第102話 王の怒りは苛烈にそして静かに

「よくやってくれた」

 

 アルゼイスがジオルグの報告書を読んでの第一声がこれであった。敬愛する主君に褒められてジオルグとしても嬉しくないわけがない。

 ジオルグは静かに一礼することでアルゼイスの言葉に応えた形である。

 

「ところで、ザーフィング侯」

「はっ」

 

 続くアルゼイスの声かけにジオルグは簡潔に返答すると頭を上げた。

 

「卿はセインハル以外の枢機卿で誰が邪魔だと思う?」

「それはこの三人の中でと言うことでしょうか?」

 

 ジオルグの言う三人とはローキンスに選ばせた三人の枢機卿である。

 

「いや、この三人以外でだ。余はレイヴァ=ファルガットと思うておる」

(さすがは陛下だ……ファルガットは教皇の派閥……そして、セインハルの最大の政敵だ)

 

 アルゼイスの出した名にジオルグは心の中で唸る。リゼルトス教会に打撃を与えるのに、レイヴァ=ファルガットが最適であるとジオルグも考えていた。

 

「私もその者かと」

「ふむ、教皇の派閥ゆえな。セインハルを始末することで教皇派の権力が増すという結果は望ましくない。それにこの三人を教皇がこちらに引き渡す可能性は低い・・

「御意」

 

 ジオルグの返答は簡潔である。ジオルグはアルゼイスがどのような命令を出すのかこの段階でもちろん理解している。

 

「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「許す」

「ありがとうございます。陛下は幹をすつもりはないと言う話でしたが、よろしいのですか?」

「構わん。卿は余の指示以上のことを行ってくれた。幹を斃すつもりはないと言う言葉は嘘ではない。現在の教皇や枢機卿共を消したところで幹は斃れぬ」

「はっ」

 

 アルゼイスの言葉に明らかな不快感が含まれていることにジオルグは気づく。アルゼイスがここまで不快感を示すのは珍しい。

 ジオルグの反応からアルゼイスは自身の声に不快感が含まれていることを察せられたことに気づいたのであろう口角を上げた。

 

「不思議か?」

「失礼いたしました」

 

 アルゼイスの苦笑まじりの言葉にジオルグが不躾にアルゼイスの心情に踏み込もうとしていた事に対し謝罪を行う。

 

「いや、良い。謝罪は不要だ」

「はっ」

「のう、ザーフィング侯、卿は神というものを信じておるか?」

「いえ、信じてはおりません・・・・・」 


 アルゼイスの問いかけにジオルグは即座に返答する。ジオルグは神など信じていない。ここで重要なのは神が存在するかではない。神が信頼に値するか・・・・・・・という事に対して明確に否と答えたのである。

 ジオルグにとって神は役立たず・・・・という認識であった。神が真に慈悲深く人の世界を救済する存在であるならば何故ここまでこの世界には悲劇が尽きないのか?答えは簡単だ。神は人間を救う存在ではないという事だ。それがジオルグが今までの人生で得た神に対する考えであるのだ。


「ふ、卿の今までの人生を考えればそうなるのも当然よな」

「恐れ入ります」

「余は神というものは存在はすると思っている。だが、この世界で統治者として生きる者には不要・・であるとも考えておる」

「……」


 アルゼイスの言葉にジオルグは沈黙する。だがその沈黙は否定するためのものでなく続きを聞きたいという意思表示である。それを察したアルゼイスは口を開く。

 

「この世は現実によって成り立っておる。金、労力、人材、時間、技術力、地理的条件、気候……現実の条件を考慮し政策を行い。我らは統治を行っておる」

「その通りでございます」

「神を敬い、一心に祈るという民の行為を余は否定するつもりはない。現実問題として、それにより民心が安んじられ、社会が落ち着くという現実的な効果があるゆえな。それは統治者にとって無視できぬ現実だ」

「はい」

「だが神の役目はそこまで・・・・だ。それ以上の意思決定に神の意思は入れてはならぬ。神はこの現実という世界の問題を解決する方法を知らぬ・・・ゆえ不幸を撒き散らす事になる」

「……」

「神がそうなのだ。当然ながら、神の意見の代弁者を謳うリゼルトス教会の者共も同様に現実の問題解決には役に立たぬ」

 

 アルゼイスの教会への明確な否定であった。その言葉には現実を見据えた重責を担う者の覚悟があった。

 教会の面々はアルゼイスにとって最終的に責任を取るつもりのない者達であり、言葉に何の説得力も無い存在でしかないのだ。

 

「セインハルは現実の世界ガルヴェイトに図々しくも害毒を撒き散らした。その理由が教皇という清掃人頭・・・・の座が欲しいという理由でだ」

「清掃人……ですか?」

 

 清掃人という表現にジオルグはついアルゼイスに尋ねてしまう。ジオルグはアルゼイスの発した言葉の意図を図りかねたのである。

 

「教会の役割を考えればそう称するのが最も適格であると余は思っている。教会の役目は、信者に神を祈る場を提供すること。そして、その場を清潔に保つことよ」

「それで清掃人……」

「教皇、枢機卿、大司教……大層な称号であるが余にとっては清掃人だ。セインハルは害毒をガルヴェイトに撒き散らしている事を教皇が知っているかは知らぬ。だが教皇は知っていなければならぬのよ。そして、現実に教皇は配下の者が行った過ちを正してはおらぬ……清掃人として失格・・よな」

「はい」

「そのような失格人揃いでは祈りの場を清潔に保つことは出来まい。だからこそ、教皇や枢機卿がいくら消えたところで問題はない」

「御意」


 アルゼイスの言葉にジオルグは一礼して返答する。


「陛下の幹を斃さぬという言葉を見誤っておりました。どうもまだまだ甘かった・・・・ようでございます」

「先ほども言うたであろう。余の指示以上のことを卿はやっている。その上で新たな命令を下す」

「何なりと」

「枢機卿のレイヴァ=ファルガットを消せ・・。理由は説明せずとも卿ならば理解していよう?」

「もちろんでございます。お任せください」


 ジオルグの冷酷な声が響いた。


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