心の中でそう呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「教皇猊下、カーライル=セインハル参りました」
イヴァルク4世に呼び出されたカーライルは恭しく一礼する。
「うむ、セインハル枢機卿、ガルヴェイトで起こった事は存じておろう?」
「ガルヴェイト…ひょっとしてローキンス大司教が失踪した件の事でございますか?」
カーライルの返答にイヴァルク4世はうんうんと頷いた。この辺りイヴァルク4世は本当に善性の塊のようにも見える。
「そう、そのことよ。セインハル枢機卿、卿はローキンス大司教に目をかけていたであろう?」
「……はい。彼には若い頃から何度も助けられました」
カーライルは反射的に苦虫をかみ砕いたかのような表情を浮かべそうになるがそれをぐっと堪えた。イヴァルク4世が自分に面倒事を押しつけようとしていることを察したからである。だが、ここで否定することはできない。ローキンスに色々と命令していた事は周知であるからである。これを惚ける方が後ろ暗いことがあるのではと疑われかねない。
「そうか。そんな大司教が行方知れずともなれば卿も気になるであろう?」
「はい。猊下の言われるとおりローキンス大司教の行方が気になっております」
「うむ、そこでセインハル枢機卿にローキンス大司教の行方を追って欲しい。彼は得がたい人物故な。わがリゼルトス教会のためにも無事を確認して欲しい」
「……承りました」
イヴァルク4世の言葉にカーライルは異を唱えることが出来ない。
「それでは明日にでもガルヴェイトへ向けて出立して欲しい」
「明日ですと?」
「急な事ですまぬとは思っているが、ローキンス大司教の安否が気にかかる故な」
「……承りました」
カーライルはまたも異を唱えることができない。イヴァルク4世はカーライルが断れないようにして提案してきている。初手で友誼があるように返答させた事でガルヴェイトへの派遣を断ることが不可能な状況へと話を持っていったのだ。
「ああ、そうそう。ガルヴェイト国王アルゼイス王へ捜査の協力要請の書簡を持たせる故明日の出発までに卿の元へと届けさせよう」
「寛大なるお心遣い感謝の言葉もございません」
「それでは用意もあるだろうから下がって良い」
「はっ、失礼いたします」
カーライルは一礼するとクルリと身を翻しイヴァルク4世も前から退出していった。
(さて、これで良し……セインハルがいない間にレイヴァ=ファルガットに地位を固めさせるか)
イヴァルク4世は体よくカーライルを遠ざけることが出来たことにほくそ笑んだ。これより約一月後に
「くく、ローキンスも都合の良い時に行方が分からなくなったものだな」
イヴァルク4世はそう言って嗤う。
だが、まだ彼は知らなかった。
自分に…いや、教会に最大限の脅威が迫っている事に。
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